« 嶋本昭三さんが見に来る | トップページ | 唐ゼミについて(5)--近畿大学唐フェスティバル終了 »

2005.03.04

唐ゼミについて(4)

 「少女都市からの呼び声」から唐ゼミは学外公演を始めた。チラシも作り、いわゆる制作活動も始めた。唐組の公演でもチラシを挟み込みしてくれて、次第に学外の大人の観客たちが来てくれるようになった。何よりも、この時から椎野、禿、渡辺はもう学生ではなくなった。大学を卒業したのである。中野は大学院に進学し、石井はテレビの制作会社に就職した。要するに彼らはそれぞれに腹を固めたのだ。唐が居て、稽古場や作業場が大学にあって、外に張れるテントもある。後は前に進むも潰れるも自分たちの努力と才能の問題だと覚悟をするしかなかった。大学の外の厳しい風にさらされる度に、集団の中に大きな波が起きた。犠牲にするものの大きさを考えると、いくら楽しいからといって、みんな仲良くというわけにはいかない。何人かが脱退し、それぞれの別な道を歩み始めた。
 この頃からぼくは唐ゼミをもはや「学生劇団」とは思わないようになった。唐十郎と中野や椎野、そしてそれに必死になってついてくるメンバーたちと、裏方としてのぼくを含めたこの集団が今やっていることは、プロとかアマといった境界を越えて、今日本でも相当に面白い演劇空間を作り上げていると考えるようになった。国立大学という場所でそうした人間の出会いによる化学反応が起こっていることが面白いのだ。これはカリキュラムとかそういう問題ではない。それは、偶然に出会った人と人の出会いがあって、そこに大学というモラトリアムな空間、しかも十分な資源と時間がある場所でしか起こりえないことなのである。かつて、大学からしか生まれない文化があった。しかし、今はそんなものはない。大学は外の社会に出るまでの準備期間であり、面白いものは産業システムの中に組み込まれた「ブロ」の仕事の中にしかないと考えられている。クリエーターになりたい奴らは沢山いるが、今ここで世の中で一番面白い表現が可能だと考える奴は少ない。つまり、大学祭やサークル活動がそうであるように、すべては適度に社会の枠組みに収まることしか考えていない。所詮それは「大学時代」の思い出にしかすぎない。本当の人生の勝負は社会に出てから始まるとみんな思っている。でも、本当にそうなのだろうか。大学の中でしか生まれないものがあるのではないか? それはかつては「研究」だった。だが、みんな今では「研究」は社会に帰属するものだと思い込んでいる。社会の役に立つ「研究」を大学はすべきだと考えているのだ。そうではない、役には立たない「研究」は社会には存在すべきではないとまで言う人もいる。その逆に、たとえば日本アニメが世界で有名になると、すぐに大学に「アニメ」学科や「漫画学科」を作って「人材育成」をしようというような話になる。ぼくはそれは逆だと思っている。社会に役に立たないものこそが、社会を成り立たせているものなのだ。そして、それこそが大学でしかできないことなのである。自分の本の中にも書いたが、人間は「社会的であるばかりの存在」ではない。今やすっかりポンコツになって、単なるシステムの道具になってしまった大学にはそれでも多様な人が集まる場所がある。この場所を廃物利用するようにして、社会のどこにもない場所を作り出すことができるのではないかと考えるようになったのだ。
 とは言え、これがいつまでも続くものではない。いつまでも続かないからこそ、そこにありえない強度が生まれることがある。ぼくが愛おしく思っているのもその「生」の強度なのである。
 というわけで、明日は大阪に旅立とう。

« 嶋本昭三さんが見に来る | トップページ | 唐ゼミについて(5)--近畿大学唐フェスティバル終了 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/16230/3173221

この記事へのトラックバック一覧です: 唐ゼミについて(4):

« 嶋本昭三さんが見に来る | トップページ | 唐ゼミについて(5)--近畿大学唐フェスティバル終了 »

最近のトラックバック

2016年10月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31