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2005年10月

2005.10.24

モンテレーにて(5)

 四日目、最終日。ホテルから会場までバスで移動するのだが、このバスの手配がいつもめちゃくちゃになる。時間通りに来なかったり、来ても運転手が道を間違えてすごく時間がかかったりする。この日は8:45発のはずが、みんなのんびり朝食を食べており、9:30過ぎにようやく動き始める。マルコが寝坊したのが一番の原因だが、それよりもバスの中でずっと待っているヒスパニック系の教授たちがのんびりしているのに驚く。バスがいつ出るかわからないのに誰も動こうとしない。運転手も似たようなもので、ただひたすらに待っている。結局10:00過ぎに出発。それでも特に誰も変だと思わない。まあ、こんなものだろうかと思ってあきらめる。
 最後のセッションはラウンド・テーブルで、これまで全くなかったディスカッションが炸裂して、なかなかおもしろかった。ただ、記号論がどんどん衰退しているとか、パブロ・エスピノーザのディレクションが全然だめだとか、割と否定的な話ばかりであるか、あるいは記号論はこうあるべきといった主観的な思いこみの披瀝に終わっているだけであまり生産的とはいえない。その中で、イタリアのバリ大学から来ているスーザン・ペトリッリは、ちょっと教科書的に荒っぽいところもあるが、話がしっかりしていておもしろい。彼女が語ったことは、ちょうどぼくが発表でふれた話題なので、終わった後話しかける。彼女も以前からぼくに興味をもっているということで発表論文のコピーを渡す。彼女とゾネンセン、ジェフ・ベルナールが国際記号学会代表という感じで招待されている。あとは、ウィーンでのジェフの相棒グロリア・ウィタラムも来るはずだったが、直前キャンセルになりジェフが論文を代読した。それ以外には、ドイツのウィンフリード・ノートとブラジルのルチア・サンテーラのカップル。この人たちは何だか暗いし、しかもやっている方向性が全然違うのに愛人関係というのがやややこしいので余り近づかない。国際記号学会の会計をやっているリチャード・ラニガンも来ているがこの人も体が巨大なだけで言っていることも何かよくわからない。夕方、食事を一緒にしようと会場でパロマとサンドラを誘い、約束の時間と場所を決める。ジェフやゾネンセンと一緒に昼食を取り、途中で抜けて現代美術館に行こうとすると、ミヒャエルがビールを飲んでおり、後から行くと言う。パロマたちの時間に合わないと言うと、ミヒャエルは「たぶん、彼女たちは来ないと思う」と言う。どうやら僕に何の相談もなく勝手にキャンセルしてしまったらしい。自分は別の女の子と約束してあるようだ。それはいいが、ぼくが約束したものをどうしてお前がキャンセルするのだと怒る。マルコのために二回目の集合時間も指定したのに。結局、現代美術館とメキシコ史博物館の二つを訪れ、中心の広場にあるメキシコ史博物館の前で6:00から8:00までずっと待つ。パロマたちはもちろん、ミヒャエルも来ない。こいつは絶対に許さない。別に彼女たちが可愛いからというだけではなく、本当に話をしたかったのだし、もともと躊躇しているのを少し強めに言って約束をせっかく取り付けているのに、何でお前が口を出すのだ。ただ、この待っている間の時間は土曜の夜でたくさんの人たちが現れ、日もゆっくり沈んでいきとても素敵な時間だった。
 8:00に約束通りマルコが現れ、彼の友達で学会にも参加していた別のサンドラという学生と一緒に車で郊外のビアホールに行き楽しく話す。十二時過ぎまで飲んで、五時起き。タクシーに乗ってまだ暗い空港にタクシーを着けると、おもいがけずジェフが喫煙所でたばこを吸っていた。これからマイアミの方を回ってからウィーンに帰ると言う。先に出発するジェフを見送り、7:50発の便。ヒューストンでの乗り換えはまたまた異常に時間がかかり(もうすっかりアメリカの空港が嫌いになってしまった)、ぎりぎりに成田便に乗り込む。結局一時間半近く手続きにかかり何にもできず。買い物もできなかった。飛行機の中ではひたすら眠り、スカイライナーに乗って帰宅。あー、楽しかった。またメキシコに行きたい。DSC06643
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2005.10.22

モンテレーにて(4)

 三日目が終了。一日が長い。午前中はスペイン語のセッションなので、ロビーで受付や案内の手伝いをしている女の子たちと話す。Paromaは英語科の学生でカナダへの留学を希望している。Sandraは別の大学を卒業してこの大学で働いている。要するに毎月のように開かれる国際学会やイベントの担当らしい。彼女たちは初日は全員赤いユニフォームを着ていたが、二日目からは黒いスーツになっている。特にこの学会のためではなく、そういうユニフォームが何着もあるらしい。DSC06612
DSC06637 ヌエボ・レオン州自治大学は15万人(!)もの学生を抱える巨大大学で、メキシコでは数十の大学が増え続ける大学入学者を支えているので、こうした巨大校はここだけではないらしい。夕方からは二つの別の大学に会場が移動したが、ぼくたちが行ったUDEMという大学は郊外にあり、後ろに壁のように連なる山々を背景として緑に包まれたすばらしい大学だった。オープンスペースをたくさんとった建物は京都造形芸術大学にもにているが、それよりもずっと巨大ですばらしい。施設も整っていて全員とても気に入った。こんなところで働けたらいいなあとみんなで話していた。結局いつものようにスケジュールが大幅に変更されたり遅延したりして十時前にホテルに。最後の晩のレセプションが行われ、余興としてメキシコの伝統ダンスやポルカが披露された。この間、いろいろな人と話ができてなかなかおもしろい。
 明日は夜のセッションがなく昼食までで学会は終了する。後はまた同じルートで長旅をして帰るだけだ。毎日が新鮮でおもしろい。結局メキシコが相当好きになってしまった。

