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2004年10月

2004.10.20

夜のピクニック

 ぼくが卒業した水戸第一高等学校という高校には修学旅行がなく、その代わりに「歩く会」という不思議な行事があった。山梨の甲府一高とか元旧制中学だったところでは似たような行事をやっているところもあるらしい。
 水戸一高の「歩く会」は早朝から次の日の早朝までかけて、100Kmの道のりを全校生徒が歩くというだけの単純な行事である。クラスごとに幟を立てて、整然と歩く。夜になると小学校などを借りた休憩所で食事休憩を取り、深夜に一時間ほど仮眠休憩を取った後、最後の25Kmは「自由歩行」と呼ばれていて、みんなが勝手に走ったり歩いたりしていいことになっている。上位三十人には賞状が出る。たいていはぷらぷらしゃべりながら歩いてしまい百位にも入ったことがないのだが、なぜか二年生の時だけは異常に張り切って25位になったこともある。あの時必死に走っていた時の風景は今でもくっきりと瞼の裏に蘇ってくる。1200人以上が水戸周辺の田舎道を延々と歩き、そして走る。秋の体育の授業はそれに向けてすべてマラソンだった。高校のそばにある那珂川の川岸をひたすら何度も走らされたものだ。
 こんなことを急に書き出したのは、最近水戸に行った時に、恩田陸という小説家がこの「歩く会」をネタにした「夜のピクニック」(新潮社)という本を書いているという話を耳にして、読んでみたからだ。ぼくたちより10年若いこの女流作家の作品は、内容はたいしたことはなく、要するに青春小説というかジュブナイルみたいなものではあるが、さすが卒業生だけあって細部の描写が細かい。たちまち高校時代のいろいろな光景が脳裏に浮かび上がってきた。ぼくたちの時との大きな違いは、距離も80kmと短くなっているし、明らかに昔よりも楽な行程になっていること。ぼくたちの時代の100km歩行というあのめちゃくちゃさは何だったのか。しかも毎年違うルートだった。それから、ぼくたちの時には男女比が10:1くらいだったのに女の子の数が増えたせいか、普通に共学校で、誰と誰ができてるというような雰囲気になっていること。ぼくたちの時には、かならず酒とタバコが持ち込まれていて、春歌が大声で歌われたりしていて、その上ただでさえしんどいのにギターを担いでくるやつがいたりして、要するにまだバンカラな感じが濃厚に漂っていたのだ。学園祭の時などは、担当の教員が一升瓶をもって夜差し入れに来るような変な雰囲気があった。それでも、脱落者を出したりしながら延々と星の降る夜の田舎道を歩いている時の描写や、最後の坂道の光景などは体験者ならではのもので、個人的には結構楽しめた。
 何だか十代や二十代前半のことを思い出すと深夜に起きたことで印象的な出来事が多い。いろいろな人と一夜を一緒に過ごしたり、夜中にみんなでどこかに行ったりした時のことは、たいてい強い印象が残っている。ぼくの勤めている大学はまだ大丈夫だが、美大や芸大ではかなり以前から、夜8時や9時に学生が追い出されたり、夏休み中は学内に入れないところも多いらしい。多摩美などは学内でアルコール持ち込みがきびしくチェックされているらしい。管理上の理由やセキュリティばかりが幅を利かせて、どんどん世の中がつまらなくなっているような気がする。幸いなことに母校では現在でもまだ(距離は短くなり、システム化は進んでいるようではあるが)この伝統行事が続いているらしい。夜、誰かと一緒に歩くって−−それだけですごい体験だよね。

2004.10.12

台風の中の紅テント

 9日は唐組公演「眠りオルゴール」の東京初日だった。今回は唐ゼミから禿恵、古川望、前田裕己、小川尊の四名が参加している。ところが急に台風22号が首都圏直撃するとの報せ。唐組は朝の六時から現場に集合して対策を練ることに。中野に電話をして応援部隊を派遣。僕自身も午後二時頃から現場に入った。
 空を見上げながらまるで檻の中の虎のように歩き回る唐十郎は、テントが持たなかったときにどうするかということを考えていたらしい。自転車の発電機で二台の作業灯をつけて野外で上演するプランまで考えていたようだ。バケツをひっくり返したような激しい雨が続き、四時過ぎからは風も強まり、五時頃からは完全な暴風雨になった。楽屋テントも手で押さえていないと飛んでいきそうになる。だが、予報よりも速度が速まり六時には千葉市付近に抜け、開演前には風もおさまった。
 それよりも驚いたのはそんななか120名を超す観客が詰めかけてきたことだ。中には電車が止まるのを覚悟で完全武装でやってきた人もいる。無事に芝居を終えることができてみんなほっとしていた。唐ゼミ部隊もいろいろと稽古場からもまれてきたせいか少したくましくなったように思えた。
今回の作品は七十年代の「糸姫」を元にはしているが、90%以上は新たに書かれたほぼ新作。浅草の軽演劇のように矢継ぎ早に繰り出される氾濫するイメージに満ちていると同時に、過去と現在をつなぐオルゴール箱の仕掛けが最後に反転する美しい作品だ。いずれにしても唐十郎の頭の中はいま嵐のように沸騰している。その頭の中の嵐が現実の台風を吹き飛ばしたような素晴らしい幕開けとなった。今後の日程については唐ゼミのサイトの「関連公演」に掲載。

