« 2005年6月 | トップページ | 2005年8月 »

2005年7月

2005.07.31

七月もこれで終わり

 水曜日は教授会の後、学部のビアパーティ。これでしばらく夏休みになる。とは言え、レポートの採点が大変そうだ。木曜日は午前中に市ヶ谷の法政大学で、「新記号論叢書・セミオトポス」第二号のインタヴューで認知科学者の原田悦子さんにお目にかかる。人間の創造性や自発性をすべてシステムで押しつぶそうとするような最近の製品開発やシステム開発の現状を、「これはほとんど犯罪です」と言い切ってくれるのが心地よい。要するに、独居老人をトイレや風呂場まで監視カメラで観察するような「介護システム」が素晴らしいと誰もが思っているのが不気味だというのだ。そのまま、六本木の三丁目カフェでアートン「巨大バッタの奇蹟」の打ち合わせ。表紙デザインや最終入稿前の詰めを行う。まだ少し変わっていくが、表紙のイメージはだいたいこんな感じ。デザイナーの山田真介さんが頑張ってくれた。これに金ラメのようにぴかぴか光る紙が使われ、ポップな感じになる。
batta_cover1
 バッタ本の方はこれでひとまず終わり。9月9日の発売予定である。岩波の唐本「教室を路地に!」の方はまだ手直し作業が続く。
 土曜日は、唐ゼミの中野、伊東しげ乃と車で、水戸芸術館でやっている「ラ・クカラチャ」へ。唐組の鳥山雅克と稲荷卓央が出演している。作・演出・出演をしている長谷川裕久さんの作品を見るのは「墮天の媚薬」以来二度目。唐さんが来ていて、朝日新聞の近藤さん、毎日の高橋さん、読売の山内さんらが来ていたので、近所の「夢屋」で軽く飲み会。結構酔っぱらってしまった唐さんを六時過ぎの電車に乗せて、突然で申し訳なかったけれども、高校の同級生で中野もお世話になっている栗原ご夫妻を呼び出し歓談。結局10時頃に水戸を出て帰宅した。
 そう言えば、新宿梁山泊の「風又」が韓国での初日を開けた。あんまり宣伝すると怒られてしまうが、主役の織部をやっている大貫誉君(やはり水戸一高出身)が頑張ってblogをつけているので、さりげなく紹介。これで見ると初日は満員で成功だったらしいのでほっとする。

アップル社のサポート体制は本当にひどい!

 家のiMac-G5が壊れてからもう三ヶ月近くになる。アップルのカスタマーセンターに電話をしたら、修理をしなくてはならないが部品が到着するまでしばらくかかりますのでお待ち下さいと言われてそのまま二ヶ月放置された。次に電話した時にも同じようなことを言われた。その結果七月末まで引き取り通知も何もなく放置された。どうやら、初期不良というよりもiMac-G5自体が不良製品だったらしい。しかもこれや、これにあるように強硬にねじ込んだ人には優先的に修理が施されているらしい。最近のMacは熱処理がうまく行かないらしく、そのこともあってPowerPCからIntelへの乗り換えの発表があったらしいが、それにしてもアップル社のこうしたユーザーに対する姿勢はひどい。最近いろいろなところでやっているこうした「カスタマーサービスセンター」だが、結局は派遣やバイトに任せっきりのクレーマー処理にすぎず、そこには誰も責任をとれる人間がいないし、それを上に反映させるシステムも存在しない。三回目の電話で確認したところ、毎日の記録簿に個々人の判断で書き込むことと、全体ミーティングで発言すること以外に、ユーザーの要望を上にあげるシステムがないようだった。だとしたら本社に直接ねじ込むしかないではないか。普通の製品だったら、当然製品の回路設計ミスが分かった段階で全回収+新製品に取り替えが当たり前だと思うのだが、やはりパソコンはどんなに売れていても、相変わらずいい加減な商売をしているなあと思う。というよりも、とにかくクレーマー対策で責任を問われないようなユーザー無視の「セキュリティ」対策ばかりに奔走しているということでは、現在の企業全体がそういう流れになっているような気もする。
 ぼくはアップル社製品はMacintosh-plus以来、ずっと使っている。88年くらいにplusは四十万円くらいした。Apple-IIは百万円くらいだったので、とても手が出なかった。それから、実際は百万円以上もするII-ciを特別割り引きの七十万円くらいで買ったりもした。あの頃のMacは高値の花だったが、今は安くなったかわりに信頼性が著しく低下している。デザインにしても安易なものが多く、これでインテルのチップになってしまったら、もはやMacにこだわる必要もなくなるのかもしれない。とにかく営業拡大ばかり考えているあまり、基本的な姿勢が失われてしまっているように思えてならない。
 カスタマーセンターのバイトの女の子の一生懸命の対応で、とりあえず今日修理するマシンのピックアップに来てくれるらしいが、それでも「部品が到着してから順番に交換しますのでお返しするまでにはどれだけかかるかは分かりません」と言うのだから、一体いつになったら戻ってくるか分からない。とりあえず、i-BookG4の小さな画面でずっと仕事をやらざるをえないようだ。

