2009.07.11

新刊『タバコ狩り』平凡社新書

どうせまた読みもしないで、いろいろな攻撃を受けるのでしょうが、まずは読んでみて下さい。読んでみれば分かります。

パイプをくわえて下さいと注文されて撮られた写真がかなり悪人面ですが、読売新聞の読書欄に紹介もされました

この本を書くきっかけとなったのは、いろいろ根も葉もない誹謗中傷の標的となった4年前に書いたこのエッセイ。。元々大学のパンフレットに掲載され、その後日本体育学会の機関誌『体育の科学』に転載される時に改訂版を出し、さらにもう一度ヨーロッパ滞在の印象を書き加えて字句訂正を施したもので、この頃からぼくの主張は何も変わっていません。

個人的には前半のタバコの話題よりも、第六章と「あとがき」に本当に言いたいことが書かれていますので、そちらを読んでいただきたいと思っています。


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2009/07/11 : 08:49 午後 書籍・雑誌 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.07.08

ヒルサイドと巨大バッタ

横浜の開港150周年記念イベントの「ヒルサイド会場」が7月4日にオープンした。

主催者イベントのひとつとして招聘された「飛蝗」は、6月11日に水戸芸術館の収蔵庫から運び出され、リハーサルを何度か繰り返し、16日にはメディア・プレヴュー、20日にはベイサイド会場でLa Machineの巨大蜘蛛と対面し、8年前に飛び立ったインターコンチネンタル・ホテルへと舞い戻ってきたのだが、その日、ジャック・モール裏の空き地、TVKハウジングセンターと三カ所で展示。さらに25日には劇団唐ゼミ☆と市民ボランティアによるショート・パフォーマンスの公開リハーサル、28日にはやまない雨の中、緑区の要請で中山で展示、2日はメディアと市民向けの内覧会で約4000人の観客の前で初舞台と、オープニング前にずいぶんといろいろな場所を回った。

あれを設置するのはとても大変なのである。なにしろ自重1トンもある、重い布を広げ、空気を入れ、足を持ち上げ、回収するのにはとてつもない労力がいる。特に28日の雨の後の撤収はつらかった。雨合羽が全く役に立たず、下着までびしょぬれになる上に、水を吸い込んだ布の重さは倍以上に感じられる。その上、今回触角を立てるための新しい仕掛けや、痛んだ布やジッパーの補修などの作業も加わり、オープニング前に疲労が積み重なっていた。

それでもようやく4日のオープニングを迎え、5日には天気も悪くなく、プレヴューが一段落するはずだったのだが……、残念ながら強風のために5日の午後4:00に予定されていたパフォーマンスは中止となってしまった。協会が用意していた風速計が10mを越えたのと、目の前でバッタを支えていたペグが抜けたり曲がったりして、バッタが横倒しになってしまったために、仕方なく中止するしかなかった。傍目に見れば、それほど大した危険もなさそうに見えるが、火を使うパフォーマンスをやるには無理な状態だった。ずいぶん沢山の苦情やクレームがきたようだが、風にはさからえない。

本番は8月の1,2から月末までの毎週土日である。クロージングまでの二週間もやはり土日に行われる。朝10:00からバルーンの展示が始まり、夜7:00からは照明を入れたパフォーマンスが行われる。これまでのは飽くまでリハーサルにすぎないので、是非こちらに来て頂きたいと思う。

実際にやってみて、あの会場にバッタのバルーンはとてもよく似合っていて、あれがないと寂しいだろうなあと思うが、予算の面でも、体力の面でも、とても毎日展示するわけにはいかない。是非、8月の土日に来てください。隣の動物園ズーラシアとのセット・チケットがお得です。実は初めてズーラシアを見たのだが、日本の気候と自然環境に適応する動物を見せるという、こだわったコンセプトの動物園でなかなか面白かった。恥ずかしがりやで人目につきたくないオカピはどうやら交代で出されているようだし、多分一二匹では地味な存在である「ヤブイヌ」(BushDog)やアカカワイノシシとかが群れているのもなかなか風情があって面白い。ここを見て、昼サイド会場で昼・夜のバッタを見て980円はけっして高くないと思います。駐車場は遠いけど一日千円だし、横浜線の中山、相鉄線の鶴ヶ峰からは無料のシャトルバスがひんぱんに出ています。
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2009/07/08 : 09:06 午後 旅行・地域 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.06.26

20日はじまりの森におけるプレヴューの動画です。

Youtubeより。
あらためて見てもとても不思議な光景ですね。

2009/06/26 : 08:36 午前 文化・芸術 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.06.17

バッタも外に出てきました。

開港博ヒルサイド会場でのメディアプレヴューに登場した巨大バッタと竹の海原。
今回はパフォーマンスが面白い。音と照明で盛り上げます。それから、触覚も本番では立つ予定。
20日の朝にはベイエリアに降りて行って、La Machineのクモとのツーショットを実現します。その後、お昼頃には高島町のジャックス・モール裏〈スーパー・オートバックスの向かい〉の空き地で公開予定。
さらに天気がよければ、西横浜駅近くのTVKハウジングセンターの線路沿いに21日まで設置予定です。電車に乗っていると突然巨大なバッタが現れて驚くことでしょう。
本番は7月4,5日からですが、それまでに思いがけないところに出現するかもしれません。
その後はしばらくお休み。8月の土日に再登場します。
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2009/06/17 : 08:53 午後 文化・芸術 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.06.08

だいぶ、サボってしまった

というよりも四月終わりから怒濤のような毎日で、立ち止まる余裕がなかったというのが本音である。

「怒濤」は連休明けまで続いたが、そのことは諸事情によりあまり具体的に書けないので、まずは五月の二・三から始まった、劇団唐組「黒手帳に頬紅を」。もう後一週、花園神社で千秋楽を迎えるわけだが、唐さんの底力は凄く、最後まで無事に乗り切れそうだ。台本は七月号の『悲劇喜劇』に掲載されている。ここでもまたいろいろなことがあったのだが、これまた諸事情により明らかにすることができにくいことばかりだ。とにかくここも波瀾万丈。会場と紀伊国屋書店で購入できる、読売新聞社による3枚組のDVD「ロングインタヴュー・演劇曼荼羅・唐十郎の世界」はなかなか秀逸なできばえで、これまで語られなかったさまざまな事実が明らかになっている。また河出文庫版『完全版・佐川君からの手紙』も刊行。単行本未収録の短編小説もいくつか含まれている。こちらは、このところ毎公演、毎日足を運んでいる河出の編集者・新井学氏によるもの。

また、ついでではあるが、同じく紀伊国屋書店『戦後日本スタディーズ〈2〉60・70年代』には、ぼくの書いた唐十郎論が掲載されている。タイトルは〈「唐十郎」という視点から見る戦後日本演劇―「アングラ」から遠く離れて〉となった。

また、五月十六〜十七日は東海大学主催の日本記号学会大会が、伊勢原にある東海大学医学部で開催されている。大病院の中で医療やメディアの問題を討議するという刺激的な企画だったが、結局は宿を取り毎晩若い人たちとわいわい議論できたのが楽しかった。何人かの卒業生たちとも会うことができたのもうれしい。みんな元気で頑張ってくれているようだ。