2005.10.21

モンテレーにて(3)

 何でもそうだが一日目というのは長く感じられるものだ。よく考えたらモンテレーについてまだ二日しかたっていないのに随分長くここにいるような気がする。知り合って二日しかたたないElaが仕事でサン・アントニオに帰られなければならないというのが寂しい。午前中はElaと話し込む。セッションの方はほとんどヒスパニック系の人たちのスペイン語セッションになったので、もっぱらさぼって外での外交。Jeff Bernardと東アジア記号学会のことなどをめぐって話し込む。彼はほとんどしゃべり通しで、愚痴を言いっぱなしだが、タフな人物だ。先年亡くなったThomas Sebeokを尊敬しており、記号学の世界的な広がりを画策している。ただ、普及者の割には基本的に論理学系の人なのでもうひとつ面白さには欠ける。今回、国際記号学会を代表してきているJeffもSonnensonもLanniganも話は長いがどうも面白さに欠ける人たちなので、彼らのおかげでSemioticsがこれだけ広まっていることは評価できるが、これでいいのだろうかとは思う。政治と金集めの話ばかりが先走り、肝心の中身が魅力的ではないのだ。ただ、それでも本当に世界中の人が集まってきているので、いろいろな話をしていると楽しい。こういう場所はやはり必要なのではないかと思う。Jeffみたいな人がいなければ、これを維持していくことは難しいと思われるので、その点はとても高く評価している。疲れてもうほとんどスペイン語しかしゃべらなくなったPablo Espinosaもその点ではたいしたものである。
 今日も青空が広がり、日向にでるととても暑い。建物の中はエアコンで凍り付くように寒い上に、ずっとよく寝ていないので疲れた。それでもいろんな人が話しかけてきてくれて、特に昨日の発表を面白がってくれている人がさらに二人きてくれたのでうれしかった。Elaは午後に帰り、明日の発表に備えてホテルで準備をしていたMichaelが入ってきて、またまた夜11時まで飲む。さすがにその後はぐっすり眠ることができた。表のバーではマリアッチ楽団が「シエリト・リンド」をやっている。ホテルにはアメリカ人の若い子たちの団体がたくさんきてはしゃいでいる。メキシコに来たという実感がして、なんとなく気持ちが華やぐ。

2005.10.20

モンテレーにて(2)

 そして、初日を迎える。時差ぼけの時にはだいたい一時間おきに目が覚めてしまう。朝の四時過ぎから動き出し、暇なのでホテルの近所を散歩してしまう。ここに来るまで全く知らなかった町だがモンテレーはさすがにメキシコ第二の都市だけあって、町はよく計画されており、完全に碁盤の目上に道が配置され、ホテルのある中央部は全体が公園のようになっている。建物が街路と有機的に結びついており、古い建物と新しい建物が調和的に配置されている。ここに建築大学の学生百五十人をつれてきたというテキサスのサンアントニオからきたEla Tekkaya Poursaniは、モンテレーの都市環境について発表すると言う。Elaはトルコ生まれの女性でイラン系アメリカ人のご主人がいる。スモーカーなので、オーストリアでコミュニケーション・デザインを教える同じくスモーカーのMichael Kneidlとすぐに仲良くなる。国際記号学会副会長のJeff Bernardをはじめ、国際学会ではスモーカーたちは喫煙コーナーを通して、まず最初に仲良くなる。というよりも、いつも驚いてしまうがだいたい知識人や大学教授の喫煙率は北米や英国を含めてとても高いのである。とは言え、メキシコなのに会場のMonterrey Autonomous大学は構内禁煙。ただこれもメキシコ的で一歩建物の外にでると吸い殻が散乱している。だって灰皿おいてないんだから仕方ないよね。ぼくとアメリカ人のElaは吸い殻を捨てないが、一番こういうことに厳格なはずのドイツ人のMichaelはどんどん捨てまくっている。まあ、メキシコだからね。
 メキシコらしい天気で空には雲一つない。午後にはどんどん気温が上がり、その代わり建物の中はギンギンのエアコンで寒すぎる。DSC06610
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 朝の十時前からよるの九時までびっしりスケジュールが入っていたのが、案の定どんどん変更されていく。何人かのメキシコ人の発表がカットされたり、三つあった発表会場が強引に一つにされたりする。なぜか接客だけは完璧でレジストレーションのコンピュータ登録や、同時通訳システム、映像記録、案内嬢(かわいい女の子たちがおそろいの赤い制服を着ていてかっこいい)がいるのだが、肝心の会議の進行の方は、主催者のPablo Espinosa Vera教授がほぼ1人でやっており(しかも、時々いなくなる。外でさぼっておしゃべりしているらしい)、もう1人教授が一週間前に英語がしゃべれるからとつれてきたMarcoという23歳の青年が手伝っている。Marcoは服の着替えができないほど、1人で飛び回ってるし、Espinosa教授の方はもう英語がしゃべりたくないのか(かなり下手)、スペイン語しか使わないので、時々なにを言っているのかわからない。2時過ぎに昼食でホテルに戻ってもバスの運転手が帰宅してしまって迎えにこず、さらに遅れた。
 ぼくはこの日の五時半に発表することになっていたが、結局は七時前になった。悪いので予定をはしょり三十分で終わらせたが、休憩なしでセッションが続いたので学生たちもだいぶかえってしまい、聴衆も疲れのあまりだいぶ外に逃げていたので少しさびしい。それでも、終わった後三人ほどにおもしろかったと話しかけられてうれしかった。こういう会議のあいだ、とりわけスペイン語のセッションの間は外でたばこを吸いながらいろいろな人と社交。Jeff Bernardはいつもと同じように愚痴ばかり言っている。彼らは基本的には論理学者で、記号論ブームを作ったエーコやクリステーヴァやバルトとはタイプが全く違うくそまじめな人たちなのだが、アフリカ、アジア、南平などからはヨーロッパの記号学会の重鎮として扱われる。それで、こういう場所が広がるのはいいとしても、みんなは「本当の記号論」を誤解しているというような愚痴である。まあ、新会長のタラスティや事務局を引き継いだスウェーデンのゾネセンなども同じようなタイプの人たちなんだけどね。この人たちの話は、たいてい教科書的な整理か、重箱の底をつつく論理学者や言語学者の文体で、はっきり言えば退屈なんだけど、聴衆は熱心に聞いている。ソシュールとかパースやモリスとかエーコとかの名前がでてくるだけで結構受けるので、なんだかもうピークを過ぎた歌手の地方営業みたいなところもあり、なんとなくめげる。
 結局九時過ぎに突然会議は終了し、ホテルの近くにある博物館の中でレセプション。音楽付きのフルコースなのだが、ただ単に食事をするだけ。終わった後、MichaelとElaと一緒に、疲れ切ったMarcoを連れて、メキシコ史博物館のそばにある川沿いの飲み屋に。屋台風の店が並んでいて、松の木が植えられていてそこから見上げる月と川や橋の風情がすばらしく美しかった。結局一時過ぎまで飲む。ビール工場がたくさんある町だけあって、どのビールもおいしい。Carta Blancaというのが気に入る。
 というわけで、一日目が終わったばかりなのに随分いろんなことがあった。結局は今日もこうして起きてしまったので(朝五時過ぎ)エントリーを書いて、また九時には出発する。Elaは今日もう帰らなくてはならないらしい。さて、今日はなにがあるだろうか。
 こちらではWilmaという新しいハリケーンがユカタン半島に上陸しそうと騒いでいるが何しろメキシコは大きな国で遠いのでまあ影響はないだろう。