2005.07.26

試験期間にはなったけれど

 日曜日のお昼に大久保鷹さんから電話がかかってきた。新宿梁山泊の「唐版風の又三郎」で九月初めまで韓国8カ所でのテントツアーをする。既に22日に出発しているが、客演の大久保さんと体調を少し壊していた主演の近藤結宥花さんだけは本日(月曜日)に遅れて出発することになっている。木曜日も含めて二回舞台稽古を見た感じでは、短くなってはいるものの、今回は相当出来がいいので、きっと韓国でも大反響が得られると確信しているのだが、そこで大久保さんがこだわっているのは芝居の中で「9.11」のツインビルが崩壊する映像、日章旗(風)の出現、紙芝居の中の怪鳥が星条旗の模様をしているということだ。とりわけ日章旗(風)のものが出現することに神経質になっている。先日の舞台稽古の時にも堀切直人さんが、殊に「9.11」の映像にこだわっていた。韓国の観客を違う方向に引っ張っていってしまい、肝心なことが見えなくなってしまうのではないかという心配だ。ぼくは、あの「9.11」の映像は「現在」に向けて、日章旗は「過去」に向けて、芝居の外へと裂け目を開くのでツインビルが崩壊する映像はいいが、日章旗は良くないとその時に言った。唐さんは黙っていた。堀切さんは「9.11」をめぐる言説の凡庸性にこだわっていた(つまり、「9.11」以降世界は変わったというような紋切り型の言説)のだが、ぼくはあの映像は言説を越えていると思っているので(実行犯も含めて誰も高層ビルがあんな風に崩壊するとは思っても居なかった)、むしろ日の丸をめぐるステレオタイプにこだわりがある。だが、演出の金守珍さんはどちらもやめるつもりはないようだ。在日としてのこだわりが日章旗のイメージをどうしても捨てられないようなのである。大久保さんの相談もそういうことで、ぼくは金さんが確信犯である以上、芝居の現場での観客との出会いの中で問い直して行かなくてはならないのではないかと答えた。一ヶ月以上にもなる韓国ツアーは彼らにとっても場合によっては命がけにならざるをえない冒険なのだ。8月12−13のソウル公演(反日デモの続くソウルで国会議事堂前で公演をやる。そこには唐十郎も駆けつけ、金芝河らも顔を出す)、8月25−26日の全州公演の二回、ぼくも行くことになっている。何が起こるのか、不安だがそれでもわくわくする。だって、持って行くのが何と言っても唐十郎の最高傑作なのだから。
 唐ゼミ★は、20日から新国立劇場公演の準備に突入した。日替り公演でやる二本の芝居の大道具や小道具、衣装を朝から晩までの作業で猛スピードで作っている。岩波書店から出る『教室から路地へ−横浜国大vs.紅テント、2738日』(またタイトルが少し変わった。唐十郎が最終的には了解していないのでまだ変わる恐れがある)は、唐ゼミ★の座談会や巻末資料まで揃ったので、原稿はすべて終了している。目を通したが相当に面白い本になりそうだ。バッタ本『巨大バッタの奇蹟』(アートン)は相棒・椿昇の寄稿も届いて、これまた最終段階。木曜日に編集会議をして後は具体的な制作や営業戦略に移ることになる。こういうタイプの本を二冊同じ時期に出せるのでこれまたわくわくする。
今週末には水戸芸術館での「ラ・クカラーチャ」に客演している唐組の鳥山昌克、稲荷卓夫を見にいき、来週8月1日から2日は恒例になっている大垣のIAMAS(情報科学芸術アカデミー)での集中講義。3日から4日は山中湖唐組乞食城での稽古場公演、5日と6日は大学でオープンキャンパスと結構予定が詰まっている。
 今週はレポート提出期間だし、木曜以外は大学に行かなくてはならない。このように大学教員というものは世間で思われているよりもずっと忙しいのです(笑)。

