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2005.10.03

ロンボルグ本とタバコ

 今日は新国立劇場公演が休演なのでちょっとだけタバコの話題に群がってきている人たちの相手をしてあげることができる。人が忙しいって言っているのにすぐに「無視した」とか「返事がないのは失礼だ」とかうるさいったら。ぼくはここを「ネット界」とか「ブログ界」に向けて運営しているわけではないので、挨拶もなく玄関から入ってきて荒らす人には、退去してもらうことにしています。また、消去まではしなくても答える必要がないことには答えません。誰かに書かれているけど、「忙しい時には返答しないこともあります」って、こう書いておけばいいんでしょ? ただしよほどひどい物でなければトラックバックは全然かまわないのでどうかここの外で盛り上がっていて下さい。
 どうでもいいけどアンテナ系からきた人たちは、小谷野敦らが「禁煙ファシズムと戦う」(ベスト新書)というのを出したらしいので、なるべくそっちに行ってくれないかな。どうやらこの本のキャッチコピーは「本気で戦うから本気でかかってこい!」というものらしい。中身はまだ読んでないので、敵か味方かはまだわからないけれど、どうやらぼくを仮想敵にしている人たちに取ってはこっちの方が戦いがいがある相手なんじゃないかな。
 そう言っているうちに朝、アマゾンで頼んだロンボルグの分厚い本が届いた。高いよ。4500円もするぜ。ざーっと目を通してみる。
 なーんだ。ビヨルン・ロンボルグの『環境危機をあおってはいけない』という本で著者(+訳者の山形)が取っている論理構成は、ぼくが言っていることとほぼ同じじゃないか。要するに、ぼくが書いていることは「タバコの危険性−発ガン性や受動喫煙の害−をあおってはいけない」ということなのであり、総論的にはロンボルグがここでやっていることとほぼ同じなのである。
 この本に関しては総論に対しては全く異論はない。要するに環境汚染や、地球温暖化や、ぜんそくやアレルギーの増加や、農薬や食物の危険についての大げさなキャンペーンが科学的には無根拠なものであり、ヒステリックに大騒ぎするようなものではないと言っており、それは全くその通りだと思う。
但し、このデンマーク人の統計学者は多分個人的にタバコが嫌いなのだろうか、タバコの発がん性についてはなぜかほとんど何の根拠もなく疑うことなく受け入れてしまう。たとえば、簡単に「喫煙者は平均して肺ガンのリスクが10倍上がる‥」(p356)みたいなことを書いているが、これもACSのキャンペーンの受け売り。この資料注の該当部分周辺を見ると、タバコに関する数字はおおまかに推定したがここではあえて大胆な推計を行ってみたみたいな結構とんでもないことが書いてある。ぜんそくやアレルギーの原因も研究途上で特定できないと言いながらも、なぜか喫煙がぜんそくの原因であるということだけは何の検証もなく主張している。
 ネットで調べてみたところ、この本を「トンデモ本」扱いする人たちが主張しているのも似たようなようなことで、要するに各論で使われるデータとその解釈がかなり恣意的でいかがわしいのだ。訳者と同じくこの著者もかなりパワフルな人物と見えて、死ぬ程大量のデータを示してめくらましをかけてから、かなり強引な解釈を加えた自説を展開するので、環境問題やアレルギー医療や食品安全基準などの領域に関わるそれぞれの専門家たちにとっては結構「トンデモ本」に映るだろうなあということはよく理解できる。
 「統計学が科学である」と主張する割には、かえって統計学それ自体に対する信頼を失わせるようなことがあって、これを見るとぼくも、ぼくのところにコメントやトラックバックを送ってくるような人たちと同じように「データなんてどうでもいい」と叫びたくなってしまう。要するに、データなんてあんたが言いたいことに都合がいいだけのことでしょ?と思わずにはいられなくなる、うっとうしい本である。

