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2005.06.03

「バッタ本」打ち合わせ

 月曜日にアートンの郭充良さんから電話がかかってきて、「バッタ本」の担当編集者に引き合わせたいからと予定を聞いてきた。火曜の夕方なら、ということですぐ次の日、多摩美の非常勤講師の仕事を終えてから、道玄坂上のアートンへ。ここは出版社だが、さまざまな事業に手を広げていて、金守珍さんの映画「夜を賭けて」や「ガラスの使徒」の制作、イベントや興行の企画、シネマアートン下北沢の運営、飲食店、通信販売、韓国茶の店など次々に新しいことに挑戦している。
 元々は新宿梁山泊の打ち上げなどで郭さんと時々顔を合わせて、会釈を交わすくらいだったのだが、昨年春のシネマアートン下北沢のオープニング・イベントの後、レディ・ジェーンで行われた打ち上げで、郭さんと初めてじっくり話をしてみて、ああこういう人だったんだと感銘を受けたのである。
 二十数年前、立命館の学生だった郭さんは、父親の事業が失敗して、家がとんでもない金額の負債を抱えた時に、猛勉強をしてさまざまな手練手管を学び、とても返しきれないと思われた借金を全部返済してしまった。その時に、初めてああ自分にはこういう才能があるのだと気づいた。それまでは文学や絵本に関心のある文学青年だったのだが、自分にとって「事業」こそが原稿用紙やキャンバスなのではないかと考えるようになったと言うのだ。つまり、事業は郭さんにとって「アート」なのである。「アートン」という社名は「あ」と「ん」、つまり始まりと終わりという意味であると同時に「アート」という意味をこめているそうである。府中で一人で事務所を開いてから十数年かけて、さまざまな事業を重ねながら大きく成長してきた。こんなふうに事業を「アート」だと考えている人はとても少ない。郭さんの事業のやりかたは生態学的、あるいは進化論的なものであるように思われる。進化の歴史の中でなぜかくも多様な生物種が花開いてきたのか。それは多様性がある方が情報が生き残る確率が高いからである。さらに言えば新しい情報が創出される可能性も高い。いくらひとつの事業で大成功したからと言っても、それが新しい情報を生み出すとは限らない。株の売買などで資金をいくら増やしたからと言って、あるいは会社をいくら買い占めたからと言って、何かを創造することができるわけでもなければ、新しい技術を生み出すことやそれどころか既に作られた技術を後世に残すことだってできない。特許やライセンスでいくら儲けても、それは既存の情報にぶら下がってうまく立ち回っているだけで、何の創造性もない。そんな事業家と違って、郭さんがやろうとしているのは人の生き物としての活力やネットワークの中から相乗的に生まれてくるパワーを生かすような新しい「場所」を事業の中に作り出すことであって、ひとつひとつの事業が成功したり失敗したりするのはそうした「場所」を作り出すためのプロセスにすぎない。その中心にあるのは「人」であって、システムやノウハウではない。だから、さまざまな人やさまざまな事業をまるで熱帯雨林のようにどんどん取り込んでいく中で、そこから新しい生物が生まれてくるのを待つような、そんな考え方がその底にあるように思われる。その郭さんが多様な事業の中核に置いているのが出版事業である。
 最近の編集者は自分のポリシーがない人が多く、原稿だって自分の考えを著者にぶつけてきて、著者との共同作業だと考える人が少なくなったというような話をしていたら、郭さんは「私は違います」と言った。それで、ずっと書きたいと思っていた横浜トリエンナーレのバッタの話を本にしたいと郭さんに伝えたのだ。ほとんどそのときの直感的なひらめきと言っていい。それから、郭さんと何度か会って、去年の夏休みに初稿を書いた。郭さんはその頃映画のことで忙しく飛び回っていてなかなか原稿を読んでもらえない。携帯電話に連絡を入れて、まだ読んでもらえないのかと何度か催促した。郭さんはその度に謝り、もう少し待ってくださいと言ったが、どうしても時間がひねりだせないようだった。その間に自分でいろいろ気になるところに手を入れて第三稿まで大幅に書き直した。年末と、二月の「ガラスの使徒」の試写会の時にも、郭さんは申し訳なさそうに、もう少し待ってくださいと謝った。二月の時には、ぼくはかなりじりじりしていたので、「郭さんが忙しすぎるのはよく分かるから、郭さんが無理ならば担当の編集者を誰かつけてください」と頼んだ。二・三分じっと考えた後で、郭さんは「いや、これは私にやらせてください。必ずやりますから、もう少し待ってください」と言った。それではやはり最初の直感の通りにこの人に託すことにしようと決めた。
 四月に郭さんと会って、かなり手厳しい駄目出しと書き直しを要求された。それから第四稿を書いて、五月はじめに送った。先週郭さんから携帯に電話がかかってきて「素晴らしい。これで行きましょう!」と言ってくれた。半年以上、いやことの始まりからは一年以上かかったプロセスがこうしてようやく最終段階に入ることになったのだ。本は八月末に公刊されることになった。
 そこで、最後の実務的な編集者を紹介したいと言うのでアートン事務所に行ったのだが、またそこで驚かされた。郭さんを含めて六人の編集スタッフとデザインスタッフに取り囲まれたのだ。しかも、直接の担当者は四月に入社したばかりの女性の編集部員。懇親会をしましょうと称して、円山町で最初は三人、途中から二人が合流してまたまた飲み会になってしまった。何か郭さんにまたしても仕掛けられているような気もするが、しかしまあ面白い。きっとすばらしい本が出来上がることとわくわくしている。やっぱり面白いのは結果じゃなくて過程だよね。
 水曜日は、南河内万歳一座の「みんなの歌3」を新宿のシアタートップスへ見に行く。唐ゼミ大阪公演の時にお世話になっているし、みんなとてもいい人たちだ。唐ゼミの中野、椎野、禿と四人で打ち上げに参加。楽しかったが、結局また飲んでしまって体調は余り良くない。

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コメント

はまことりブログの椿、室井両氏の
インタビュー、全文掲載にGO!を出した
「シロウト編集者」の私ですが、
唐十郎氏や金守珍といった懐かしい名前を拝見してこちらを訪ねてみました。
あれま!アートンつながりとは言え、私も年に数度は訪れるレディ・ジェーンも登場するではないですか。
もしかしたらどこかでお会いしているかもしれませんね。

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