2005.07.21

まだまだ打ち上げの日々

 月曜日は唐ゼミ★の椎野裕美子と渋谷のシネマ・ライズで小栗康平「埋もれ木」を見た後、新宿梁山泊の稽古場「満天星」へ。「埋もれ木」は退屈だった。カメラや音に凝ってはいたものの、後半のCGが余りにも軽すぎる。モチーフは悪くないが、それをまとめあげる感性が余りにも平板だ。こういうのを見るとやっぱりタルコフスキーやフェリーニやアンゲロプロスは凄いなと思ってしまう。ソフトフォーカスでCGを多用した幻想シーンも平板だし、役者に演技させずすべてを点景の一部にしてしまうような演出スタイルにも不満。まあ、大久保さんの出演シーンは思ったよりも長かったけれど。稽古場には唐さんも来ていて結局飲み会になって終電で帰る。
 火曜日は多摩美の最終。ビール飲みに行こうぜと言うが学生のノリが悪く大宴会にはならなかった。時間がないとかいうよりも前に、普段つきあいのない学生同士で口をきくのが億劫らしい。先週わざわざぼくの帰りを待っていて一緒にお茶を飲んだ女の子たちでさえもなぜか欠席。お前らが「来週は打ち上げましょう」と言ったからその気になったんじゃないかよ!とはなはだ不満。幼稚園児のように「もう、お前らとは口をきいてやらない」と拗ねる。それでも男の子を中心に15,6人は集まってわいわいと。多摩美の飲み会ではこのところカラオケが定番となってしまって疲れる。この「伝説のカラオケ」というのは、四五年前に全く授業に出席していない学生がカラオケで単位を下さいと言い出して、「20回以上、雨の日も風の日も出席した奴が費やした時間を越えるような、表現として自立している歌ならば考えてもいい」と受けたら、5人位が挑戦してきて、1人だけ「C」で合格させた(言い出してきた奴は不合格)というのが伝説化して、「1曲に人生を賭ける」という妙なノリのカラオケになる。もう単位を賭けたりはしないが、リモコンをぼくが握って、気に入らないとワンフレーズで「演奏停止」にする。どういうものが「合格」なのかをみんなが考えて、ぼくに完奏を認めさせることを目指す。もちろん声がいいとか音程を外さないとかいうことはどうでもいいのだ。心がこもっていることもそうだが、表現として成り立っているということを目指す。この日は二人に合格を出した。1人は音程が取れないタイプの音痴の学生ですごく喜んでいる。一方、ずっとワンコーラスで止められた奴は帰りがけにも真剣に「納得できないですよ」とかなり怒っている。これ、やっている方もすごく疲れるが、それでも新しい発見があったりするので結構面白い。というわけでやはりこの日も終電。
 金曜以来の大学の研究室に行くと、「マルチナイト」をやった一年の女の子たち三人がやってきて、「別に用事はないんですけれどね」とソファに座り込む。どうやらイベント終了一週間で、何だか面白いことがすべて終わったような気がしてふらふらやってきたらしい。「終わって寂しい」「みんなと会っていないと寂しい」「作業をやっていないと不安になる」「テニスサークル止めることにした。テニスやってても、私はこんなことしている場合じゃないだろうと思ってしまう」と話し込む。毎日イベントの時の光景が夢に出てくるらしい。まあ、典型的な燃え尽き症候群だが、それでもそんな話を聞いていると、やって良かったなという気持ちになるので、彼女たちのうわ言を楽しく聞いていた。
 唐ゼミ★の方はこの日から新国立劇場の叩きに入った。美術を担当する唐組の久保井研が久しぶりにやってきて、打ち合わせをする。連中はバイトを止めて完全に準備態勢に入ったが、果たして生活は大丈夫なんだろうか? 余りにも気合いが入っているので逆に心配になる。今日の木曜日のゼミで授業は終わりにして、スケジュールはたいして楽にはならないが、一応夏休み体勢になる。