2005.10.19

モンテレーにて(1)

 メキシコからです。「暇」というわけではなくて、とにかく時差ぼけで眠れない。朝四時くらいから起きてしまったので、エントリーを書いています。ここと日本は十四時間時差があるので、18日の午後三時半過ぎに成田を飛び立つと、同じ日の午後一時過ぎにはヒューストンに着くのですね。ヒューストン国際空港というのが、ジョージ・ブッシュ空港という名前なのを初めて知った。空軍基地やNASAで有名なこの土地ですが、さすがテキサスだけあってロビーには圧倒的に白人が多い。みんなすごくでかくて太っています。女の人もみんなでっぷりしている。単にトランジットだけなのに、なぜか入国審査を通らなくてはならない。それからさらに出国審査。ここでずっと隠し持っていたライターを取り上げられてしまいました。今年の四月から北米線へのライターやマッチの持ち込みが禁止されている。ヒューストンまでは問題なかったんだけど、免税のたばこをいっぱい持っている男は疑わしいらしく、徹底的にX線でチェックされた(どうやら紙製のマッチは大丈夫らしい)。ぼくの乗ったコンチネンタルは食事に金属製のフォークとナイフを出しているくせに、ライターのどこが危険なのだろうか? と腹立たしい。言うまでもなくこの空港には喫煙スペースなど一カ所もない。それからモンテレーまでのエクスプレス便というのに乗るのだが、三列の小さい飛行機で搭乗員もパイロットと女の子の二人だけ。三十分遅れでモンテレーに着いた。途中のメキシコ湾岸の湿原帯やモンテレー付近のおもしろい形状をした山々がおもしろい。モンテレー空港は(飛行機の小ささと比べて)大きくて立派で驚く。一応メキシコ第二とか第三の都市らしい。スウェーデンからきたゾネンセン氏とピックアップしてもらって、宿泊先のホテルへ。十九世紀の重厚な造りのホテルだが、やっぱりネットはない。ウェブにあった「Hispeed Internet」というのは、電話回線のことらしい。それでもNiftyの海外ローミングで何とか接続できた。こういう時にSpamが腹立たしい。とにかく無駄なメールが何百もあるのだ。これは窓からの眺めとロビーの光景。DSC06594DSC06594
 ホテルにチェックインするとすぐに電話がかかってきて、サロンでレセプションパーティが開かれた。世界各国から到着した人たちやメキシコの受け入れ側の人たちと歓談。一年ぶりにJeff Bernardと会う。どうやら、タラスティ新会長の下での国際記号学会は2007年にヘルシンキで開かれる予定らしい。とにかく、疲れて寝てないので十時半過ぎからディナーと飲み会に誘われたが断って寝る。といっても一時間くらいですぐに目が覚めてしまうものだ。
 メールをいくつか確認して、就寝。今日は、朝9時くらいから夜9時すぎまで学会が。途中七時過ぎには自分の発表になる。眠さを克服できるだろうか、心配だ。