 じっさい、ぼくは統計学は嫌いだしあまり「科学」だとは思っていない。フランス革命以降取り入れられたこの管理ツールが良い点と同じくらいかそれ以上に害悪を振りまいていると考えているし、とりわけ社会統計はおかしなものが多すぎると思っている。死亡率計算もかなり前提がいかがわしいし、絶対死亡者数は変わらないのだから、たとえガンを撲滅したところで人類の平均寿命が120歳にはならないだろう。病気というのは弱い箇所に出るのだ。20代の頃疲れがたまると必ず親不知が痛んだ。30代では慢性盲腸炎の発作が起こった。身体の一番弱っている場所に病気や症状は出てくる。ヘビースモーカーが呼吸器系の病気になりやすいのも基本的にはそういうことにすぎない。タバコやめたら、別のところ、たとえば胃や腸にガンが起こりやすくなるだけのことだと思うね。どっちにしても死ぬんだから、原因別死亡率などは相対的なデータにすぎない。平均寿命データがいくら伸びたってぼくやあなたの死ぬ時が早いか遅いかには全く関係ないのだ。さらに言えば「メディアリテラシー」なんて大嫌いである。勝手に勘違いしてぼくを「メディアリテラシー」を学生に教えているなんて思わないでいただきたい。文章を発表する前にわざわざ断り書きとして書いてあるように、これは学内向けパンフレットに書いた文章で、山形が言うようにもともと余り知的レベルが高くない同僚の大学教員たちに向けられたものである。データとかメディアリテラシーとかナチスとか養老孟司とかいったキーワードはそのためのレトリックに過ぎない。要するにぼく自身本気で信じてないし、そのあたりはどうでもいい部分だ。単に、タバコがきらいな余りに合成写真とか捏造データとかまで持ち出していいのですか? しかも、皆さんが「真理探求の場所」とされている大学という場所で?と言っているだけのことであり、それさえ認めてもらえればそれでよろしい。要するに「嘘」なのに、タバコや受動喫煙の害が「科学的に証明されている」と言うのはいいかげんにやめて下さいというだけのことである。何か、そこに問題ありますか? どうも、山形をはじめ誰もそこのところは攻撃してこないので、ぼくの文章はとりあえず正しく受け取られていると思う。ぼくは別にタバコのために生きているわけじゃないし、これも書いたように必要ならいつだってやめることができます。別に自己正当化しようとも思わないし、タバコが本当に悪ければ発売禁止にすればよろしい。子供のころチクロ入りの安い粉末ジュースやアイスキャンデーが好きだったけど、もう売っていないし、ちょっとばかり人生の楽しみが減ったけど別にそれはそれでどおってことない。山形の言うように「バンジージャンプや飲酒程度」のリスクがあることをわきまえてタバコを人生の愉しみにしているだけです(ところで、バンジージャンプや飲酒なら、よほど過度にのめりこまない限りまあ、死ぬことはないものね)。
 合理的な分煙、おおいに結構。ぜんそく患者や気管支の弱い人に煙がいかないようなマナーを広げる。それも結構。禁煙した人たちの中には、タバコの臭いがしみついた布や紙にまで過敏な反応をしたり、単にタバコの煙が見えるだけでも生理的な嫌悪感をもつ人たちもいる。それも分かっているので、そういう人たちの前では吸わないようにすることもエチケットだというのも結構。ただ、世の中の非喫煙者はタバコの煙にそんなに弱い人ばかりではないでしょう。閉鎖されていない空間なら多少煙があっても気にならない人たちも沢山居る(というよりも、健常者の大部分はそうだと思う)。とにかく喫煙者は醜悪だから俺の目の前から消えてなくなれと叫ぶ、本当の「嫌煙者」の数はそれほど多くない。ここに押し寄せてくるように声は大きいけれどね。普通のタバコの煙がそれほど気にならない人たちが、何の科学的根拠もない「受動喫煙被害」というキャンペーンでタバコや喫煙者に対して、全く必要のない恐怖心をもっているということに対して、それは何かおかしいでしょうと言っているだけなのだ。とは言え、小谷野(ちなみにぼくはこの人は余り好きではない)たちのようにあまり「本気でかかってきなさい」と言う程、ぼく自身は喫煙に固執するつもりはない。ニコチン中毒の依存性がひどいと言うけど、絶対に自力で中毒から抜けきることができない薬物やアルコールの依存症と比べて、禁煙することなんて何でもないでしょう。これまで沢山の人が禁煙に成功していること自体が証明している。ニコチンは確かに中毒性はあるけど、それは愉しめる程度の中毒であり、こんなもの病気でも何でもない。

