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2005.05.17

blogに何を書くか

 ときどきWeb日記を読んでいる卒業生に会って、「お前のところの日記は酒を飲む話ばかりだな」とからかったら、「楽しいことしか書かないようにしようとすると結局そうなっちゃうんですよ」と言い返された。そういえば、ここもこのところ、唐さん関係の話ばかりで、誰かと会ったとか飲んだとかいう話ばかりだ。他に何もなかったわけではないし、書きたいことが他にないわけでもないのだが、この場所に何か書こうとするとそういう話ばかりになる。
 ゼミ生にblogをつけさせている手前、自分も無理してでも書かなくてはと思いつつ、ここに書くっていったいどういうことなのかと未だに考えてしまう。学生達も最初は週二回くらいblogつけるなんて楽勝ですよ!と豪語していたが、やっぱり壁にぶつかって行き詰まっている者が多い。
ひとつには、特定の人にしか向けられていない文体で書かれているものが、不特定多数の人にも読まれてしまうという二重性のようなものが、blogやweb日記の独特の居心地の悪さと、文体の不安定さを作り出しているように思われる(ここもなぜかこのところアクセス数が多いのだ)。この不安定さを乗り越えるためには、1.完全に不特定多数向けの公的な文章にする(論説にしても身の回りのことを書くエッセーにしても、そのまま雑誌や新聞の原稿のつもりで書く。つまり、個人ジャーナリズムのような形)、2.完全に特定の「身内」向けのものにする(友達ネタや身辺雑記のみ。それ以外のオーディエンスは、基本的には電車の中での友達との会話に聞き耳を立てている他人と同じと考えて気にしない)。3.知らない人に覗かれるのは嫌だから、メーリング・リストとかSNSのような、閉ざされ方の程度の違いはあるが、結局のところは鎖国した領域に閉じこもる。というような3つの選択肢が考えられるだろう。
 パソコン通信出身だから3のようなオンライン・コミュニティには馴染みがあるし、それがもたらす効用(人間関係のネットワーク化の広がりがもたらすパワーと楽しさ)も知っている。だが、それと同時にWeb上の言説のもっている、まるで暗闇の中でたった一人でろうそくの光を点けるような、誰がそこにいるのか分からないような不安定な状況にも未だに惹かれている。2チャンネル用語で「釣れる」というのがあるが、確かに何も見えない深い海に釣り糸を落としているようなところがある。ただ、それが継続したコミュニティを作っていけるかというとそうではあるまい。そういう意味ではSNSの動向も気になるが、いまのところ仲良しクラブの域を抜けていないようだ。
 いわゆる「人気blog」というものは、多くの固定読者をもっているわけだから、1のようなスタンスのものだろう。それはPublishingという意味で「個人出版」と変わりがないし、一日数千から数万というようなアクセス数を稼ぐものは確かに一種のマスコミ的な価値をもっている。じゃ、自分はどうかと言うと、そんなことになってしまったらきっと書くのはやめてしまうのではないかと思う。そんなことになったらとっても不自由だと思うのだ。そういうことをずっと書いてきたせいもあるかもしれないが、ぼくはネットワークに「出版」とか「放送」とか「広告」というカテゴリーを持ち込むことには反対である。すべてを「数量」の問題に還元してしまうような産業社会の構造とネットワークの可能性とを分けておきたいと思っている。その意味で、ネットワークはプライベートでもパブリックでもない「パーソナル」なメディアになるべきなのではないかと思っている。ネットは「公的なメディアだ」などというのは、とても息苦しい。
 というわけで、紙のメディアに書く文章と、ここに書く文章とは分けて考えていきたいと思っている。言い換えれば、上にあげたような1〜3のどれにも当てはまらないもの−−一番身近なことを、暗闇の中でまるで自分自身に独り言で語りかけるような、それでいて暗闇の中にリンクしていく釣り糸を投げ入れているような、スタンスが定まらず不安定な語りの「場所」に留まり続けたいと思っている。
そうなるとやっぱり、唐組の公演で誰と飲んだというような話になってしまうんだろうなあ(……と、再び、これでいいんだろうかという悩みのループが始まる)。

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サイトやblogを始めて何年たっても「これでいいのかなあ」と悩みは絶えませんが、ポロっと答えをひとついただいたような文章をここに引用します。ぼくはネットワークに「出版」とか「放送」とか「広告」というカテゴリーを持ち込むことには反対である。すべてを「数量」の問題に還元してしまうような産業社会の構造とネットワークの可能性とを分けておきたいと思っている。その意味で、ネットワークはプライベートでもパブリックでもない「パーソナル」なメディアになるべきなのではないかと思っている。ネットは「公的なメディアだ」など... [続きを読む]

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