2005.10.17

出発前日

 何とか金曜日と土曜日に頑張って、メキシコ・モンテレー学会の原稿も間に合った。あとは本番の気合い次第。日曜日は唐組・西新宿原っぱへ。前のエントリーで書いたように、地主からは45階のビルが建つのでこの場所はこの秋限りと言われているのだが、そうだとすると最後の公演になってしまう。大きな声では言えないが何とかまた工事が延びて来年もまたここで見たいと見る側も演る側も心の底では思っている。そんな原っぱ最後の公演。来週からは雑司ヶ谷鬼子母神に場所を移す。
 それはそうとして、前日には雨に悩まされた上に音響機材のトラブルで散々だったらしいが、雨の切れ間で空気がしっとりとしたこの日の「カーテン」の公演は素晴らしく、役者の言葉が一言一言胸に飛び込んでくるようないい日だった。というよりもこの「カーテン」という作品、唐十郎という作家の真骨頂とも言えるような複雑な機械状組み合わせであると同時に、さまざまな穴(逃走線)が穿たれていて、充実してきた唐組の役者たちの身体とそれらが接合される時に、世界がぐらりと傾くような、癲癇の発作における痙攣的な衝撃が何度も押し寄せてくる相当に「気持ちええ」作品だ。余りにも文脈が次々に入れ替わっていくので、誰にでも分かる傑作とは言えないかもしれないが、とにかく世界中でこんな奇妙な演劇は他では絶対に出会えない。あと二回しか見られないのが(鬼子母神公演自体はあと二週間あるが、こちらはメキシコだから)残念だ。
 この日は椎名桔平、黒木メイサ、木野花らコクーンの「調教師」組、佐野史郎さん、金守珍さんらが訪れ、宴会も賑わう。
 今回は招待なのでホテルもいつもより上等なので、インターネット接続ができると期待しているのだが、どうなのだろうか? いずれにしても初めて行く国なのでわくわくしている。

2005.10.13

いそがしい‥‥

 来週火曜日から一週間メキシコのモンテレーに行く。「第二回記号論/コミュニケーション世界会議:マスメディアの次元」という長いタイトルの国際学会に招待されている。原稿はまだできていないが、どうやら初日にかなり目立つ場所で話をしなくてはならないらしく焦っている。メキシコには行ったことがない。テキサスで飛行機を乗り継いでモンテレーに行くらしい。モンテレーとはどこか? よく分からない。どうやらメキシコ第二の都市らしいが、これまで聞いたことがない。はっきりしていることは、マヤの遺跡などは全くなく、アリゾナ辺りと同じ乾燥気候の場所らしい。ウェブで見ると、サボテンと山が写っている。そんなところらしい。招待だから勝手に抜け出して遊びに行く訳にもいかない。せっかくのメキシコ行きなのに残念だが、広い国なのでユカタン半島にもメキシコ・シチーにも飛行機やバスを使っても日帰りは無理だ。仕方なく一週間モンテレーの空気を吸って過ごすしかあるまい。とりあえず、それまでに講演原稿を仕上げなくては。
 と焦っていても、大学の後期授業が始まっており、大学に行くと講義やら、雑務やら、学生の相談やらこれまた忙しく、なかなか時間が取れない。水曜日には教授会を途中で抜け出して、渋谷に駆けつけ、シアターコクーンで十一月に始まる内藤裕敬演出「Kara-Complex:調教師」のプログラム用に唐さんと対談。ビールを飲みながらだったが、途中から唐さんに勧められて焼酎を何杯も。疲れて眠い時の焼酎はよく効いて久しぶりに電車で寝過ごしてしまった。RUPの菅野重郎さんと花本さんがずっとつきあってくれた。木曜日には後期から非常勤に入ってくれる唐組の久保井君と三枝さんがやってきた。唐ゼミの連中はまだまだ装置のバラシや後片付けをやっている。
 唐組の「カーテン」には16日に何とか行きたいと思っているが、結局は週末の仕事の進行状況次第になるだろう。飛行機の中まで持ち込まなくてすむように何とか頑張りたい。帰国は24日になる。