 ところで、ロンボルグの本に戻ろう。彼はとにかくタバコの発がん性に関しては全く疑いをもたない。そのことが「証明されている」というデータを見てみると、まず、

 p352にある図117「アメリカのがんの死亡率」。アメリカでもがんによる死亡率は年齢補正済みデータでは1950年代以来ほとんど変わっていない。さらに喫煙補正済みデータにするとガン死亡率は下がっている。ここだけみると喫煙者の減少でガンの死亡率は確かに下がっている。これは確かにそうだけど、ちょっと不思議なのは1950年以降ずっと下がりっぱなしであることだ。だって喫煙率のピークは60年でしょう?女性は80年まで上昇しているんでしょ?さらに禁煙の効果が出るのは何十年かあとなんでしょ?なんで、ずーっと右肩下がりなの? つまり喫煙率とガン死亡率の相関関係がこれで本当に証明されているって言えるの?
 (そういえば、ぼくが参照した厚生労働省の人口動態データの最新版はhttp://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei01/に出ているのでそれも参考にしてほしい)。
 もう一つロンボルグの嫌煙論で強力なのは、山形も指摘している(ので彼のサイトには提示されている)p356の図119「アメリカの男女別年齢補正済みガン死亡率」のデータである。これを見ると肺と気管支のガンの死亡率は男性が1990年をピークに低下している。但し女性は上昇を続けている。これが、女性の喫煙率が近年まで男性よりも上昇し続けていたので、禁煙の効果が出るまでに数十年かかるからだという「推測」を加えて、やはり喫煙と肺がん死亡率には関連があると断定されている。まあ、いいだろう。でもひっかかる点はいくつもある。まず、年齢補正済みとあるが、なぜか(1970年の人口構成による年齢補正済み)なのだ。この算出法は本当にそれでいいのか? また、元データがACS,CDCによるというのにもやや疑問がある。なにしろ、ACS(アメリカがん学会)というのは聞きしに勝る嫌煙・禁煙運動の世界的中心であり、とにかくガンの撲滅=タバコの追放というキャンペーンを強力に推進している母胎である。いかがわしいと言われる平山雄博士のデータを世界中に広める役割をしたのもこの団体だ。(ちなみに平山批判の論文として竹本信雄氏のものがネットで読めるし、もう一本も読める。また、春日斉氏による受動喫煙に関する批判的な論文蟹澤成好氏の論文もとても読みにくい文体ではあるが興味深い。これらを読むと肺がんにもいろいろタイプがあって、喫煙と現在主流になっている種類の肺がんには全く何の関連性もないらしい。例の肺がん患者の9割が喫煙者というでたらめを信じている人がコメントしているが、是非これらの論文を読んでもらいたい。だからと言って別にこれらの医学の専門家たちによる反嫌煙論文や意見書が全部正しいと言いたいわけではない。科学的には議論の余地が多々ある問題を、感情的に「タバコは身体に悪い、迷惑だ」というヒステリックな叫び声だけでかき消し、さらには法制化や条例化まで求める嫌煙キャンペーンが不気味だと言っているだけだ)。

 話を戻そう。まあいい。この二つは比較的ましな方である。病理学的な裏付けは全くないが、疫学的データとして全く無視することができるものではない。(そういえば、病理学的には喫煙や受動喫煙で肺ガンや気管支ガンが発生した例は本当にひとつもない。山形が変なことを書いているが、気管切除による強制喫煙でラットに出現したガンはリンパガンだった)。