二六日から一週間はウィーンで開かれた「Coded Culture」という展覧会とシンポジウムを合わせた企画に参加。横浜に来ているGeorg Russeggerが頑張って実現まで漕ぎ着けた国際会議である。先にウィーン美術大学で集中ワークショップをやっていた京都大学の吉岡洋の泊まっている普通のアパートに滞留。広い部屋を独占できた上に、台所も充実していて楽しい。日本からはメディアアートのアーティストたちのほかに、草原真知子さん、四方幸子さん、住友文彦さん、そして住友さんと一緒に横浜で開かれる国際映像フェスティバルの企画をしている、元室井ゼミの遠藤水城君たちが来ていて、文字通り五日間みっちりと日奥の交流が行われたわけだ。シンポジウムの方は聴衆が少なくてやや残念だったが、それでも充実した五日間だった。ウィーンの街はしっとりと落ち着いていて、あまりグローバル資本主義に浸透されてはいないように見える。驚いたのはタバコの規制がほとんどなく、みんなどこでもタバコを吸っていること。美術館の中でも平気で吸っているのには驚いた。セッションは午後からなので、昼までの自由時間にいろいろなことをする。今回は美術史美術館の向かい側にある自然史博物館を見ることができたのが楽しかった。シンポジウムで発表した原稿は、「無限プチプチ」や「Wiiシステム」を例に挙げて、それらによってはけっしてカバーすることができない身体性の問題を扱ったものであるが、近いうちにここにも公開したいと思う。

そのまま六月二日の朝に帰国して、そこからはすぐさま開港博のヒルサイド会場で行うバッタの地上置きのための折衝に入る。ヒルサイドでの公開は7月4,5と8-9月の土日だけなのだが、その前のマスコミ用の内覧会や、宣伝のために20-21に行うベイエリアでの顔見せのための折衝など、ひとつひとつクリアしておかなくてはならないことが数多く、朝から晩まで駆け回る日々が続いて少し疲れた。その間、一般募集で集まったボランティアの人たちとの顔合わせ、8-9月の夕方からバッタの前で行われる劇団唐ゼミ☆企画のパフォーマンスのリハーサルなどもあった。2001年の時のバッタチームから生まれた唐ゼミが成長して、どんどん現場を作り出して行ってくれるのが頼もしい。

去年から一年越しの難産となった平凡社新書のタバコ本『タバコ狩り』もようやく見本刷りが出来上がり、来週の15日からは書店に並ぶ。単なるタバコ本ではなく文明論として読めるように書いたつもりだが、どうせまた一部だけを取り上げてのバッシングの嵐に見舞われるのだろうなとは思うが、現在の時点では最も客観的で冷静な視点で書いているつもりなので、タバコ問題に関心のない人にも是非読んで頂きたいと思う。それにしても、四月になって新しい新書がどんどん現れてきて、もはや新書ブームというよりも新書ラッシュといった体である。書店の新書コーナーを見ていると、まるでインターネットのポータル画面を見ているような気分になる。

インターネットのニュースが新聞の代わりにならないのは、一行の見出しだけで記事を読ませなくてはならないということでも明らかである。記事の大きさや配置といった編集はそこには介在できず、ジャンルごとに均等にならべられたindexだけが読者の関心を引かなくてはならない。そこで、ちょっと奇抜な見出しや読者の気を引く思わせぶりな記事が最も読まれることになってしまう。いわば従来の新聞やマスコミがPush型のメディアであるのに対して、インターネットニュースはPull型のメディアで、読者がクリックしないと記事の全文を読ませることはできないわけだが、それが必ずしも重要な情報であるとは限らない。新書もそうで、タイトルと帯のキャッチコピーだけでそれが手に取られるかどうか、そして購入されるかどうかが決まる。新書ラッシュが意味しているのは、書店という場所がまさしくポータルサイトに変わりつつあるということのように思われる。地味な単行本やロングセラーはどんどん店頭から撤去されて行き、結局はamazonのようなネット書店で買われるようになっていく。昔ながらの出版社や書店がこうした状況ではどんどん生き残りにくくなっていくのは防ぎようがないように思われる。

そういえば、4月からのTBSの事業展開を見ていると、どうもこのテレビ局はテレビ局であることをあきらめて、さまざまな映像コンテンツをさまざまなメディアを通して配信する「映像情報のキオスク」になろうとしているのではないかと思われる。速報性のあるスポーツ中継やニュース。ポピュラリティのあるドラマなど以外は、インターネットやワンセグなどの別のメディアに配信して行こうとしているように見えるのだ。確かに、このまま従来の地上波放送だけにこだわっていたのでは広告も取れなくなるだろうし、テレビ局に未来はない。だが、そうなるとさまざまメディアに対して映像コンテンツを配信する映像の総合商社になろうとしているように見えて、もはやオリジナル・コンテンツを自ら作ることはますますなくなり、たぶんアウトソーシングによるコンテンツを売りさばくだけの会社になっていってしまうのだろうなあと思うと複雑な思いがある。

2009/06/08 : 10:39 午後 文化・芸術 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2009.04.19

開港150周年記念プレイベント

四月も半分を過ぎた。新学期が始まり、一年生が入ってきている。

来週から始まる新歓イベントを準備している唐ゼミ☆の舞台稽古につきあい、そのまま赤れんが倉庫付近へ。

月末から始まる「横浜開港150周年記念テーマイベント」の一つの目玉である、フランスの巨大ロボット・パフォーマンス集団「ラ・マシーン」のパレードへ。高さ12m、重さ37tの巨大な二匹の蜘蛛が日本大通から新港埠頭まで歩いている。何万人かの観衆が、ぞろぞろとその後をついていく。

そして、埠頭では巨大なクレーンに吊られたスピーカーから大音量の音楽が流れ、大量の炎、水、照明を惜しみなく導入した水際での大スペクタクルが展開される。これだけ物量(とお金)を投入したスペクタクルはなかなか見られない。堪能した。

ところで、これがひとごとではないのが、同じテーマイベントでバッタもまた登場することになっているからだ。

詳しくは、こちらにプレスリリースがある。

「ラ・マシーン」の会場で出会った総合プロデューサーの小川さんによると反応は上々なようである。ただ、予算的にはおそらく数百分の一であろうなあ。こっちは7月からスタートです。オリジナル・バッタチームでもあった唐ゼミ☆がこれを盛り上げてくれる。

そんなこんなで、今年はイベント続きになる。

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2009/04/19 : 11:00 午後 文化・芸術 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.03.28

別れの季節

定年で職場を去る人たち、卒業していく学生たち−−この時期はいろいろな人との別れがある。毎年繰り返していても、それなりにいろいろな思いがわき起こりメランコリックな気持ちになる。

今年の場合、それに加えて14年間一緒に暮らしてきた飼い猫の死に立ち会わなくてはならなかった。

1994年に大学の美術棟の周辺をうろついていた黒いさび色の子猫。人懐っこく、ただし喉を鳴らすこともなく、ただボーッとしているような猫を、いろいろな経緯があって家で飼うようになったのが95年の1月。
それからずっとこの猫は家に居た。二日以上家を空けるわけにいかず、大阪に長逗留するときとかはそのまま車に積んで連れていった。どんな環境も受け入れ、けっして騒がず、自分の関心の外のことにはほとんど無反応でいる猫で、空気のように家にとけ込んでいた。

その猫の下あごにしこりができて、扁平上皮がんの診断を受け、末期で手の施しようがないと宣告されたのが去年の10月。がんが広がって食べ物が摂れなくなり、一二週間で死ぬでしょうと言われたのを、最初は新年を迎えるまで、その次は誕生日がよく分からないので仮の誕生日にしていた2月22日の「猫の日」まで、それを生き延びた時には3月24日のぼくの誕生日までと目標を定めて介護してきた。何度も死にかけていたのを、これまた何度も復活を遂げ、全体的には体力がどんどん落ちていき、ミイラのように痩せてしまったのだが、24日の晩に、誕生日ということで買ってきた鰻とまぐろをすり潰した餌を、注射器からではあるがおいしそうに食べた後、そのまま死んでいった。

