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2005年12月

2005.12.24

「巨大バッタの奇蹟」「教室を路地に!」の反響

 9月に上梓した二冊の本「巨大バッタの奇蹟」(アートン)「教室を路地に!」(岩波書店)についての反響をまとめてみた。一見したところ毛色の違うこの二冊だが、読んでいただいた方にはお分かりのように「姉妹編」と言ってもいいほど共通している。大学という同じ場所でほぼ同時期に起こったことであり、テーマも同じだ。いろいろな方から個人的に感想をいただいた中で、特に稲賀繁美さん、細川周平さん、西垣通さんからはかなり熱烈な感想をいただいた。ありがたい。以下は西垣さんからの「巨大バッタの奇蹟」にいただいたメールの一部。
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ご本拝受。驚きましたよ。
巨大バッタを造られたという噂は耳にしていたのですが、これほど大きいとは……。まさに日常空間を切り裂く異物ですね。
写真の迫力に仰天しました。ブラボー。とりわけ、白いパンのような半円形の建物に止まっているところを遠くから撮った写真が好きです。
このために心血をそそがれたわけですね。お金もかかったのですね。
普通の人間にできることではありませんよ。感心しました。
これは映画になりますね。結婚式をあげるカップルが「虫はきらい」と抵抗するところなど、誰に演じさせようかと、迷うのであります。
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 また両書とも新聞や雑誌で紹介してもらったが、とりわけうれしかったのは、産經新聞10月5日の朝刊文化面「いしいひさいちの文豪春秋」、「朝日新聞」11/22の読書欄における中条省平氏による書評、「週刊読書人」での堀切直人氏による書評、「週刊ポスト」12/1号での坪内祐三氏による書評などである。またウェブ上ではあるが(紀伊国屋書評空間booklog)紅野謙介さんによる「巨大バッタの奇蹟」の書評や、朝日新聞系有料サイトasparaでの福嶋聡氏の紹介などもありがたかった。
 以下はその他に発見したネット上の書評一覧である。
「巨大バッタの奇蹟」
1.All about Japan Yokohama,田辺紫さんの紹介
2.tociyukiさんのblog
3.kamaeさんのblogその1|その2
4.ラフマニノフさんのblog
5.多摩美術大学、西嶋憲生さんの紹介
6.54notallさんのblog

「教室を路地に!」
1.エキサイト・ブックスの紹介
2.fringe blog
3.frostvalleyさんのblog
4.ラフマニノフさんのblog
5.Sammy's blog
6.吉岡洋による紹介

 まだまだ他にもあるかもしれませんので、見つけたら教えて下さい。

風のほこり

 22日は全州大学演劇科公演『春風の妻』のための年内最終打ち合わせ。それが終わってから、手伝ってくれることになっている多摩美の韓国人留学生白賢淳(ペック・ヒョンスン)さんと中野の三人で下北沢・ザ・スズナリで初日を迎える新宿梁山泊の「風のほこり」へ。
下北の酒屋で差し入れのビールを買っていると、落ち着きなく周囲をうろうろしていたと思われる唐さんに声をかけられる。「昨日舞台稽古も見たけど後半頭が変になっちゃいそうだったよ」と言ったのは自信の現れか。スズナリ前には顔見知りがわんさか押し掛けていて満員の初日。一幕ではやや硬さが目立ったが、二幕後半からの畳み掛けるような演出は素晴らしく、確かに頭がくらくらしそうな作品だった。唐組から客演している鳥山昌克は、いまの紅テントの演劇空間を体現していて、彼が出てくるだけで舞台がさーっと「唐色」に染まる。その鳥山が二幕後半である「ブツ」を取り出してからはイメージが奔流のように流れ出し、金守珍演出としては控えめて緻密なエンディングが心に突き刺さる。三日間だけコビヤマ洋一に代わって出演している金守珍と大久保鷹の掛け合いのリズムがとても素晴らしい。三日間だけというのが惜しい。それと特筆すべきなのは照明の素晴らしさ。スズナリという小屋のタッパの高さを生かした舞台装置とあいまって闇と光のアンサンブルが大きな効果を生み出していた。音楽も控えめ(これはもう少し盛り上げてもらってもいいかなという感じもする)。鳥山、大久保、金の三人に比べると役者陣は初日ということもあってやや硬かったが、これから回数を重ねて行くことによってどんどん素晴らしさを増して行くだろうと思う。
 終わった後は「眠亭」の二階で大勢での打ち上げ。梁山泊に来るのは十何年ぶりという十貫寺梅軒さん、唐組のメンバー、堀切直人さん、高橋康夫、三枝健起さんたち、当日のパンフに文章を寄せている樋口さんご夫妻、音楽評論家の伊達さんたちなど関わりのあるメンバーが集まり賑やかな会になる。ここでやる打上げに参加するのは99年本多劇場での「少女都市からの呼び声」以来だ。あの時には「夜を賭けて」の制作発表と、梶村ともみの「夜壷」客演決定というのを金さんがアナウンスしたのだった。今回は出番がなく音響オペをやっている近藤結宥花さんとそんな思い出話をする。最後には唐組の春の新作「紙芝居の絵の町で」(仮題)の話まで出て盛り上がる。唐さんもうれしそうだった。元旦も休まずに4日まで続くこの芝居、あと何回かは通うことになると思う。
 ところで、映画『ガラスの使徒』の公開に合わせて、いろいろなところで唐さんがメディアに露出して宣伝につとめている。その中で、「日刊ゲンダイ」の連載記事「波瀾万丈アングラ交友録」は、唐さんが映画に絡めて石橋蓮司、六平直政、金守珍さんたちとのつきあいを語っており、また夕刊フジでは「ひとりごと」 で自分自身のことを語っている。期日が過ぎるとリンク切れになってしまうようですのでお早めにご覧下さい。