 しかしながら、かなり怪しいのはp358の図120だ。これ、男性喫煙/女性喫煙とあるが、縦軸にとってあるのはなぜか「一人一日あたりの本数」なのだ。これとがんの発生率とが重ね合わされているが、まず16本が最高になっているこの表の意義がわからない。喫煙者の一日平均本数ということか。次に、なぜ肺がん・気管支ガンの「死亡率」ではなくて「発生率」なのかもわからない。だってp363 の表によると、がんに罹る率(発生率)よりも自動車事故に合う確率の方がずっと高いんだぜ。単に曲線がぴったり一致するようなデータを意図的に出しているだけにしか思えない。(しかもいま気づいたが山形の引用では「発生率」が「死亡率」に書き換えてある。本とこのグラフとどっちが正しいの?) まあ、この手のデータにはタールやニコチンの銘柄による違いが反映していないという批判がもともとある。

 山形がタバコの発がん物質の危険性が明らかだと言う根拠として引用しているp380 の表にはコーヒーやレタス、セロリなどの食物による発ガンのリスクが載せられているが、実は、山形は全く触れていないが、これはこれらの食物自体の発ガンのリスク率ではなく、これらから摂取される合成農薬の残存性から算出した発ガンリスクの表である。しかも、ここにはタバコの発がん性については触れられていない。それはそうだろう。だって統計の基準が全然違うカテゴリーのものだもの。要するに訳者のくせにして、わざと間違った引用をしているのである。何を根拠にして、山形はタバコの発ガンリスクがほかの食品よりも数倍高いと断言しているのだろうか?

 まあ、こんなところだ。要するに山形氏は(前も言ったように小谷野敦とはちがって、ぼくはこの人物は好きなのでもう一度敬称をつけ直す)、彼がぼくに対して言っている、

なにやら怪しげなアンチ本を鵜呑みにして受け売りしてる。
情報源チェックもデータの裏取りも一切しない。
基本的なデータの見方も知らずに騒ぎ立てる。
そもそもの議論に必要な基礎知識もない。
陰謀論に流れ、しかもその陰謀論に何の整合性もない

 の上から四つ(最後のはどうでもよろしい)について、自分の紹介したロンボルグ(と自分自身)の欠陥そのものであることを実は知っているとしか思えない。さらに冒頭の「実にプロパガンダに踊らされやすい人だ。」という罵倒って、アマゾンの書評かなんかで自分が浴びせかけられた言葉じゃないか? 「室井尚の奇妙な反・嫌煙運動プロパガンダ論」という相当奇妙なタイトルがついているけど、多分これは「山形=ロンボルグの奇妙な反・環境運動プロパガンダ論」と誰かに言われたことの裏返しなのであろう。ついでに、付録についている「文明の病理」論は、自分でも半分わかってやっているようですけれど、ぼくじゃなくてフーコーやアドルノ/ホルクハイマー、デリダなどもっと大物に言ってよね。あるいは中沢新一にでもかみついてよ。山形氏は総研勤務で資本主義の中枢にいるわけでしょ?ぼくは大学なんて確かに周縁的で資本主義にたかっているだけの廃墟だ(とりわけ排除されつつある人文系は)と思うけど、内側には総研だって大学だっていろいろあるよね。こんな具合に大学教員というだけで攻撃されたり、総研や大企業に勤めているだけで攻撃されたり(もちろん、その逆に過剰にえらそばって見られたり)することもあるけれど、結局は個別にやっていることはそんなに簡単にくくることはできないと思うんだけどね。それに、まあ(お互いに?)たいしたことない知識と技能で下らない「文明論」や「情報論」を書き散らしてきているわけだし、情報資本主義やグローバルシステムに関しては以前から彼とはかなり違う立場を取っているわけだが、彼が以前小谷真理や巽孝之と喧嘩していた時のやりとりを見ていて感じたことだが、どうも彼がかみついていく相手には彼自身と鏡像関係にあるような臭いがしてならない(ぼくは70年代には日本版Starlogとか読んではいたけどSFとかサブカルチャーに今ははそれほど関心がないので、この辺りは違うけど)。彼のこれまでの著作に対して、実はぼくも割とそれと同じような感触をもっている。という意味では取り上げてもらったことに対してそれほど嫌な感じがしないのも事実なのだ。半分以上は自分自身に向けられた文章に見えると書いたのはそういう意味である。誰か情報産業やソフトウェアや著作権問題に関して、山形氏とぼくの対談(喧嘩?)企画でも組んでくれないかな。相当エキサイティングなものになると思うけれどね。