2005.10.10

ついに千秋楽終了

 27日から続いた唐ゼミ★新国立劇場公演「黒いチューリップ/盲導犬」日替り公演がついに終了した。10月3日の休演を除けば、2日の追加公演を入れて全部で「黒いチューリップ」6回、椎野版「盲導犬」4回、禿版「盲導犬」3回の計13回公演を行ったことになる。その間、演劇評論家、メディア、友人たち、卒業生たちなど沢山の観客が観てくれた。朝日新聞、読売新聞にも劇評が出たし、関連記事も多数出た。これはひとつにはぼくが岩波の「図書」10月号に書いたように、唐十郎作品がこの秋集中砲火的に上演されるということもあり、唐ゼミ★の公演はその斬込隊的な役割をもっていたこともある。10月8日付の「日刊スポーツ」にも唐さんの全面インタヴューも出ていたし、インターネットのチケット予約サイト「e+」にも「唐十郎祭」という特集ページが出ている
 こんなに長い時間をかけて準備をしたのも、こんなに連続で公演をしたのも彼らにとっては初めてで、まずはそれをやりきった中野敦之、椎野裕美子を初めとする唐ゼミ★の連中の気迫と集中力を賞賛したい。個々人によってその捉え方や姿勢に違いがあるとは言え、このきつい巡礼行についてきた年少のメンバーも頑張った。ある意味では学生のままで新国立劇場の舞台に立つことができるばかりではなく、新聞や雑誌などに取り上げられるというのは、苦労知らずで育った促成栽培の野菜みたいに見えるかもしれないが、岩波の『教室から路地に!』に書いたような四年間の軌跡が彼らをここまで引き上げてきたのである。「豚もおだてりゃ木に登る」ではないが、生き物としての人間のもっている力を引き出す場所をいかにして作り上げるかということで言えば、ここから彼らがどこに飛び出していくのか(全く分からないが)が楽しみだ。ちなみに彼らがこれからどんな形でどんなことをやっていくのかは現時点では誰も分からない。
 ぼく自身も劇場入りから三週間近くほとんど毎日つきあった。ぼくがもう必要ないと思われることも多々あったし、手伝うことがまだまだあると思われる時もあった。そうした中で観に来てくれた様々な人たちや、とりわけかつて唐ゼミ★やぼくと関わった卒業生たちと再会したことが個人的には印象深かった。仕事を頻繁に変わったり、辞めてしまったりしている者も多く、日頃就職率ばかり重視しているような大学の現状に反発していることが多いのだが、余りに大学が面白すぎても、社会に出てから適応できないことになるのではないかと反省もした。大学の場合短期間である程度のポジションにつくことができるが、社会では時間がかかる。三年、五年と我慢して初めて自分の力が生かせることもあるだろうに、割と早く見切りをつけてしまうようで、必ずしもぼくのせいとは思わないが少しそういうことも考えなくてはならないかと思った。
 連日、朝帰りで5時間以下しか寝ていないせいでかなりダイエット効果があった。唐組の秋公演「カーテン」も8日に開幕し、9日には昼の「黒いチューリップ」最終公演と夜の「カーテン」を梯子する観客も多かった。ぼくにとっても楽しく充実した日々だったがそのせいでいろいろと別の仕事の方が逼迫している。
 10日は慶応大学三田キャンパスで開かれている美学会全国大会にちょっとだけ顔を出す。なぜか余り書店には並んでいないのでアマゾンで取り寄せたベスト新書の『禁煙ファシズムと戦う』を読む。斎藤貴男氏の「禁煙ファシズムの狂気」というルポと、巻末のジェイムズ・エンスローム論文の紹介は秀逸だった。これはきわめて証拠不足の病理学や予防医学の研究ばかりではなく、疫学的統計やコホート調査においても「受動喫煙」なるものが完全に「嘘」であることを教えてくれるカリフォルニア大学調査の概要である。また、福田恆存や山崎正和による過去の反嫌煙論が紹介されているのも面白い。小谷野敦氏の文章はやや神経症的ではあるが、劇場施設の禁煙という行き過ぎや屋外禁煙という千代田区の狂気に対する批判の部分には共感できる。この問題、ネットで書くとあまりにバカばっかり集まって来るので、しばらくタバコの話題はやめようかと思ったが、やはりこの問題は引き続き考えていこうと思う。タバコ問題が現代の人間の批判能力の欠落とシステム依存症の象徴であり、小谷野の言うように「禁煙運動家はバカか無責任か嘘つきなのである」としても、どうしてそういう存在を多数生み出して行ったのかということをタバコ問題を超えて問題にしていかなくてはならないと思った。そういう意味ではこの本は存在価値があるし評価できる。うちの大学内でもますます圧力が加わってくるだろうし、具体的に身近なところから戦っていくことにしたい。

2005.10.05

短めに

 バッタ本の紹介が産經新聞10月5日の朝刊文化面「いしいひさいちの文豪春秋」で扱われていると教えてもらった。漫画にしてもらってうれしい。ウェブサービスには掲載されていないのでネットで紹介できないのが残念だが。
 唐ゼミ★新国立公演はいよいよあと4日を残すのみとなった。全力で駆け抜けた彼らがどこに向かうのかは誰にも分からない。ほめてもらったり酷評されたりいろいろであるが、それでも数多くの演劇人や演劇評論家に観てもらえたことは確かであり、彼らは外に向けて確実な一歩を踏み出したと言えるだろう。 同じく5日の読売新聞の夕刊にも劇評が掲載された
 大学の授業も始まり、なかなか忙しい。メキシコ行きの準備になかなか手をつけることができない。でもまあ毎日楽しいので何とか乗り切っていけるだろう。