2005.07.16

打ち上げの日々

 昨日は唐さんの代役で「舞台芸術論」を担当してもらっているNHKエンタプライズ21の三枝健起さんの授業の打ち上げ。四チームが同じシナリオで短編映画を撮るということになり、短い日程でみんなそれを実現できたのでうれしそうだった。今日は授業をした後、環境情報の大学院にいるイタリア人留学生チンツィア・コデンの修士論文中間発表。「唐十郎の詩学」というタイトルで発表をした。さらに榑沼範久君がやっている「Re:Design」展での原研哉氏とのトークに顔を出してから、一年生の基礎演習最終回。一昨日のクラブイベント「マルチナイト」が成功ということでみんな高揚している。絶対打ち上げやりましょうということで、去年のせんべいチームと行ったのと同じ三沢上町の「熱烈カルビ」で焼き肉。相変わらずすぐに泥酔する奴や、人に説教をし始める奴続出で、いやあ一年生の飲み会は面白い。
 来週の火曜日も多摩美の最終で飲み会になる予定。大変だけどみんな声をかけてくれるので断れない。結局「マルチナイト」は朝五時まで三十人以上が残り、スタッフは最後に全員で記念撮影したらしい。みんなから「面白かった」と言われて満足気だったが、是非これを次につなげてほしい。みんなが集まるだけで相互交流が起こり、刺激が伝わることで全体の雰囲気が高まって行く。単純なことだが、コミュニケーションの活性化が人間の潜在的なものを引き出して行くということがこんなに如実に伝わるのは大学という空間ならではではないかと改めて思う。
 ところで、「バッタ本」の正式タイトルが「巨大バッタの奇蹟」に決まったようだ。「奇蹟」というのは書いた本人にはつけられないタイトルなのだが、まあそれでもいいだろう。というわけで、アートン刊の「巨大バッタの奇蹟」は八月末に、岩波書店刊の「教室を路地に!−−横浜国大vs.唐十郎、2738日」は九月末に出版されます。
 来週始めは、大久保鷹が出演している映画「埋もれ木」をシネマ・ライズに観に行き、新宿梁山泊の韓国出発前の舞台稽古を見せてもらいにいく。後は会議やら試験準備やらいろいろ。木曜日で授業は閉めますが、夏休み中も結構大学に出ているので、学生諸君は是非顔を出して欲しい。

