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2005.08.30

全州訪問(その2)

 翌26日、午前中周辺を散歩して回り12時にホテルに戻ると金さんと馬さんが来ていた。すぐに朴さんが迎えにきて車で郊外の宮廷料理屋へ。そこに全州大学芸体能カレッジの学部長・金容善さんと学務主任が待っていてくれて、ごちそうになる。めったに食べられないが、要するに唐辛子がアメリカから伝わる前の伝統料理なので辛くないし繊細でまるで懐石料理のようだ。肉ではなく魚と野菜と木の実が中心でおいしかった。そこで、早速姉妹校協定書にサインをしてもらい記念撮影。直リンクできないのでハングルが分からないと難しいかもしれないが、全州大学演劇学科のホームページに写真や動画が載っている。横に並べられているうちの右から三番目のメニューを開けると写真が見られる。ここのサブメニューの一番右が動画メニューで、26日の芝居の打ち上げの様子がかなり長く収められている。この後、金さんたちはまた大学の施設や伝統音楽団の見学に連れて行かれたが、ぼくは退席して町を1人で見て回る。朴さんはいろいろなところにぼくを連れて回りたいらしくて残念がっていたが、ぼくとしてはこの方が気楽だ。夕方に梁山泊のテントへ。この日は晴天でとても気持ちがいい。客席もほぼ満席となる。芝居も昨日に引き続き素晴らしい出来だったが、何と言ってもこの日一番心に残ったのは終わった後の打ち上げだった。jeonju5
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 89年に、新宿梁山泊は初の韓国公演「千年の孤独」でこの全州に来ている。その頃はまだ日本文化は禁制で、着物を着た日本人が出てくる演劇などはそれだけで石を投げられるような雰囲気だったらしく、実際に梁山泊の公演に協力して職を追われた人もいたらしい。そんな中でも朴さんを始め何人もが献身的に公演に協力してくれた。その公演で日本が好きになり日本に留学した人もいる。そんな人たちが何人も舞台に上がって思いをこめた話をしてくれた。ずっと手伝っていた全州大学の学生たちも口々に「日本人に情が移ってしまった。別れるのがつらい」と涙を浮かべて話す様子を見て思わず感動してしまった。演劇の公演を通してこんな風にいろいろな人の人生が交錯しているのである。
 素晴らしい舞台を務めた近藤結宥花さんが眼に涙を浮かべながら珍しく雄弁にこんなスピーチをした。「みなさん、本当にありがとうございました。みんなの気持ちが純粋に伝わってくるのがとてもうれしかった。私は一月に結婚しました。この韓国公演はそれで休団させて下さいと言って、本当は参加する予定ではありませんでした。でも古くからずっとやっている仲間や後輩たちや金さんから、これはぜったい歴史に残るいいツアーになるから一緒にやらないかとみんなの応援を得て、私はこうして舞台に立つことができました。いろいろあって、ツアーが始まって、こうして全州に来て今日お昼を食べた場所のそばにある、17年前『千年の孤独』をやった会場の芸術会館の長い階段を見て、ああここをみんなで重い垂木を持って上がったなあと、初めて韓国に来た時のことを全部思い出しました。そして、私は休団をすると言っていたのですけれど、みんな演劇の仲間を通じて感じたことは、これが私が生きる道、選んだ道なんだと実感して、そうして古くからの仲間やこうして手伝ってくれたり、応援してくれたりしてくれたみんなのパワーを受け取ってやっと舞台に立つことができました。この気持ちは私のとても大切な宝物になりました」。これまでの経緯を考えると、彼女のこんなスピーチを聴くことができてとても感動した。席に戻ってきた彼女は、私は演劇を続けて行くしかないし、これからも続けて行きたいと目をきらきらさせて言う。梁山泊の立ち上げから18年続けてきたことを改めてこれしか自分の生き方はないと再確認したと話してくれた。この夜があったことで、彼女はこれからもきっと素晴らしい舞台を作り出していってくれるに違いない。そんな瞬間に立ち会うことができてとてもうれしい。jeonju7
 黒沼さん、弐吉さん、大貫君もそれぞれ心のこもったスピーチをする。みんなとてもうれしそうだ。ぼくも呼び出されて、金さんに「室井さんに去年大阪の初日から厳しいことを言われて、何とかそれをはねかえそうと思って、ぼくもずっと苦しんでこうやってここまでやってこられた」と感謝とも嫌みとも取れるような紹介を受けて、朴さんと金学部長からお土産に百済時代からの工芸品をもらったりもした。さまざまな人生が交錯するこうした感動的な時間が一時間近く続いた後、最後のハイライトは朴さんの演出で、手伝っていた全州大学の学生たちが風又の主題歌を舞台で唄うパフォーマンス。二番は梁山泊のメンバーも舞台に上がって全員で肩に手を回しながら歌い、最後に三三七拍子と万歳三唱。みんな感激してお互いに抱き合っている。幸福感に満ちた素晴らしい千秋楽となった。
 その後またまた宿舎で大久保さんや弐吉さん、手伝いに来ていた劇団1980の上原さんや韓国人の女の子たちとワインと焼酎を飲み、結局全州市内のどこら辺にあるのかさっぱり分からないで終わってしまった宿舎からタクシーに乗ってやはり三時過ぎにホテルに帰った。それからは朝10:00のバスに乗ってまたまた長い道のりを移動して夜の10:00前に帰宅。長かった。いろいろなことを考えた。
 とにかく、1月の終わりに全州の学生たちを日本に呼ぶ。もしかしたらその前に全州にまた行くかもしれない。韓国や韓国の現代文化について改めて考えてみたいと思った。朴さんからはメールが三通も届いている。16年ぶりに新宿梁山泊が訪れた全州で起こったことは、何かとてもすごい事件だったのだと思う。こんなことをやり遂げた金守珍と新宿梁山泊はやはり凄い集団だ。それは演劇の海外ツアーというだけのものではなく、さまざまな人生がそこに集中して炸裂したような特権的な時間を作り出したように思われる。そして、それはまだ終わっていない。まだまだこれからもその先のストーリーが続いて行くひとつの途中経過なのだ。そして、ぼくもそのストーリーに参加する機会を与えられたことをとてもうれしく思っている。
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