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コメント

>厚生省自身が発表している「人口動態統計」における「年齢調整訂正死亡率」を見ても、肺ガンの増加はほんの僅かであり

ってここ
http://www.ncc.go.jp/jp/statistics/2001/figures/f5_j.html
とか
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii01/deth17.html
とかみるかぎり、かなり増えてるように見えるのは私の目が悪いのですか?
年齢調整死亡率のピークが1996年あたり、喫煙率のピークが1966年あたりで、アメリカのデータとぴったり一致しているように思えるんですが。

それより何より、年齢調整死亡率なんて引き合いに出さなくても、もっと信頼性の高い前向きコホート試験の結果がPubMedを検索すればいくらでも出てくるのにそれに言及しないのはなぜですか。
(たとえば、これ
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=16189363&query_hl=1
)

山形氏からさらに反論のコメントがきた。ちょっと早すぎるんで切れ味が良ろしくない。ぼくの挙げた論文やデータも読んでいないにちがいない。こういう場合、何が言われているかよりも何が言われていないかが重要なのだ。いろいろすり替えをしているが、合成写真や捏造写真、データの過大解釈は確かに良くないと自分で最初に書いてしまっているので、ぼくがどうでもいいと言っている部分しか攻められない(知的不誠実さと言うけれど、レトリックが読み取れなかった自分はどうなんでしょうね。これを機会にもっとぼくのやっている仕事をきちんと読んでもらいたいものだ)。
多分山形氏は自分では分かっていると思われるのであえて蒸し返すつもりはないが、話の流れがよくつかめていない読者の方のために彼の反論のダメダメなポイントだけ示しておく。p352の図の喫煙補正済みデータがもし彼の言うようなものだとすると、タバコの影響が組み込まれている年齢補正済みデータの重要性の方がかえって生きることになる(これは元々パンフレットの文章でぼくが重視しているポイントだ)。つまり、タバコとガン死亡率そのものには何の相関性もないということが逆に証明されてしまうけれど、それでいいのかな? それに第一アメリカの肺がん気管支ガンの死亡率が高すぎる。65-70とかっていうのは、日本がいくら高くても40-50であるのと比べて明らかに人種構成的な問題があるとしか思えない。また、肺がんの死亡率の原因にはタバコ以外の要因がいくらでもあるのではないだろうか?
もう一つ、p380の図はタバコの発がん物質の危険性を示している表ではない。それは彼が認めているよね。発がん物質の危険性と食品に含まれる残留農薬の危険性とは全然違う話だからね。次に彼がタバコの危険性はアルコールの十倍と指摘するp370の図は、タバコを肺がんの原因物質と前提した上で計算した疫学的データであり、発がん物質それ自体のリスクを物質ごとに算定する予防医学的アプローチとは何の関係もない。話が混同されているのは分かるよね。つまり反論になっていない。タバコの発がん物質が他の食品の発がん物質よりも危険だということの何の証明にもなっていない。
まあ、こういう話を理解するにはロンボルグの本を持っていないといけないのだが、4500円出すのはちょっともったいないだろうから、買う必要ないと思う。

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