2005.07.14

「マルチナイト」終了

 毎年、一年生の「基礎演習」という科目を担当する。一学年百人程度をランダムに15,6人規模の「クラス」に分け、ゼミ形式で大学生活のガイダンスをするというような趣旨の授業だ。以前は「グループ・ガイダンス」という名前で課外活動としてやっていたが、どうせなら単位を出してしまおうということで四年前からこうなった。担当者によっては研究会形式でやっていたり、放し飼い的に課題だけを出したり、みんなで外に遠足に行ったり、やり方はさまざまだ。楽しんでいる担当者もいるし、これが苦手であまりやりたがらない同僚もいる。
 ぼく自身はこの授業がとても好きで、大学に入りたてで不安定な時期の一年生と徹底的につきあうのは毎年楽しくて仕方ない。たいていはみんなでWEBを作ったり、学内で展示するアート作品を作ったりというようなことになるが、昨年は「手づくり煎餅」を作るという意外な展開になった。
 余りに彼らが出してくる企画がつまらなく、すべてに駄目出しをしていたら、ついに学生が逆切れして、「昼休みを何回も潰して企画立てたのに全部駄目だと言われる。他の基礎演習のクラスは楽しているのに俺らは室井さんのクラスになっちゃって凄く不幸ですよ。くじ運が悪かったとみんな言っています」というようなことを言う。すかさず、「それは不幸とか不運とかいうものではない。それがお前らの<宿命>なんだから逃げられないぞ」というようなことを言って更に脅すと、「じゃあ、室井さんはどんなんだったらいいんですか? テレビに出るとか、ギネスブックに載るとかですか?」と聞かれたので、「テレビは違うけど、ギネスはちょっと近い」。「分かりました。じゃ、ギネスで世界最大のピザとか世界一長い巻き寿司とかあるじゃないですか? 直径10mの草加せんべいとかはどうですか?」と言ってくるので、「うーん。かなり近いね。それは不可能だと思うけど、そんな感じの発想で別のことを考えてくれ。」と言ったら、逆切れしているから、「いや不可能ってことないですよ。野外でみんなで焼けば作れますよ?」と突っ張って来た。「分かった。不可能だと思うけど、とりあえず普通のせんべいが作れなければ世界最大のせんべいはできないわけだから、来週までにせんべいを焼いてくるか?」と軽く挑発したら「やってやろうじゃありませんか。ネットで簡単に作り方調べられますよ」ということになった。
 そして、次の週になると無惨な「せんべいらしきもの」がいくつも並んだ。彼らはネットですべての知識を得ることはできないことを学んだようである。上新粉を練った生地で作るせんべいでは直径10mが物理的に不可能であることも分かったようだ。学生たちは、「すみませんでした。あきらめて別の企画立てます。ただ、このせんべいですが、結構一生懸命やったのにこんな出来だったのが悔しいので、もう一回だけせんべい焼かせてくれませんか?」というようなことを言うので、OKを出した。そこから怒濤の製品開発が始まった。彼らはネットを捨てて、浅草や横浜の「手作り煎餅屋」めぐりを始めたのである。店の人に実際に生地やたれの作り方や焼き方を聞きに行ったのだ。その結果、意外なことが分かった。実は「手作り煎餅」は「手作り」ではなかったのだ。ほとんどが新潟や山形の工場から半製品を買っている。生地は三日間天日干しして水分を抜かなくてはならない。その手間をかけると採算が合わないので、機械生産された生地を買ってきてそれに味付けして焼いているだけなのだ。だから「手焼き」ではあっても「手作り」ではない。彼らが取材した浅草の煎餅屋によると東京では生地から手作りで作っているのはその店一軒しかないと言う。しかもそこでも一部は機械化されている。横浜で取材した結果もそうだった。ということは、現代の日本では完全手作りの煎餅はどこにもないということになるわけだ。それが分かって彼らは燃えてきた。日本にどこにもない完全な「手作り煎餅」を自分たちが作るのだという思いが彼らの心に火をつけた。空いている研究室を彼らに貸したら昼も夜も彼らは煎餅作りに取り組むようになった。エビ煎や瓦煎餅、チョコレート味やピーナツ味の煎餅などにも挑戦し、炭火焼きのほか、アイロン、電子レンジ、フライパンなどさまざまな調理器具が試された。その結果、一番出来がよく湿気にくい醤油味の草加せんべいを製品化することになった。焼くのはオーブントースターである。友達からかり出して来た十台以上のオーブントースターを動かして研究棟のブレーカーが落ちて停電したりしたこともあった。メンバーの中で一番おとなしかった小柄な男の子が難しい生地作りの腕で急速にグループの要的存在になってきたりしたのも面白かった。これをオープンキャンパスの時に受験生に売ろうということで、CMを作ったり看板やコスチュームを考えたり、パッケージを考えたりして楽しかった。結果的には300セット600枚の煎餅を二日間で完売し、みんなで焼き肉で打ち上げをした。
 それで前置きが長くなってしまったが、今年のクラスがやったのが上記の「クラブイベント」である。クラブイベントは学生たちの間では日常的なものだが、入り立てでクラブなど行ったことがない一年生が企画を立てるのが面白い。最初のうちは「暗くなったから帰っていいですか?」と言っていた連中が関内のクラブでオールナイトイベントをやるようになるのだから凄い変化だ。何しろ、行ったことがないということで何人か青山辺りのクラブを「見学」に行ったりしていたのだから。こういうことがあると、マルチの上級生や卒業生も喜んで参加してくる。バンドや映像、パフォーマンスなどの企画が盛りだくさんの楽しいイベントになった。百人以上集まってなかなかのにぎわいになった。ただ単に夜通しわいわいと一カ所にいるだけでも、何かパワーが伝わって来るようだ。今回もいろいろな衝突やトラブルもあったが、そこそこ連中も頑張っていたし、こうして成功することができてうれしい。というわけで、ぼくは1:30頃に退出したがまだまだ沢山残っていて楽しそうだった。