体温が極度に下がっていたので、ドライアーをかけて暖めようとしたら、急にカッと目を見開いて、四肢を意外なほどの強い力で動かし宙を掻き、何とも形容しがたいような鳴声を挙げてから、そのまますぐに途絶えた。「断末魔」というのは本当にあるのだなあということがわかった。その後は要するにコンセントを抜かれた機械のような脱け殻が残り、最初はぐったりとしているが、小一時間もすると硬直してきて、今度は剥製のように変わる。それを土の中に埋めると、今度は地中のバクテリアが分解して、きれいに土に還っていく。小さいながらに、生き物としてのサイクルを全うしてくれているような気がして、別れは悲しいが、いろいろなことを教えてくれた。

さて、それから卒業式。もう来週は四月だ。これまた毎年のことではあるが、桜が咲き、新しい出会いが生まれる。桜の木には毎年同じ花が咲き、すぐに散っていく。それもサイクルなのであるが、同じ花であって、それでいて同じ花は二度と咲かない。この川を流れる水のような、差異と反復の繰り返しの中に、ぼくたちの生き物としての生があるのだ。

2009/03/28 : 11:41 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.03.10

今年の国際記号学会はコルーニャで開催されます

フィンランドでの第九回国際記号学会があったのは、2007年。

それから2年後の今年はスペイン。本当は3,4年置きだったはずなのに今年早くも開催される第十回の国際会議。

公式websiteは、
http://www.semio2009.org

副会長になったJose Maria Paz Gagoは、まるで「カルメン」に出てくるホセのような色男。俺は女好きだけど、それはスペイン人だから仕方ないんだ、というようなことを平気で言う軟派系学者なのだが、意外とてきぱきと仕事をしている。前回は彼がほとんど英語が話せないので、ぼくのかなりいい加減なフランス語で話をしていたのだが、国際学会の責任者になって英語を猛勉強したらしい。英語でメールが来た。

それはいいのだが、一両日以内にラウンドテーブルの企画と参加者リストを作らなくてはならないことになった。というのは、彼に言わせると何度もメールをしたのに、ぼくからの返信がなかったからというのだ。英語ができない彼から直接メールが来るとは思っていなかったし、何しろ毎日数百通のスパムメールが届くので見落としていたのかもしれない。一応、前回頼まれて、この学会の学術委員というものになっているのだが、何も知らないうちに第一回目の登録締め切りが終了し、立派なウェプサイトとプログラムまでができあがっていたのには驚いた。しかも全部ネットで手続きができるようになっている。こんなに完璧な学会サイトを見るのは初めてだ。どうせスペインのことだからと少しなめていたのが間違いだった。登録の最終締め切りは四月二十日である。なんだか、日本よりもきちんとやっているではないか?

ようやく連絡がついたのは、彼の秘書からポスターの送り先を尋ねてきたからだった。それに返事をして、Paz GAGOから何の連絡もないけどとこぼしたら、本人から返信が来て、二日以内にラウンドテーブルの企画と、お前の履歴を送れ。そしたら、ちゃんとプログラムに載せてやるという話。あわてていろんな人に相談した。

そういえば、ここを読んでいる人にも宣伝しよう。国際記号学会は本当に世界中から変な人たちが集まってきて面白い学会だ。アメリカ人やイギリス人が少ないのもその特徴。しかも、今回はスペインの港町。整地サンチャゴ・デ・コンポステーラやポルトガルにも近い不思議な地方だ。これを逃す手はない。ということで、日本記号学会の会員じゃない人も誰でも参加できるので、来てみませんか? 発表締め切りは四月二十日だが、単に参加するだけならぎりぎりに決めても大丈夫。記号学会なので、文化に関することなら何でもOK。生命記号論や認知科学系のセッションもあり、哲学系のセッションもあり、芸術系・文学系のセッションもあり、何でもありです。公用語は英語・フランス語、スペイン語の三つ。

かなり面白いし自由な学会なので、日本の学会発表に飽きた人は参加してみたらいかがでしょうか?
そう言えばまた10月にはメキシコであの「マスコミュニケーションと記号論学会」があるらしい。今回も招待状が来ている。なつかしいなあ。

2009/03/10 : 01:07 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

定期更新?

入試とかもあり、いろんな会議続きで忙しかったけど、一番面白かったのは2月28日にやった、劇団唐組・久保井研指導による「舞台芸術論B」の発表公演「少女都市からの呼び声」である。これは、2003年に唐ゼミが初めて学外公演を行った作品でもあり、近畿大学も二年前にやっている。今回も420教室を劇場に改装してヒロインだけを交代した二バージョンで行った。唐十郎は前日のゲネプロに来てくれて、「ギヤマン組」と「ビー玉組」と名前をつけてくれた。今年も去年に続いて、学生たちがなかなかがんばった。いい出来の公演だったと思う。それにうれしかったのは、近畿大学・唐十郎演劇塾からリーダー格の小林徳久君、中田有紀子さん、そして前回の「フランケ醜態」役をやった高坂君、前回の「少女仮面」の春日野八千代をやった久保田さんの四人が深夜バスで駆けつけてくれたことだ。

彼らの「少女仮面」の素晴らしさは11月のエントリーに書いた通りであり3月28-29日にはフェスティバル・トーキョーの特別企画として池袋の東京芸術劇場で再演されることになっている。これは本当に素晴らしいので早めに予約してみんな行くべきだ。そう言えば、15日までは唐ゼミ☆の中野敦之がサーカス劇場の清末浩平と組んで上演している「カラス」もあるし、望月六郎とDogaDoga+が参加している「桜SAKURAサクラ」もある。ので、なかなか忙しい。

2009/03/10 : 01:03 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.02.18

もちろん、あれからいろいろあったけど…

あまりに沢山ありすぎていざ書こうと思うと、はじめからめげてしまうなあ。

まあ、「今日は風邪っぽい」とかいうことばかりの日記を書きたい訳ではないので仕方ない。

あれから、望月六郎監督の指導する舞台芸術論の上映会を黄金町にある古い映画館Jack&Bettyでやったり(詳細は省くがまたまた一波乱あった)、車検前の車を買い替えたり(今度はHONDAのストリーム)、唐組の久保井君の客演する芝居を見たり、銀座のル・テアトルでやっていた唐さんの77年の名作「蛇姫様」を「北の国から」の杉田成道さんが演出、エグザイルのUSAと山口紗弥加主演というのを二回ほど見に行ったりしながら、それとは別に山のように立ちふさがる会議や書類作りの連続の日々だった。そう言えば「タバコ本」に関してはちょっと希望が見えてきた。猫もまだ死なないでがんばっている。

久々に書いてみようという気になったのは、今週の月曜日、京都国立近代美術館でオープニングがあった、椿昇の展覧会、「GOLD/WHITE/BLACK」に行ったからだ。

2003年の水戸芸術館での「国連少年」以来、六年ぶりの気合いの入った展覧会。館長の岩城見一さん、学芸課長の河本信治さんも本気でこの展覧会に取り組んでいる。河本さんは本当にバッタの最終日以来、約8年ぶりに会った。ほかにも京都や大阪の久しぶりに会う人たち沢山と、東京や水戸からやってきた人たち。椿が賑やかなのが好きで自分の学生たちも呼んだので500人近くが集まるオープニングになった。

今回の展示はまるでピラミッドのような、永遠の時間がそこで回帰する巨大な墳墓のような展示で、「国連少年」のまるで子供のおもちゃ箱をひっくり返したような賑やかさとは好対照である。それ自体が墓碑のようなずっしりとしたカタログと、展覧会に合わせて完成したDVD「Radikal Monologue」(Radikalのスペルはこれで正しい)の両方を見ないとなかなか椿の意図は通じにくい。ただ、平日の人の少ない時間帯にこれをじっくり見に行けば、何かしらずっしりと伝わってくるものがあるのではないかと思う。