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 10日は京都工芸繊維大学で開かれている美学会・全国大会に顔を出す。昔ぼくが大学院生だった頃は300-400名くらいしか会員がいなかったが、今や1700人を超す大所帯になった学会だ。これまで全国大会に行くくらいでほとんど関わりがなかった学会だが、なぜか今度の選挙で委員に選ばれたという。さっそく委員会に出席させられたり、例会でしゃべらされることになったしまったが、全体としては業績作り、ポスト配分型の硬直した学会なので、つきあいは適当にして、時々面白いことをやらせてもらえればそれでいいくらいに考えている。記号学会の方が大切だ。懇親会で会った昔の同窓生仲間たちや若い大学院生たちと口角泡を飛ばす議論をしながら深夜まで京大近くの居酒屋で飲む。11日はお昼まで京都に残り、そのまま再び唐組のテントへ。さすがに初日の三倍近い観客が押し寄せており、芝居自体もしっとりとして一段と良い舞台になっていた。

 大学でごたごたがあってずっと接続できないでいた唐ゼミのサイトも再開通し、日程も発表されました。こちらも是非見に来てください。

 それから一週間ほどパレスチナに行っていた椿昇の旅行日記が掲載されています。内側に入り込んだ異邦人の目から見た世界の中心が描かれていてスリリングな日記になっています。

 さあ、いろいろまた始めなくては!