2005.07.11

劇団唐ゼミ★の「煉夢術」公演が終了。

 木曜日から新宿二丁目に通い詰め、ずっと街を通り過ぎる人たちを見ながら付き添っていた。新宿は面白い。この数年、劇団唐ゼミ★につきあって、金沢の香林坊や大阪阿倍野でも数日街を見ながら過ごした経験があるが、結構他のことでは味わえない楽しみでもある。
 新宿滞在中に岩波書店の「教室を路地に!−−横浜国大vs.唐十郎、2738日」の企画で、金曜日には唐ゼミ★メンバーによる座談会。中野、椎野、禿、新堀と協力メンバーの長門洋平が参加して、お互い同士でも知らなかった秘話を語ってくれた。そして、土曜日には大阪近畿大学での松本修演出による「唐版・俳優修行」の初日を見て戻って来た唐十郎との対談を済ませ、この本の基本的な内容は揃った。これで九月末の新国立劇場公演まで間に合うのではないかと思う。編集が大変だけど。
 サニーサイド・シアターは予想を越えて狭く、ぎっしりと桟敷席、ひな壇が埋まってしまった。エアコンの調整が難しく、暑すぎて酸欠気味の人と、寒すぎて風邪をひきそうな人の両方が現れた。あんな狭い空間に出演者も入れると50-60人が入っているのだから考えると凄い。その狭い空間での怒濤の場面転換。真っ暗な中で目をつぶっていてもできる程に稽古をした場転の鮮やかさが見物だったのだが、それでもいろいろな事故はあった。土日の二回公演ではマチネが終わると、壊れた小道具や大道具の修理に入り、ほとんど休む暇がなく大変だったようだ。それから毎晩横浜まで帰らなくてはならないのも大変。
 それでも新宿でやるとやっぱりいろいろなお客さんが来てくれる。見知らぬ人たちも沢山来てくれるし、横国や多摩美の卒業生たち、唐組で出会った方々、韓国行き前で忙しい新宿梁山泊の人たち、唐ゼミ★の支援者の方たちと多くの方が訪れ、夜の回が終わると毎日宴会になった。唐十郎も土曜のソワレに顔を出して機嫌良く飲んでいってくれた。
 役者たちも短期間に成長していったが、今回は何と言っても主役の土岐泰章の成長が著しい。歌だけは最後まで苦しんだが、十日前とは別人になったと言ってもいい。新国立の「黒いチューリップ」が楽しみになってきた。
 というわけで、この勢いで新国立に乗り込んでいく。中野は今日から早くも舞台の打ち合わせに。7月20日頃からは装置の叩きに入っていく。

2005.07.05

教室を路地に!