テーマは永劫回帰する宇宙の時間と人類の営々と続いてきた営みであり、それがまるで人類の墳墓のように、静謐な円環をなす空間に整然と配置されている。もっとも、ペインティングや映像、一回に置かれたまるで去勢されたペニスのようにぐんにゃりと横たわる、「実物大ロシア製ミサイル」のように、展示自身を内部から相対化し、嘲笑するユーモアも忘れられていない。椿はこれで一つの自分の墓碑を作ったのではないか、そこからもう一度自分の歩んできた道を歩み直そうとするのではないかと思われた。

どうも、これは3月29日までで終了してしまうらしく、それ以降、東京ももちろんどこにも巡回しないらしい。こんなに力の入った展覧会を放置してしまうこの国の美術業界はいったいどうなっているのだろうか? 心ある人には是非とも京都まで見に行ってほしい展覧会だった。

オープニング終了後、打ち上げで椿と話して、最終の新幹線で帰宅。その一日前の春のような暖かさとは一変して、京都では雪が舞うような寒さ。横浜もまた寒くなった。090216154105

2009/02/18 : 10:08 午後 文化・芸術 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.01.12

もろもろのものを失う

何だか去年もそうだったような気もするけれど、年末から正月にかけて寝込む。
休みになるとどっと疲れが出てくるものらしい。それとともに、気持ちも落ち込み、何だか気力もなくなり、ただただ寝込んでしまった。このところ寒くなると血行が悪くなり体温調節がうまくいかなくなりがちなのは、やはり年齢なのかもしれない。

考えてみれば、気がかりなことが多い。
同僚のO君の病状も気になるし、我が家の猫は末期ガンで時々血を噴き出して死にかけている。こいつのターミナル・ケアも気分的にもなかなかつらい。いまは少し持ち直したが、先週は硬直して完全に死にかけていた。
頼まれている新刊の執筆も遅々として進まないし、去年土壇場でキャンセルされてしまった「タバコ本」の出版先探しもなかなかうまく行かないし、かと思えば大学の雑用もどんどん積み上げられる一方。こうして、ひとつひとつ挙げていくと悪いことだらけにも見えるが、しかしそうとも言い切れないし、いろいろ面白い計画も進んでいるのではある。ただ、体力がなくなるとどうも悪いことばかりが気になって、どんどん気持ちが落ち込んでくる。

そういえば、年末に立て続けにパソコンの中のデータを失ったのだった。最初は研究室においてあるMacサーバーのハードディスクが壊れたこと。これは、昔のkonchuu.comやバス・プロジェクトのデータが入っていたのだったが、何せ古いMacG3に入れてあったので、ハードディスクの寿命が来たらしい。いろいろ手を打ってはみたのだが、結局「バッタ・プロジェクト」と「バス・プロジェクト」のウェブ・データは全部消えてしまった。これを読んでいる当時の関係者でバックアップがある者は是非送ってほしい。ちなみにこのサーバー(http://hmuroi.edhs.ynu.ac.jp/)は、これを機会として新しいMacMiniとOSXserver10.5に変えたので今後手を入れていく予定。まるで、それに合わせたように自宅のiMacのハードディスクが壊れた。それとともに、2005-2006年のメールのデータや写真・動画データの一部が消えた。こまめにバックアップしていなかった報いではあるが、落ち込む。こちらもハードディスクの具合が良くない。システム10.5になってから、こういうことがよく起こるのでAppleのせいかもしれないと疑っている。そういえば1,2年前の正月にもメインマシンのハードディスクが壊れたような気がする。考えてみれば手帳も94年くらいからは使わなくなって、全部パソコンの中に記録も記憶も入っているので、その一部が消えてしまうというのは何だかすごく喪失感があるように思える。昔はよくデータを飛ばしたけども、その頃とは何しろデータの量が全然違うものね。

それでも正月休みも連休も終わり、この辺りで気持ちを切り替えて、またがんばっていかなくてはならない。今年は、5月にウィーン、9月にスペイン、10月にメキシコに行く予定があり、その準備も大変。7月から9月にかけては大きなイベントがある。そろそろ身体を動かして、気力を持ち直していかなくては。

2009/01/12 : 10:28 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.24

年末

先週で授業期間が終わり。

その間、吉岡洋の二回目の集中講義、恒例のマルチメディア文化課程カルチュラル・アセンブリを含む数回の忘年会、二年生のゼミ選択ガイダンス、観劇や演劇関係のイベントなどがあり、昔の学生でいまは放送番組の構成作家などをしている谷崎テトラ君に誘われて、FM東京の生番組でしゃべったりもした。

舞台芸術論の久保井組(演劇)、望月組(映画)の日程も固まり、それぞれ稽古や撮影に入って頑張っているのも楽しみだ。

全学教務委員長の仕事も結構忙しく、22日には東京学芸大学と東京農工大学という二つの大学に学務情報システムの視察に日帰り出張。武蔵小金井から国分寺、府中と忙しくかけまわった。当たり前のことだが、昔短期間に関わりのあった武蔵小金井や国分寺ももうあれから三十年以上が経って駅前の雰囲気は一変している。

21日は日本記号学会の理事会・編集委員会の打ち合わせ。いろいろな話をするが、一番気がかりだったのは、また10月に倒れられたという山口昌男さんの病状。ずっと調子が良くないのに、演劇、映画やイベントに、そして学会などのにも足繁く訪れていたが、やはり無理がたたったらしい。

そして、23日からは劇団唐ゼミ☆の横浜馬車道での公演「ガラスの少尉」が幕を開けた。BankArt-NYKの倉庫空間を大胆に作り替える冒険であるが、いままでパネルなどを入れて展覧会空間にしていたこの場所が、倉庫本来もっていた荒々しさを取り戻していてなかなかいい。初日には160人超のお客さんが押し掛けて来て熱気に満ちていた。週末の予約も増えてきているが、24日、25日の分はまだ席が余っているらしいので、是非見に来て下さい。運河沿いの岸壁にあるなかなか面白い場所です。入院されているのでなかったら、きっと山口さんも来てくれていたことだろうなあ。