2005.10.03

ロンボルグ本とタバコ

 今日は新国立劇場公演が休演なのでちょっとだけタバコの話題に群がってきている人たちの相手をしてあげることができる。人が忙しいって言っているのにすぐに「無視した」とか「返事がないのは失礼だ」とかうるさいったら。ぼくはここを「ネット界」とか「ブログ界」に向けて運営しているわけではないので、挨拶もなく玄関から入ってきて荒らす人には、退去してもらうことにしています。また、消去まではしなくても答える必要がないことには答えません。誰かに書かれているけど、「忙しい時には返答しないこともあります」って、こう書いておけばいいんでしょ? ただしよほどひどい物でなければトラックバックは全然かまわないのでどうかここの外で盛り上がっていて下さい。
 どうでもいいけどアンテナ系からきた人たちは、小谷野敦らが「禁煙ファシズムと戦う」(ベスト新書)というのを出したらしいので、なるべくそっちに行ってくれないかな。どうやらこの本のキャッチコピーは「本気で戦うから本気でかかってこい!」というものらしい。中身はまだ読んでないので、敵か味方かはまだわからないけれど、どうやらぼくを仮想敵にしている人たちに取ってはこっちの方が戦いがいがある相手なんじゃないかな。
 そう言っているうちに朝、アマゾンで頼んだロンボルグの分厚い本が届いた。高いよ。4500円もするぜ。ざーっと目を通してみる。
 なーんだ。ビヨルン・ロンボルグの『環境危機をあおってはいけない』という本で著者(+訳者の山形)が取っている論理構成は、ぼくが言っていることとほぼ同じじゃないか。要するに、ぼくが書いていることは「タバコの危険性−発ガン性や受動喫煙の害−をあおってはいけない」ということなのであり、総論的にはロンボルグがここでやっていることとほぼ同じなのである。
 この本に関しては総論に対しては全く異論はない。要するに環境汚染や、地球温暖化や、ぜんそくやアレルギーの増加や、農薬や食物の危険についての大げさなキャンペーンが科学的には無根拠なものであり、ヒステリックに大騒ぎするようなものではないと言っており、それは全くその通りだと思う。
但し、このデンマーク人の統計学者は多分個人的にタバコが嫌いなのだろうか、タバコの発がん性についてはなぜかほとんど何の根拠もなく疑うことなく受け入れてしまう。たとえば、簡単に「喫煙者は平均して肺ガンのリスクが10倍上がる‥」(p356)みたいなことを書いているが、これもACSのキャンペーンの受け売り。この資料注の該当部分周辺を見ると、タバコに関する数字はおおまかに推定したがここではあえて大胆な推計を行ってみたみたいな結構とんでもないことが書いてある。ぜんそくやアレルギーの原因も研究途上で特定できないと言いながらも、なぜか喫煙がぜんそくの原因であるということだけは何の検証もなく主張している。
 ネットで調べてみたところ、この本を「トンデモ本」扱いする人たちが主張しているのも似たようなようなことで、要するに各論で使われるデータとその解釈がかなり恣意的でいかがわしいのだ。訳者と同じくこの著者もかなりパワフルな人物と見えて、死ぬ程大量のデータを示してめくらましをかけてから、かなり強引な解釈を加えた自説を展開するので、環境問題やアレルギー医療や食品安全基準などの領域に関わるそれぞれの専門家たちにとっては結構「トンデモ本」に映るだろうなあということはよく理解できる。
 「統計学が科学である」と主張する割には、かえって統計学それ自体に対する信頼を失わせるようなことがあって、これを見るとぼくも、ぼくのところにコメントやトラックバックを送ってくるような人たちと同じように「データなんてどうでもいい」と叫びたくなってしまう。要するに、データなんてあんたが言いたいことに都合がいいだけのことでしょ?と思わずにはいられなくなる、うっとうしい本である。

 じっさい、ぼくは統計学は嫌いだしあまり「科学」だとは思っていない。フランス革命以降取り入れられたこの管理ツールが良い点と同じくらいかそれ以上に害悪を振りまいていると考えているし、とりわけ社会統計はおかしなものが多すぎると思っている。死亡率計算もかなり前提がいかがわしいし、絶対死亡者数は変わらないのだから、たとえガンを撲滅したところで人類の平均寿命が120歳にはならないだろう。病気というのは弱い箇所に出るのだ。20代の頃疲れがたまると必ず親不知が痛んだ。30代では慢性盲腸炎の発作が起こった。身体の一番弱っている場所に病気や症状は出てくる。ヘビースモーカーが呼吸器系の病気になりやすいのも基本的にはそういうことにすぎない。タバコやめたら、別のところ、たとえば胃や腸にガンが起こりやすくなるだけのことだと思うね。どっちにしても死ぬんだから、原因別死亡率などは相対的なデータにすぎない。平均寿命データがいくら伸びたってぼくやあなたの死ぬ時が早いか遅いかには全く関係ないのだ。さらに言えば「メディアリテラシー」なんて大嫌いである。勝手に勘違いしてぼくを「メディアリテラシー」を学生に教えているなんて思わないでいただきたい。文章を発表する前にわざわざ断り書きとして書いてあるように、これは学内向けパンフレットに書いた文章で、山形が言うようにもともと余り知的レベルが高くない同僚の大学教員たちに向けられたものである。データとかメディアリテラシーとかナチスとか養老孟司とかいったキーワードはそのためのレトリックに過ぎない。要するにぼく自身本気で信じてないし、そのあたりはどうでもいい部分だ。単に、タバコがきらいな余りに合成写真とか捏造データとかまで持ち出していいのですか? しかも、皆さんが「真理探求の場所」とされている大学という場所で?と言っているだけのことであり、それさえ認めてもらえればそれでよろしい。要するに「嘘」なのに、タバコや受動喫煙の害が「科学的に証明されている」と言うのはいいかげんにやめて下さいというだけのことである。何か、そこに問題ありますか? どうも、山形をはじめ誰もそこのところは攻撃してこないので、ぼくの文章はとりあえず正しく受け取られていると思う。ぼくは別にタバコのために生きているわけじゃないし、これも書いたように必要ならいつだってやめることができます。別に自己正当化しようとも思わないし、タバコが本当に悪ければ発売禁止にすればよろしい。子供のころチクロ入りの安い粉末ジュースやアイスキャンデーが好きだったけど、もう売っていないし、ちょっとばかり人生の楽しみが減ったけど別にそれはそれでどおってことない。山形の言うように「バンジージャンプや飲酒程度」のリスクがあることをわきまえてタバコを人生の愉しみにしているだけです(ところで、バンジージャンプや飲酒なら、よほど過度にのめりこまない限りまあ、死ぬことはないものね)。
 合理的な分煙、おおいに結構。ぜんそく患者や気管支の弱い人に煙がいかないようなマナーを広げる。それも結構。禁煙した人たちの中には、タバコの臭いがしみついた布や紙にまで過敏な反応をしたり、単にタバコの煙が見えるだけでも生理的な嫌悪感をもつ人たちもいる。それも分かっているので、そういう人たちの前では吸わないようにすることもエチケットだというのも結構。ただ、世の中の非喫煙者はタバコの煙にそんなに弱い人ばかりではないでしょう。閉鎖されていない空間なら多少煙があっても気にならない人たちも沢山居る(というよりも、健常者の大部分はそうだと思う)。とにかく喫煙者は醜悪だから俺の目の前から消えてなくなれと叫ぶ、本当の「嫌煙者」の数はそれほど多くない。ここに押し寄せてくるように声は大きいけれどね。普通のタバコの煙がそれほど気にならない人たちが、何の科学的根拠もない「受動喫煙被害」というキャンペーンでタバコや喫煙者に対して、全く必要のない恐怖心をもっているということに対して、それは何かおかしいでしょうと言っているだけなのだ。とは言え、小谷野(ちなみにぼくはこの人は余り好きではない)たちのようにあまり「本気でかかってきなさい」と言う程、ぼく自身は喫煙に固執するつもりはない。ニコチン中毒の依存性がひどいと言うけど、絶対に自力で中毒から抜けきることができない薬物やアルコールの依存症と比べて、禁煙することなんて何でもないでしょう。これまで沢山の人が禁煙に成功していること自体が証明している。ニコチンは確かに中毒性はあるけど、それは愉しめる程度の中毒であり、こんなもの病気でも何でもない。