 「煉夢術」のテント公演二日目も無事に終え、日曜日と月曜日は撤収日だった。今週は金曜〜土曜まで、新宿二丁目のサニーサイド・シアターでの公演となる。客席数50と狭いスペースなので、唐ゼミに電話予約をして行っていただきたい。狭い空間での息づかいの伝わるような舞台となって、相当面白くなりそう。
 月曜日には中野と一緒に新宿梁山泊のアトリエ「芝居砦・満天星」に閔栄治氏の主宰する「散打」(Santa)のプライベート・ライブに行ってきた。サムルノリや太平舞などの韓国伝統音楽をベースにしたポップ・バンドである。久しぶりに大久保鷹さんと話し込む。大久保さんはこのblogをずっと読んでいてくれているらしい。新宿梁山泊では七月末から九月にかけての「唐版・風の又三郎」公演の準備中。元々は7月22−24日にソウル公演が予定されていて、そこに唐十郎が特別出演の予定だったのが、この日突然予定変更になった。是非ともソウル公演を観に行きたいと思っていたので残念。いずれにしても一度は韓国に行くことになると思う。
 岩波書店で企画中の本のタイトルが、「教室を路地に!−−横浜国大vs.唐十郎、二七三八日−−」と決まったらしい。ぼくの分の原稿は上がっているので、あとは唐さんとの対談、唐ゼミの座談会などが入る予定である。これも結構面白くなりそう。新国立劇場公演までに間に合えばいいのだが‥‥。
 というわけで、八月末には「バッタ本」、九月末には「唐本」と二冊出版予定です。両方とも内容がつながっている話なので面白くなると思います。それ以外に、十月には「叢書セミオトポス2」の「モバイル・フューチャー−−ケータイの記号論」も出さなくてはならないのだが、これが一番遅れがちでちょっと頑張らなくてはならないところですが。

2005.07.02

いろいろ

 月曜日は、アートンで「バッタ本」の打ち合わせ。先週ゲラが出て、いろいろな人に意見を聞いている段階で、スケジュールと表紙デザインや装丁の打ち合わせをした。ゲラを送った人からの評判はとてもいいので楽しみにしていて下さい。八月末頃公刊される予定です。そこから、六本木ヒルズのそばにある「三丁目カフェ」の内覧会+オープニング・バーティに。「バッタ本」の企画段階でお世話になったアートンの堀さやかさんが店長になる「韓国伝統茶」中心のおしゃれなカフェだ。別会場で開かれたパーティには百人以上が押し寄せてきており、郭充良さん、金守珍さん、近藤弐吉さんらと顔を合わせる。梁山泊の韓国公演の話が面白く、ぼくもソウル公演に行きたくなる。
 水曜日には、東海大学の水島久光さん、学生の五十嵐靖也と一緒に汐留の日本テレビ本社に行く。現在企画中の「叢書セミオトポス」(慶応大学出版会)の第二巻「モバイル・フューチャー/ケータイの記号論」(仮題)のためだが、先週のMSコードの提唱者、北川高嗣氏(筑波大学大学院教授/メディアスティック株式会社取締役)に続いて、来年放送開始になる携帯電話用のテレビ、1セグ放送の中心人物である佐野徹氏(日本テレビ放送網メディア戦略局メディア戦略部)にインタヴューするためだ。何だかテレビ局という感じがしない、フロア面積が狭い高層ビルの景色のいい会議室で二時間近く話を聞けた。
 木曜日は舞台芸術論で非常勤講師にきてもらっているNHKエンタプライズ21の三枝健起さんの、ロケ実習。講義棟のトイレでの撮影だった。そのまま唐ゼミ「煉夢術」のゲネプロ。
 そして、金曜日が唐ゼミの初日。その前に、岩波書店の樋口良澄さんがやってきて、唐さんとぼくの対談をやる。岩波で唐さんの大学での経験と唐ゼミを中心とした本を企画してもらっているのだが、これがけっこう面白くなりそうだ。本番の方は雨が降ったりやんだりというコンディションだったが、全員集中力を切らすことのないいい初日となった。土岐泰章が稽古では見せたことのない熱演。本番中に土岐はさらに化けていきそうだ。今日、テントの最終日。来週は新宿二丁目に戦場を移す。

« 2005年6月 | トップページ | 2005年8月 »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31