28日にこれが終わるまで全く年末モードになれないけれど、いろいろやらなくてはならないことはたまりまくっている。

2008/12/24 : 11:33 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.18

「湯上がり組」と「行水組」

 15日は、大阪日本橋の近畿大学会館で行なわれた近畿大学・唐十郎演劇塾(卒業生含む)公演『少女仮面』を見に行く。唐組の久保井研と二人掛けでのんびりと新幹線。こういうのもなかなかオツなものだ。
 2005年に横浜国大を定年退官した後、唐さんは近畿大学の客員教授として学生の指導を行なうようになった。招聘してくれたのは同大学文芸学部芸術学科舞台芸術専攻にいる、演劇評論家の西堂行人さんと、演出家の松本修さん。お二人とも現在の演劇における立ち位置は唐さんから随分遠いようにも見えるが、元々唐十郎の状況劇場を体験したことによって演劇の道を志すようになった人たち。2003年頃から既に唐さんを招く準備を始めてくれており、2004年から唐さんは特別講義などで近畿大に行くようになった。ぼくも、唐さんを敬愛し、唐さんのために身体を張ってくれそうな彼らなら、と納得して、唐さんを近大に送り出すことになった。
 2004年には卒業公演として松本さんが演出する「唐版・風の又三郎」を、やはり近畿大学会館で上演。東京公演もした。唐ゼミの椎野や中野と見に行った。そこから何人かの卒業生たちが育ち、松本さんの舞台の常連になった者もいる。その後、学生の演出での「ジョン・シルバー」、唐さんと松本さんの共同演出による「少女都市からの呼び声」と続き、「風又」に出演した卒業生の小林徳久君たちが演出補佐を務め、もはや授業の一環ではなく完全に独立した「唐十郎演劇塾」に発展。一二年生や卒業生を交えての「演劇自由塾」という形になったのが前回の「動物園が消える日」。そして、今回の「湯上がり組」、「行水組」の二組に分かれた「少女仮面」とつながったのである。
 変な話かもしれないが、授業の枠を外れて、松本さんの直接の手を離れた前回くらいから、参加者たちが見違えるように生き生きと動き始めたような気がする。同じくらいの年の小林君や卒業生たちと、単位や授業とは関係なくパワーを発揮する現役の一・二年生たちの若さがうまく組合わさり、そして時々稽古に手を入れる唐さんの突飛なアイディアが彼らを勢いづける。
 そして今回の「少女仮面」、びっくりした。これまで、京大の劇団や文学座研修所の卒業公演で見た「少女仮面」を遥かに越えていた。両バージョンとも素晴らしく、これが学生演劇かとびっくりしてしまった。とりわけ、腹話術師を演じた小林君、春日野役の高橋さん、久保田さんとも素晴らしく、それ以外の役者たちも気合いに満ちてみんな素晴らしく、躍動感に満ちた演技である。「湯上がり組」の春日野はヒステリックで観客を飲み込むような狂気の演技において、「行水組」の春日野はクールな男役の佇まいから、少しアニメ声の「女」に変わるその転換の演技において際立っており、それが徹底した稽古量に支えられていることがわかる。少女「貝」も「水のみ男」も「ボーイ主任」も、いずれもまだ一二年生が中心であると聞いて驚く。うちでやった「愛の乞食」の時もそうだが、二十歳前後の世代の持つ潜在的な爆発力は凄い。というわけで、大満足の出来だった。唐ゼミ☆の立ち上げの時期の記憶が重なってくる。
 もちろん、それを支えているのは小林君の演出力、統率力、そして唐さんのやはり非凡としか言いようのない演出力だ。それは、とりわけ第三場での甘粕大尉の登場シーンに現われている。通常甘粕は春日野の妄想として舞台奥に幻想的に現われるのだが、花道を吹雪の中を行軍する部下たちを引き連れて登場し、そこは一瞬にして満州の野戦病院に変わってしまう。また、防空頭巾を被ったファンの少女の群れはマクベスの魔女よろしく三人の不気味な仮面を被った少女=老女として現われるなど、これまで思っていたこの作品の意味を根底から覆すような画期的な演出だった。掛け値なしに素晴らしい「少女仮面」だったのだ。
 終わった後、唐さん、松本さん、西堂さん、久保井君、唐ゼミ☆の中野、小林君、そして終わったばかりの若い「塾生」たちとの晴れやかな飲み会となる。唐さんが近大に行くようになって四年が過ぎ、ようやくそれがこの「少女仮面」で実を結んだような気がしてうれしくて仕方なかった。松本さんや小林君も思いは同じらしく1:00過ぎまで若い学生たちと一緒に盛り上がった。ぼくにも体験的に分かるのだが、彼らは本番二回でまるで昆虫の脱皮のように同じ人間とは思われないほど飛躍する。18歳、19歳の春日野は宝塚のベテラン女優になり、老女と少女を循環する。それもまた「少女仮面」のテーマにふさわしい出来事である。この作品はまた優れた演劇論、演技論でもあるのだ。
 さて、それはそれとして、困ってしまったこともある。去年、久保井君にお願いしている「舞台芸術論」の学生たちは近畿大学と同じ演目「動物園が消える日」を学内で上演した。問題は、今年はうちでは何をやるかだ。同じ「少女仮面」であれほど素晴らしかった「塾生」たちに勝てるだろうか? それとも何かもっと意想外の演目を選べるだろうか? いやいや、問題はうちの「授業」でしかないと思っている学生たちに、あの自由な「演劇塾」に太刀打ちできるだろうか。これから、みんなで頭を悩ませなくてはならない。何人かが深夜バスで大阪まで来てこれを見ているはずだ。逃亡するのか、それとも戦うのか、主役はやはり一二年生にすぎないうちの学生たちである。

2008/11/18 : 12:29 午前 大学 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.03

あっと言う間に、今年も残り二ヶ月となり‥‥

唐ゼミ☆の京都公演も終わった。

毎年テントに顔を出してくれて楽しんでくれる観客の皆さんがどんどん増えてくれているのがありがたい。ただ、テントを立てる場所の問題や、地元での制作の問題なども数多く、来年実現できるかどうかは分からない。それでも、メンバーもみんな京都が好きだし、ぼくにとっては自分が学生時代を過ごしたこの街で教え子たちが頑張っているのを見ると、感慨ひとしおなところでもある。今年も椎野や禿を連れて錦市場をぶらついたり、彼らが宿舎にしている修学院から歩いて行ける、一乗寺松原町の昔住んでいた文化住宅(まだ人が住んでいる!)などを見て思い出にふける。それにしても、ここに住んでいたのは1977-80年の二年間で、その頃でさえ老朽化してぼろぼろだったのに、それから三十年後でも人が住んでいるってどういうことなのだろうか? 確かにサッシに変わっていたり多少はリフォームしているのだろうけれど。そう言えば京大西部講堂もそういう状態のまま残っているから、京都にはこういう建物がまだまだあるのかもしれない。
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そう言えば、烏丸御池にある国際マンガ・ミュージアムに初めて行った。ここは龍池小学校という学校をリフォームした建物だが、全面ガラス張りの増設部分も人工芝を敷き詰めた運動場部分もとてもよくマッチしていてなかなか素晴らしい。開館2年で入場者数45万人を越えたというのもうなづける。研究者用の資料と、来館者向けのアミューズメントや紙芝居などの出し物、貸本スタイルで自由に閲覧できる漫画のコレクションなど、とてもバランスの取れた構成で感心した。大人も子供も芝生の上で寝転んだり、思い思いの場所で漫画を読んでいる光景も楽しい。何よりも展示がとても上品で好感が持てる。外国人観光客にとっても魅力的な場所だ。但し敷地内全面禁煙と言うのが残念。学校なんだから屋上か裏庭に喫煙所を作ってくれればさらにすばらしいのだが。

タバコ本の出版予定がキャンセルされて、別な版元を探しているという話は前回書いたが、11月15日前後に予定されていた中国南京での国際記号学シンポジウムという催しもなぜか行かないことになった。これはひとえに主催者の不手際。まだまだ中国はおかしなことが起こる国であることに変わりはないようだ。その代わり、その期間に予定されていた近畿大学での唐十郎演劇塾による「少女仮面」の公演に行くことになった。

京都から帰ると家で飼っている猫の具合がおかしくなっていた。下顎に大きなしこりができて口が腫れている。病院で抗生物質をもらったが四五日経っても直らない。悪性腫瘍(扁平上皮ガン)だと言われた。手術だと下顎全部を切除しなくてはならないということで、様子を見ながら介護していくことにした。元々大学から拾ってきた猫であるが、もう15歳近く。最近の猫は20歳くらいまで生きることも多いとは言うが、もしこれで弱って死ぬようなことがあっても寿命だと思うことにした。15年も一緒に住んでいると家族同然である。近い将来に別れなくてはならないことがはっきりしてしまったのは悲しい。