2004.10.05

社会情報学会 at 茨城大学

 2日の土曜日は二週間ぶりの水戸へ。茨城大学での社会情報学会で基調講演をしてきた。西垣通さんから頼まれたからだ。断れない。社会情報学会というのは二つあるが、こちらが旧新聞学会系で社会学系の人が多く、もう一つが経済・経営系の人が中心になっているらしい。東大の社会情報研究所(旧新聞研)は情報学環と併合されたが、この情報学環自体が日本で最初に総合学としての「情報学」というのを立ち上げたにもかかわらず早くも工学系、社会系、人文系の三コースに分断されてしまい空洞化されつつある。
 ぼくが「協力教官」として組み込まれている横浜国立大学の環境情報学府などというのは最初から文理融合などとは名ばかりで、要するに第二工学部の大学院を作るためだけの方便だから、逆に何の期待もないし、何の未来もない駄目な大学院なのだが、日本版メディア・ラボなどと喧伝され、学ぼうとする若い人たちの大きな期待を集めた東大情報学環が結局は工学系主導になってしまったのはとても残念だ。一番悔しい思いをしているのは西垣さん本人に違いない。国立情報学研究所などというものもようするに工学屋の集まりだし、e-JAPANだとかユビキタスだとか著作権ビジネスの振興だとか、国の政策もロクでもないものばかりだ。
 こうしてなし崩しに駄目なものになってしまった「情報学」の周辺にある学会が「社会情報学会」というわけだが、要するに社会学者と工学系で社会に関心ある人たちの集まりと見た。そしてここでは上に書いたこととは逆にこんな学会にちゃんと期待してくれている工学系の人の方が幾分かましで、中核にいる社会科学系の人の駄目さと無気力さが目についた。それにしても、若い人に専門は何ですかと聞くとみんな「社会情報学です」と答えるのには驚いた。実際知らないうちに社会情報学研究科とかが日本中にどんどんできてきているらしい。講演は「文化の気象学」の話とグローバリゼーションの中で学問や科学や芸術がすべて均一な経済原則に飲み込まれつつあるというような話をしたが、そんなに多くはない聴衆の中でも若い人たちの目が輝いていたので、やって良かったと思った。三十以上の連中はもう既に専門家で--と言うことは要するに洗練された自動車修理工みたいなもので、他のことには何の知的関心もなく、利益やルーティンワークの効率を上げることにしか関心がもてなくなっている人たちだ。しかし、おそらく十数年ぶりにあった西垣さんは相変わらずで、聞いてもいないのにいろいろな愚痴をこぼしたりさかんに言い訳をしていたが、それでも再会してみて二人とも基本的に変わっていないのでうれしい。
 西垣さんはぼくに言うこととは別に「情報学」を担う立場を結構重く受け止めているらしく、少し硬直したところもある「基礎情報学」(NTT出版)を最近出しているがそれとは別に三冊目の小説「アメリカの階梯」を出している。この小説は面白い。多感な科学少年の夢が破れていく過程がよく分かる。こういうのを見るとぼくもやっぱり小説を書いてみたくなる。吉岡洋に先を越されそうではあるがいつかやってみたい夢だ。
 最終まで水戸で西垣さんと話をしたいと思っていたのだが彼が家庭の事情で帰らなくてはならないということで、講演が終わって会場で話しかけてくれた大学院生の松本さん、後藤さんと淑徳大学の阿部さんの四人で近くの焼き鳥屋で個人的な打ち上げ。学会自体が何となく制度的で業績やキャリア生産的な面がありもう一つだったこともあって、ぼくの話が面白かったと言って話しかけてくれるだけでもとてもうれしい。松本さんが二三日に前に居た信州大学人文学部のOGだったり、後藤さんが水戸一高の後輩だったり、阿部さん、松本さんがぼくの学生も縁があり、僕自身も集中講義に何度か行った名古屋大学人間情報研究科出身だったりしたこともあって楽しい飲み会だった。
 翌日3日は雨の中、唐ゼミに客演していた東大大学院の清末浩平君がやっている「サーカス劇場」の公演に顔を出し、見に来ていた唐ゼミメンバーや出演者と渋谷で飲む。荒削りだし弱いところもたくさんあるがが情熱はみんな本物だ。
 西垣さんはぼくの講演後のトークで、自分は大手の企業に居たが、いまや企業よりも大学の方が息苦しく駄目になっていると嘆いていた。このところの国立大学の環境はひどい。どこでもかしこでも人間の自由な知性や思考が封じ込められようとしている。逆に言うと大学の中にはもはやその程度の人たちしか働いていないという悲惨な現実もある。それでもこういう若い人たちと同じ平面で話ができる状況は相対的には幸せなのかもしれない。ぼく自信もいつもそこに戻らなくてはならないと改めて思った。
今の日本はひどい。いまのぼくの職場を含めて大学もひどい。政府や文部科学省が悪いだけではなく、実は大学教員が一番悪いのだ。だけど諦めてはいない。たった二十年や三十年でこんなに違ってくるのだから、逆に十年後には全く今の常識が覆されることもあるかもしれない。やはり言論というものがあるのだということを信じていかざるを得ない。西垣さんの絶望も大きいのかもしれないが、それでもたとえ一人でも話を聞いてくれる人が居る限りは、何ごとにも屈せずに自由に物を言っていく覚悟と勇気が必要だと再確認した。
 今になって「反ブッシュ」を言っているマスメディアや大衆は全く信用できない。2001年から2002年の暮れにかけて、全くアメリカ政府の批判をせずに、むしろ言論統制を敷いていた連中が今頃になって何を言っても信用できない。要するにアフガン攻撃のときにブッシュを支持していた90%のアメリカ人と反ブッシュの日本人とは同じ連中なのだ。大事なのはいつだって「王様の耳はロバの耳」と言うことを、何者にも屈せず穴の中ではなく、正々堂々と世界に向かって語る勇気であり、批判精神なのだ。だが、それは同時に受験体制と離れたところで落ちこぼれの生徒のたまり場になっている美術室でタバコの煙をふかしているRCサクセションの「僕の好きな先生」みたいな美術教師とどこが違うのか。結局ぼくはそうなってしまうのか--それはよく分からない。だが、このところの大学行政や、何よりも大学人自体の頭の悪さと卑小さを目の当たりにしていると目の前が暗くなってくる。せめて自分の周りだけでもロウソクの光で明るくしていくしかないようにも思っている。
 西垣さんからは自分はこれからも一匹ネズミ(一匹狼ではなく)でやっていくというようなメールが届いた。だけどネズミは意外と獰猛なのかもしれない。それに獰猛なネズミが複数だとそれはいつの日か狼になれるかもしれない。そんなことを信じてやっていくしかない。

2004.10.01

松本の日々

 日曜の夜から信州大学人文学部の集中講義で松本に滞在。
 何度か通過したことはあるが滞在するのは初めての松本で四日間過ごした。
 松本の町は山に囲まれてひっそりしているが、ここで暮らしてきた人たちの息づかいが感じられる。ただ、時間の流れに取り残されているようなところもあり、ここにずっと暮らしていると少しだけ息苦しさを感じるようになるのかもしれない。暗くなると車は通っていても、あまり歩いている人の姿を見られない。
学生たちは女の子たちが圧倒的に多くパワフルなのだが、みんな神経症気味で自分に自信がない子が多くて見ているともったいない。ずかずかその中に入り込んで行って少し乱暴だったかもしれないが、それでも「集中」的にいろんな若い子たちの心の揺れに触れることができて楽しかった。何だか昔の自分自身と出会ったような気もした。

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 今、唐ゼミやマルチのサーバーが落ちているようです。復旧する頃には「黒いチューリップ」の公演予定日も決定される予定。
 明日は水戸で社会情報学会に顔を出します。

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