 ところで、ロンボルグの本に戻ろう。彼はとにかくタバコの発がん性に関しては全く疑いをもたない。そのことが「証明されている」というデータを見てみると、まず、

 p352にある図117「アメリカのがんの死亡率」。アメリカでもがんによる死亡率は年齢補正済みデータでは1950年代以来ほとんど変わっていない。さらに喫煙補正済みデータにするとガン死亡率は下がっている。ここだけみると喫煙者の減少でガンの死亡率は確かに下がっている。これは確かにそうだけど、ちょっと不思議なのは1950年以降ずっと下がりっぱなしであることだ。だって喫煙率のピークは60年でしょう?女性は80年まで上昇しているんでしょ?さらに禁煙の効果が出るのは何十年かあとなんでしょ?なんで、ずーっと右肩下がりなの? つまり喫煙率とガン死亡率の相関関係がこれで本当に証明されているって言えるの?
 (そういえば、ぼくが参照した厚生労働省の人口動態データの最新版はhttp://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei01/に出ているのでそれも参考にしてほしい)。
 もう一つロンボルグの嫌煙論で強力なのは、山形も指摘している(ので彼のサイトには提示されている)p356の図119「アメリカの男女別年齢補正済みガン死亡率」のデータである。これを見ると肺と気管支のガンの死亡率は男性が1990年をピークに低下している。但し女性は上昇を続けている。これが、女性の喫煙率が近年まで男性よりも上昇し続けていたので、禁煙の効果が出るまでに数十年かかるからだという「推測」を加えて、やはり喫煙と肺がん死亡率には関連があると断定されている。まあ、いいだろう。でもひっかかる点はいくつもある。まず、年齢補正済みとあるが、なぜか(1970年の人口構成による年齢補正済み)なのだ。この算出法は本当にそれでいいのか? また、元データがACS,CDCによるというのにもやや疑問がある。なにしろ、ACS(アメリカがん学会)というのは聞きしに勝る嫌煙・禁煙運動の世界的中心であり、とにかくガンの撲滅=タバコの追放というキャンペーンを強力に推進している母胎である。いかがわしいと言われる平山雄博士のデータを世界中に広める役割をしたのもこの団体だ。(ちなみに平山批判の論文として竹本信雄氏のものがネットで読めるし、もう一本も読める。また、春日斉氏による受動喫煙に関する批判的な論文蟹澤成好氏の論文もとても読みにくい文体ではあるが興味深い。これらを読むと肺がんにもいろいろタイプがあって、喫煙と現在主流になっている種類の肺がんには全く何の関連性もないらしい。例の肺がん患者の9割が喫煙者というでたらめを信じている人がコメントしているが、是非これらの論文を読んでもらいたい。だからと言って別にこれらの医学の専門家たちによる反嫌煙論文や意見書が全部正しいと言いたいわけではない。科学的には議論の余地が多々ある問題を、感情的に「タバコは身体に悪い、迷惑だ」というヒステリックな叫び声だけでかき消し、さらには法制化や条例化まで求める嫌煙キャンペーンが不気味だと言っているだけだ)。

 話を戻そう。まあいい。この二つは比較的ましな方である。病理学的な裏付けは全くないが、疫学的データとして全く無視することができるものではない。(そういえば、病理学的には喫煙や受動喫煙で肺ガンや気管支ガンが発生した例は本当にひとつもない。山形が変なことを書いているが、気管切除による強制喫煙でラットに出現したガンはリンパガンだった)。

 しかしながら、かなり怪しいのはp358の図120だ。これ、男性喫煙/女性喫煙とあるが、縦軸にとってあるのはなぜか「一人一日あたりの本数」なのだ。これとがんの発生率とが重ね合わされているが、まず16本が最高になっているこの表の意義がわからない。喫煙者の一日平均本数ということか。次に、なぜ肺がん・気管支ガンの「死亡率」ではなくて「発生率」なのかもわからない。だってp363 の表によると、がんに罹る率(発生率)よりも自動車事故に合う確率の方がずっと高いんだぜ。単に曲線がぴったり一致するようなデータを意図的に出しているだけにしか思えない。(しかもいま気づいたが山形の引用では「発生率」が「死亡率」に書き換えてある。本とこのグラフとどっちが正しいの?) まあ、この手のデータにはタールやニコチンの銘柄による違いが反映していないという批判がもともとある。

 山形がタバコの発がん物質の危険性が明らかだと言う根拠として引用しているp380 の表にはコーヒーやレタス、セロリなどの食物による発ガンのリスクが載せられているが、実は、山形は全く触れていないが、これはこれらの食物自体の発ガンのリスク率ではなく、これらから摂取される合成農薬の残存性から算出した発ガンリスクの表である。しかも、ここにはタバコの発がん性については触れられていない。それはそうだろう。だって統計の基準が全然違うカテゴリーのものだもの。要するに訳者のくせにして、わざと間違った引用をしているのである。何を根拠にして、山形はタバコの発ガンリスクがほかの食品よりも数倍高いと断言しているのだろうか?