まあ、そういうあまり良くない事件もいくつかはあったが、それでも楽しいこともこれから続く。今週末、8日9日には京大の吉岡洋が集中講義で横浜にやってくる。望月組のシナリオ提出日も近く、またドラマが生まれそうだし、近畿大学との交流、マルチメディア文化課程で二年生のゼミ・ガイダンスと同日に開くカルチュラル・アセンブリは12月11日。それまでに学生たちがいろんな出し物を考えてくれるだろう。年末は23-28日までの唐ゼミ☆横浜倉庫公演もある。というわけで、あっと言う間に過ぎ去ったようなこの1年だが、結構いろいろなことがあったし、まだまだいろいろなことは続いて行く。

2008/11/03 : 11:59 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.10.22

劇団唐ゼミ☆京都公演が始まります。

今週の24-26日、金・土・日の三日間、今年で三年目になる劇団唐ゼミ☆の京都公演が始まります。言うまでもなく『ガラスの少尉・テント版』。これでテント版はおしまい。あとは年末(12/23-28)に横浜馬車道のBankArt-NYKで予定されている「倉庫版」を残すのみ。こちらはこちらで、テント版とは全く違う特別版になります。
公演情報は、ここここに。
今年は三日間とも京都に居るつもりですので、是非足をお運び下さい。京都の観客のみなさんの反応が楽しみです。

ところで、同日程で唐組『ジャガーの眼』も雑司ケ谷鬼子母神で行われ、いよいよ千秋楽を迎えます。残念ながらぼくは行けないのですが、鬼子母神のあの森の中での上演は一味違うものとなるはずです。吉祥寺のジブリの森裏は、横浜からは遠くて大変なのですが、それでも三回は見ることができました。先週の日曜は早稲田大学の演劇博物館の催し「60年代演劇再考」の企画で唐さんと堀切さんの対談に行って、そのまま吉祥寺へ移動しました。唐さんが好きだった浅草芸人「ミトキン」のコントなど興味深い話が沢山あったのですが、会話が噛み合わず、結局は予定よりもだいぶ長く登壇することになった唐ゼミの中野が一番得をしたのかも。

時間軸を逆行しますが、その一週間前は唐ゼミの川崎公演初日に顔を出した後、同志社大学で開かれた美学会全国大会へ。二日連続で飲み会をした後、火曜日は京都興行繊維大学から頼まれた講演会をこなして新幹線で。久しぶりに見る顔も居て、楽しかった。

昨年に引き続き、大学では望月六郎監督による授業「熱血・映画塾」が始まった。今年は中俣暁生さん、平井玄さんとユニークな非常勤講師を迎えており充実している。

もうひとつ。実は夏前からある出版社から頼まれていた「タバコ本」新書の企画がここに来てポシャりました。もう全部出来上がっている段階で、その会社の上層部がもめ事を怖れてNGを出したらしい。こうなると、言論の自由って何だということになります。まだ、後処理は残っていますが、要するにその出版社からは出すことができない。というわけで、どこかこの本を出してくれる新書編集部を探しています。結構、気を入れて書いたのでなかなか面白い本です。但し、もちろん喫煙という習慣を擁護しているわけですが、そればかりではなく「疫学化する世界」という文明論としても充分に面白いと思います。執筆に際しては多くの方のお世話になったので何とか出版したいと思っています。

その他、うまく行っていることもあり、うまく行かないこともあり、なかなか慌ただしいこのごろです。

2008/10/22 : 11:43 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.10.08

そろそろ更新しておかないと‥‥

月1ペースにしても、あまりにも日々の過ぎる速度が早く感じられ、なかなか余裕がない。もう大学も始まってしまった。

前回がトリエンナーレ開幕だが、その後すぐに唐ゼミ☆の山形公演へ。米沢駅まで車で迎えに来てもらったのだが、そこからの道のり、信号もほとんどなく、車は結構走っているが歩行者の姿がほとんどない典型的な田舎で新鮮だった。

いくつかの村や集落が合併してできた川西町の中心にあるのが、井上ひさしさんが子供のころ住んでいた「小松」地区で、井上さんの蔵書が寄贈されていたり、「こまつ座」が年に何回か公演をしている町民会館「フレンドリープラザ」がある。そこの駐車場にテントを張っているのだが、周りは見渡す限りの田んぼ。鴉の群れとJAの建物だけが目につく。満月の1日前の月がくっきりと空にかかり、車で百人ほどの客が集まってくる。全国大会まで出場したという地元の置賜農業高校の演劇部の生徒たちも20人近く来ている。

唐ゼミ☆の「ガラスの少尉」は1幕物、1時間半の短い作品だ。元々ラジオドラマでイメージのめまぐるしい展開に満ちた作品だが、さまざまな仕掛けで物理的には不可能に思える舞台転換をタイミングよく決めていくと、テント芝居は初めてという観客たちが素直に反応し始め、最後には舞台と客席がひとつになって大歓声で終わることができた。ひとまずは幸せなスタートを切ることができた。特に、高校演劇部の子たちはストレートに喜んでくれて、終わった後で役者の周りに群がってくる。地元で世話をしてくれた人たちも喜んでくれて、打ち上げの宴会も盛り上がっていた。

地元の人はもちろん何らかの形で農業に関わっていて、米も野菜も都会ではとても食べることができないほどおいしい。見た目の悪い枝豆も、ネジ曲がったキュウリもナスも芋もかぼちゃも、子供の頃に食べていた野菜そのもので余りにもおいしく、このもてなしは何よりだった。

次の日は1日に数本しか走っていないディーゼル三両連結のローカル線米坂線でテントばらし中の現場へ。鉄道オタクたちが大きな荷物をかかえて写真を沢山撮っている。車を借りて赤湯方面を一回りして、辛味噌味の赤湯ラーメンを食べて、一人新幹線で帰った。

大学が始まり急に忙しくなる。今年はスペシャルの講師として『極西文学論』の仲俣暁生さん、『ミッキーマウスのプロレタリアート宣言』の平井玄さん、水戸芸術館の高橋瑞木さん、京都大学の吉岡洋さんなど、盛り沢山。もちろん「舞台芸術論B」の久保井研さん、「C」の望月六郎さんも去年に引き続いて来てくれる。いずれも特別の予算や企画満載で力を入れているので、絶対面白いはず。ただ、そう簡単に単位は取れないよとおどかすと最初から逃げ腰になる学生が多いのがさびしい。

横浜トリエンナーレに関連してさまざまな関連企画が動いているが、先週は「急な坂スタジオ」が企画しているアルゼンチンの若手演出家マリアーノ・ペンソッティによる街頭劇「ラ・マレア」が野毛の近くにある吉田町の通り全体を使って行われた。また、来週からはみなとみらいでテントを張って行われる第二回横浜フリンジ・フェスティバルも始まる。このテントは新宿梁山泊が貸し出したもの。そして、言うまでもなく11日から13日にかけては唐ゼミ☆の「関東地区唯一のテント公演版・ガラスの少尉」が川崎市民ミュージアムで幕を開ける。

残念ながらぼくは京都で美学会と自分の講演会があるので、初日しか参加できないですが、是非見て下さい。
24-26には恒例となった三度目の京都公演と、年末には横浜での倉庫公演も予定されています。

劇団唐組の「ジャガーの眼2008」も井の頭公園で4日に初日。このまま週末二回公演で唐ゼミ京都公演と重なるけれども最終週は新しくメトロが開通して便利になった雑司ケ谷鬼子母神へと移ります。

2008/10/08 : 10:35 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.13

横浜トリエンナーレ2008開幕

というわけで、あれから7年が経ち、第3回目の横浜トリエンナーレが始まった。ちなみに上の公式サイトには「過去のトリエンナーレ」ページの第一回の紹介にはバッタの写真が使われている。ありがたい。

12日が内覧会+オープニング・レセプション。神奈川「近代」美術館の水沢さんに総合ディレクターが決まり、CCAに丸投げしたようなキュレータ選出、アーティスト選出の経過を見ていて、まあ官僚仕事でどうせ夢も野心も冒険も希望もないのであろうなあとは予測していたのだが、まあまさしくその通りの仕上がりだった。大量の招待客と、大桟橋の大ホールでのパーティ。おそらくはキュレータ同士での連携も、アーティストとの対話もほとんどないまま、統一テーマの「タイム・クレバス」に合わせて、企画者とアーティスト同士の間に広がる無数の巨大クレバスというか空虚ばかりが目につく展覧会である。

その中心会場とおぼしき「新港ピア」(新設された仮設倉庫二棟)のしまりのない展示を見ると、サイト・スペシフィックということが全く配慮されていないことが分かる。作家と会場の組み合わせも全く意味不明。戦争のようだった第一回はともかくとして、川俣正が全体をきちんと監修して、プレイ・グラウンドではあるが、お祭りの場として成り立っていた第二回と比べても、大幅に見劣りしていることは否定しようがない。ある意味で前回まで引き継がれてきていたアジアン・ポップ的で「楽しい現代美術」的な作品はほとんど影を潜めており、何かヨーロッパのストアハウスでの「まじめな現代美術作家」展のような印象。ヨーロッパのキュレータたちの好みなのだろう。作品は映像中心で、しかも「暴力に満ちた悲惨な世界 vs. 部屋の中に引き蘢って怯えている私」のようなテーマのものがとても多い。アセンブラージュで「私の部屋」を作るようなインスタレーションやインタラクティブな音響作品も目立つが、いずれも会場の空間とマッチしておらず、散漫で空虚な印象しか残らない。街中の巨大展示のようなものが今回は少なく、会場の外にせり出してくるランドマークがない(バッタや、イチハラヒロコやダニエル・ビュランのフラッグのようなもの)のがさびしい。

三渓園会場だけ時間がなくて見ることができなかったが、他に赤レンガ倉庫、BankArt-NYKの新しい二階三階スペース、ランドマークタワーのショッピングゾーンの吹き抜け空間に置かれた作品、トリエンナーレとは別に清水敏男事務所が13-15日の三日間だけ設置しているフロリアン・クラールの巨大木造彫刻「フライング・ダッチマン」を見た。他でも黄金町、日ノ出町付近では「黄金町バザール」も開かれている。横浜市はこういう「対抗企画」や「便乗企画」をもっともっと受け入れて、盛り上げてあげればいいのだ。本展がこれだけパワー不足なのだから、せめてそれに合わせてさまざまな展覧会や展示企画をどんどん受け入れた方がいいに決まっている。ボランティアばかり集めるのではなく、こういうことをやりたい、本展を食ってしまうような展示をやりたいという人たちに金と場所と自由を与えてあげた方が、規制したり、行政主導の企画を増やしたりするよりもずっと効果的なのになあと残念に思う。ドクメンタやベネチア・ビエンナーレが面白いのはこういう「対抗展」のようなものが沢山あるからなのだ。

会場ではいろいろな人に久しぶりに会う。新港ピアでは第一回の時にはバッタの担当の一人で、今回は事務局長に出世した国際交流基金の伊東正伸さんが、入り口でうろうろしているのにばったり出会ったほか、京都大学の篠原資明さん、森美術館の逢坂恵理子さん、水戸芸術館の森司さん、NYKでは第一回目のディレクターで国立国際美術館長の建畠晢さん、その時のスタッフで釜山ビエンナーレのオープニングを終えてきたばかりのフリー・キュレータ東谷隆司さんご夫妻と、またパーティでは松濤美術館の光田由里さん、清水敏男事務所の展示ではディレクターの宮本裕子さんと会う。ふだんめったに美術展のオープニングには行かないので、凄く久しぶりに会う人が多かった。

明日は唐ゼミ☆の米沢公演に顔を出す。

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2008/09/13 : 11:32 午前 文化・芸術 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.19

唐組秋公演は「ジャガーの眼2008」

この時期恒例の山中湖乞食城での唐組稽古場公演。
中野、椎野、禿と四人で車で出たのだが、お盆の渋滞で遅れそうになり、焦ってぎりぎりに到着する。

「ジャガーの眼」は、85年初演。83年に亡くなった寺山修司へのオマージュであり、「唐版臓器交換序説」と呼ばれる。初演では李礼仙さんは離れ、田中容子、六平直政、金守珍らによって演じられ、この時の映像はNHK衛星放送で何度か放映されている。唐組になってからも何度か再演され、不二稿京、桜井ひとみ、飯塚澄子らがヒロイン「くるみ」を演じた。百本以上になる唐十郎戯曲の中でも傑作のひとつである。

ホフマンをモチーフにしながらも、人から人へと移植される詩人寺山修司の「ジャガーの眼」を追い求める「くるみ」と、人形サラマンダに取り憑かれている田口(=唐)とが複雑に交錯する、交換と代行の物語。それと知らずにジャガーの眼の角膜移植をされた平凡なサラリーマンしんいち、死んだ犬の「ちろ」を生き返らそうとする中学生の少年、体中が他人の臓器や機械に置き換えられている外科医「ドクター弁」、人の思考を遮る(無意識の検閲官)トビラ、と魅力的なキャラクター満載で、観客の脳髄にずかずか入り込みかき乱す、まるで脳内撹拌装置のようなあの傑作がこの秋帰ってくる。

ちょうど唐さんを大学に招いた97年の秋に、ぼくはこの作品に出会った。水戸芸術館と雑司ケ谷鬼子母神の紅テントの中で頭をガーンと殴られたような強烈な経験をした。あの時の、飯塚澄子のくるみと鳥山昌克のしんいち、金井良信のトビラ、稲荷卓央のドクター弁、藤井由紀の少年、そして言うまでもなく唐十郎の田口も素晴らしかったが、今回稽古場公演で見た、赤松由美のくるみと藤井由紀のサラマンダ、そして秘密の少年役(秘密!)のキャスティングは、もしかするとそれを越えるのではないかといううれしい予感をもたらしてくれた。

唐十郎が田口を降りたのがちょっと残念だが、その代わりに稲荷が唐の「ジャガーの眼」を引き継ぐかのように新鮮な田口を演じていることと、今回新たに書き加えられた唐のための新しいキャラクター闇坂が登場するのが楽しみ。今回見た稽古場公演に、客演中で欠場している丸山厚人と久保井研が重要な役で加わる今回の「ジャガー」はもしかすると唐組の歴史の中でも伝説の舞台になるのではないかという期待が高まる。

寺山の「ジャガーの眼」の中でしか生きられず、寺山の死後もその角膜を移植された男を探し求める「くるみ」(くるみは脳味噌に似ている)と、田口=唐の眼の中でしか生きられないサラマンダ(火喰いトカゲであり、不死の象徴)という「脳内美人」に取り憑かれた人々が繰り広げるオペラの中で、田中容子、桜井ひとみの路線を引き継ぐ赤松由美が白いスーツをまとって宝塚の男役のように歌い踊りながら登場するシーンの陶然とするような美しさと、完璧な人形のような手足をもつ藤井由紀のサラマンダはまさしく唐十郎の脳内美人として、これまでで最高の出来だった。それともう一つの隠し玉の少年(秘密!)を演じる新人女優にも刮目した。

そんなこんなで終わった後の宴会も盛り上がる。唐さんはまだ二幕・三幕の書き直しがあるので、緊張感に満ちてはいたが、うれしそうだった。公演は十月一杯の週末、井の頭公園ジブリの森で始まって雑司ケ谷鬼子母神も回る。