 まあ、こんなところだ。要するに山形氏は(前も言ったように小谷野敦とはちがって、ぼくはこの人物は好きなのでもう一度敬称をつけ直す)、彼がぼくに対して言っている、

なにやら怪しげなアンチ本を鵜呑みにして受け売りしてる。
情報源チェックもデータの裏取りも一切しない。
基本的なデータの見方も知らずに騒ぎ立てる。
そもそもの議論に必要な基礎知識もない。
陰謀論に流れ、しかもその陰謀論に何の整合性もない

 の上から四つ(最後のはどうでもよろしい)について、自分の紹介したロンボルグ(と自分自身)の欠陥そのものであることを実は知っているとしか思えない。さらに冒頭の「実にプロパガンダに踊らされやすい人だ。」という罵倒って、アマゾンの書評かなんかで自分が浴びせかけられた言葉じゃないか? 「室井尚の奇妙な反・嫌煙運動プロパガンダ論」という相当奇妙なタイトルがついているけど、多分これは「山形=ロンボルグの奇妙な反・環境運動プロパガンダ論」と誰かに言われたことの裏返しなのであろう。ついでに、付録についている「文明の病理」論は、自分でも半分わかってやっているようですけれど、ぼくじゃなくてフーコーやアドルノ/ホルクハイマー、デリダなどもっと大物に言ってよね。あるいは中沢新一にでもかみついてよ。山形氏は総研勤務で資本主義の中枢にいるわけでしょ?ぼくは大学なんて確かに周縁的で資本主義にたかっているだけの廃墟だ(とりわけ排除されつつある人文系は)と思うけど、内側には総研だって大学だっていろいろあるよね。こんな具合に大学教員というだけで攻撃されたり、総研や大企業に勤めているだけで攻撃されたり(もちろん、その逆に過剰にえらそばって見られたり)することもあるけれど、結局は個別にやっていることはそんなに簡単にくくることはできないと思うんだけどね。それに、まあ(お互いに?)たいしたことない知識と技能で下らない「文明論」や「情報論」を書き散らしてきているわけだし、情報資本主義やグローバルシステムに関しては以前から彼とはかなり違う立場を取っているわけだが、彼が以前小谷真理や巽孝之と喧嘩していた時のやりとりを見ていて感じたことだが、どうも彼がかみついていく相手には彼自身と鏡像関係にあるような臭いがしてならない(ぼくは70年代には日本版Starlogとか読んではいたけどSFとかサブカルチャーに今ははそれほど関心がないので、この辺りは違うけど)。彼のこれまでの著作に対して、実はぼくも割とそれと同じような感触をもっている。という意味では取り上げてもらったことに対してそれほど嫌な感じがしないのも事実なのだ。半分以上は自分自身に向けられた文章に見えると書いたのはそういう意味である。誰か情報産業やソフトウェアや著作権問題に関して、山形氏とぼくの対談(喧嘩?)企画でも組んでくれないかな。相当エキサイティングなものになると思うけれどね。

2005.10.01

10/1朝日新聞夕刊演劇面に

 山口宏子さんによる唐ゼミ★新国立公演の劇評が掲載された。めでたいことだ。なかなかここに紹介されることはない。新国立の力なのか、唐さんの力なのか、いずれにしても今彼らがやっていることが相当凄いことであることは確信しているが、それがこうして認められるのはやはりうれしい。
 明日は一日二公演で、追加公演になった夜の部はまだ席がありますので問い合わせてみて下さい。
というわけで、いろいろ取り込んでいますので、いま山形浩生氏が一生懸命ぼくの文章を取り上げていろいろ推敲を加えながら罵倒してくれていますが、この対応は当分後回しにしようと思う。ぼくは元々この人はあまりきらいではないので、まずは一部で「トンデモ本」と噂されるロンボルクの『環境危機をあおってはいけない』を読んでみてからにしたい。相変わらず罵倒の文体は見事で、これを読むとぼく自身ですら「室井尚ってとんでもない野郎だなあ」と思ってしまうけれども、実は何一つたりとして反論になっていないんだけどなあ。まあ、忙しいのでしばらく待ってもらおう。「ハッカー宣言」は確かにそんなにいい本ではないし、あまり真剣に読まれるほどのことはないけどね。山形氏がWEBで翻訳紹介している「ハッカーになろう」だって似たようなものだと思う。まあ、要するに基本的には半分自分自身に向けられた情念と、別の仮想敵をぼくに投影した、全然ほっといてかまわない的外れな批判であるとは思う。まあ、まずはロンボルクを読んでみてからだな。ちゃんと買って読んでみますよ。ちょっと時間的には先になるけれど。
 というわけで、室井ってそんなにひどい奴なのか?と関心をもたれた方は、是非ぼくの新刊二冊を読んでみて下さいね。ただ、残念なことに山形氏にはこのどちらも「変なことしか言っていない」本になってしまうことは彼の頑なな偏執狂ぶりからすると確かなことだと思う。それでもこうやって名前を広めてくれるのだから、そのうちの何人かはそう思わないでくれるのではないかと思う。資本主義の「余剰」で生きるというのはこういうことだよね。「余剰」こそが重要なのだ。そもそも山形氏の存在が「余剰」そのものではないかと思うんだけどねえ。
 あ、めんどくさくなってきたので、明日も早いし、ビール飲んでもう寝ます。

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