そんな余韻の残る中、久保井研が客演している「庭劇団ペニノ」の『星影のJr.』を見にザ・スズナリに行くと、偶然、唐組屋台村公演バージョンでくるみを演じた桜井ひとみさんも来ていて、終わった後いろいろその頃の思い出話を聞けたのもシンクロニシティというもので面白かった。その他、前の週には流山寺事務所の「由井正雪」も本多劇場で観劇。原稿などでいろいろ追い込まれてはいるのだが、夏休みっぽい八月前半であった。

2008/08/19 : 01:08 午前 文化・芸術 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.07.27

七月から猛暑が止まらない。

一ヶ月ぶりの更新になってしまい、いろんな人から突っ込まれる。
基本的には学期末で、授業、会議、会議、授業という感じで追い込まれていた。その間、二度程、野毛の都橋にある唐ゼミバーに。連中の横浜公演の場所探しにもつき合う。いろんな人が尋ねて来て、盛り沢山な七月であった。
映画や芝居ちょこちょこと。それから、本も書かなくてはならない。結局、夏休みにいろいろなことを押し込んでしまうことになる。今年の夏は大変だ。
後期の授業計画、来年のイベントなど、いろいろと課題が山積みだが、ひとつひとつこなしていかなくてはならない。
今日は、川崎市民ミュージアムの市民コンサートで唐ゼミ☆の宣伝のためのショートパーフォマンスにつき合う。来週は、夏休み前の最後の週で、二度程の飲み会とオープンキャンパス。それでようやく一息つける。080727155743

2008/07/27 : 10:00 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.30

帝塚山学院大学美学美術史科同窓会

 29日は、大阪心斎橋のホテル日航で、帝塚山学院大学美学美術史科の大同窓会が開かれた。
 ここには88年から非常勤講師を始め、89年から92年の3月まで専任講師を務めた。初めての専任勤めでいろいろな思い出がある。パーティは130人を超えて、とても賑やかだった。結局、四次会までつきあって、心斎橋に泊まったのだが、本当になつかしかった。雨がちな曇り空の大阪は、亜熱帯を思い起こさせるほど、とても蒸し暑く、その湿った、体にまといつくような暑さの中で、あのころの記憶が鮮明に浮き上がってきた。

 小さな女子大で、学科の専任教員が6人、一学年60名のとても贅沢な学科であり、ぼくを呼んでくれたのは、日本美術史の大長老、故・源豊宗先生の愛弟子であり、30-40代にかけて華々しい業績を挙げておられた吉田友之さんだった。この吉田さんと、現在同志社大学に移られた太田孝彦さん、京都精華学長の島本浣さんとは、毎週のように難波で飲み歩いていた。他の学科スタッフや学生たちは言うまでもなく、他学科の先生たち、事務の人たちとも、しょっちゅう飲んでいた。奈良などへの遠足を兼ねた現地講義、ゼミ旅行、ヨーロッパ研修旅行など、学生たちと一緒に行くイベントも盛りだくさんだったし、講演会の企画も多く、ぼくも栗本慎一郎さん、山口昌男さん、中沢新一さんなどをお呼びしたことがある。

 吉田さんは1966年の大学設立以来のスタッフで、美学美術史という超マイナーな学科を一人でこつこつと作り上げてきた。非常勤講師も、関西の優秀な若手たちを集めて、その頃は、帝塚山の非常勤に選ばれることをみんな目標にしていたし、とても名誉なことだと考えていた。だから、神林恒道さんも、岩城見一さんも、加藤哲弘君も吉岡洋君も、他にもとても沢山の人たちが非常勤を経験しており、みんな吉田さんにお世話になっている。それなのに吉田さんは定年をはるか前にして60になる前に大学を辞めてしまった。ちょうどぼくが辞めたのと同じ年で、二人合同の送別会をしてもらった。その会は学生、教員を合わせて100人を超す盛大なものだった。あの三年間の間に、しかも実質週三日しか行っていなかったのに、なんだかとても沢山のことが起こったような気がする。

 今回も久しぶりに吉田さんにお目にかかれるかと楽しみだったのだが、数年前から目の具合が良くないらしく、残念ながら欠席。ていねいな葉書を頂いて、二次会の時に電話をかけ、みんなに代わってもらって話ができた。こんなにみんなが大切な思い出にしているこの学科が存在していたのは、ひとえに吉田さんの力の賜物であり、この学科は吉田さんの最大の作品のひとつなのではないかというようなことを、みんなで話した。

 たった4年しか勤めていなかったし、ぼくの直接担当していた元学生たちは、大半が遠くに住んでいたり、まだ子供が小さいこともあって、4-5名しか来ておらず、少しさびしかったが、他のゼミの卒業生や、一二年で授業を受けてくれていた人たちも多く、声をかけてくれる人も沢山いてうれしかった。美学美術史科と縁の深い元教員も駆けつけてくれていて、それもまたなつかしかった。90年前後の思い出に浸りながら、心斎橋から難波付近を飲み歩き、最後はあのころの定番のカラオケ。

 帝塚山学院は、小学校からあって、その歴史は大正時代にまで遡る。大学の歴史は比較的短いが、「お嬢様大学」として知られるここの学生たちはとても強い個性があり、それは特に下からあがってきた学生たちがそうなのであるが、大阪の良家の子女といったもの。それも、単なる箱入り娘なのではなく、ずっとこの地に根付いている育ちの良さというか、優れたバランス感覚と強靭なコモン・センスに支えられたものであり、学ぶことが多かった。こういうのはいわゆる受験偏差値だけではわからないもので、卒論などでも思いがけない粘りを見せたり、卒業後も美術に関連する仕事についている者も多い。一種の生活知に長けており、現実感覚などは、そのころのぼくよりもずっと上なのだ。彼女たちは、美学や美術史という、現実にはまったく役に立たないことに打ち込む研究者や学者を本当に尊敬してくれていて〔もちろん、本当は大して立派ではないし、彼女たちにも薄々はわかっていたんではないかと思うけど、とにかく「立てて」もらっていて〕、付き合っていると本当に楽しかった。今でも卒業生たちとはたまに会うことがあるし、年賀状だけのおつきあいにしても、ずっと続いている人も多い。もちろん、女子大ゆえの難しさもあるし、ぼくも今よりもさらに未熟だったので、不必要に彼女たちを傷つけてしまったりしたし、後悔することも多いのだが、それでも楽しかった思い出や感謝の気持ちの方が強い。

 辞めた後も、しばらくは集中講義に呼んでもらったり、イベントに招いてもらったりしていたのだが、残念ながら大学の経営が徐々にうまくいかなくなり、その打開策として短大を改組して作った新学部-ここには松岡正剛さんや椿昇が一時居た-に力を入れたことで、元々の文学部の方が弱体化し、しばらく前には美学美術史科自体がなくなってしまい、昨年からは男女共学となり、また来年からは改組して文学部自体が新しい「リベラルアーツ」学部に縮小化されるという。もはや、ぼくたちが共に学び、「卒業」した学科自体がこうして消えてしまったわけなのだが、それでもあの時代に関わった人たちにとって、帝塚山学院大学の美学美術史学科というのは、人の結びつきの記憶としていつまでも消えないのだということを、改めて感じた。だから、こういう大同窓会もそうだし、元のゼミ生たちとも、またこんな形で集まることがきっとあるに違いない。ぜひまたやってください。

 なつかしい難波や心斎橋の辺りを長いことうろついて、横浜に戻る。ここが今のぼくの戦場である。

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2008/06/30 : 11:01 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)