2005.12.18

盛り沢山

 13日は多摩美の最終授業で忘年会。参加者少ない。一番ムッとしたのがずっと「忘年会もちろん参加しますよ」と言っていた連中がごっそり授業そのものを欠席したこと。約束守るプライドがないのか。ここ数年普段つきあいのない上級生や同級生と一緒に顔を合わせることを避けたがる傾向が強すぎる。鬱と引き蘢りが蔓延し続けている。人気がないのならともかく、休憩中には順番待ちで話しかけてくる(違うグループに混じり合ってくることはない)し、少人数ならしゃべりたいというのだが、余り普段口をきかない人たちと知り合おうという意欲はないらしい。まあ、結局のところは結構楽しく宴会をしたけどね。
 一日置いて15日は二年生向けのゼミガイダンスとマルチメディア文化課程の忘年会。一年生の幹事ということでいろいろと不手際はあったけど、茂木一衛さんのウィーン、シュテファン大聖堂での「レクイエム」コンサートのDVD紹介や大里俊晴君の久々の素晴らしいライブ演奏で全体が締まった。終了後はいつものように11:00くらいまで521号室でぐだぐだと話す。
16日金曜日は唐ゼミ★の中野、椎野と三人で池袋で公演中の南河内万歳一座公演「仮面軍団」を観に行く。唐組の久保井、丸山、高木君たちや、「調教師」に出演していた萩原聖人さんたちが来ていた。11:30頃まで飲み会。
 「仮面軍団」は内藤裕敬さんが28歳で書いた作品で、基本的には青春文学物であるが、登場人物や設定が変化に満ちておりとても楽しめた。重定礼子、皆川あゆみ、河野洋一郎、木村基秀、安宅慶太、そして内藤裕敬らの役者陣も充実していて面白い。本人はこの頃の作品は状況劇場の影響が強いと言っていたが、徹底して内在的な傾向をもつ内藤作品と唐十郎作品とでは細部を除けば類似点はきわめて少ない。ぐだくだした「大人の社会」に対して内藤が突きつけるのは、「ギャンブル」であり「プロレス」であり「テレクラの女」であり「貧乏」であり「家族」であり、要するにそれら自体が資本主義社会に内在的な現象にすぎない。そこに「外部」や「超越性」や「不合理な神話的記憶」が乱入して来るようなことはほとんどない。この徹底して内在性に閉じられた作品構造の中の唯一の「外部」は「小春」と名付けられた老女であるのだが、初演では内藤自身が演じたというこの老女はいわば「作者の視点」として導入されている。今回の舞台では、むしろ「永遠の少女」を思わせる重定礼子がそれを演じることによってこの構造が曖昧化され、不定形な揺らぎを生み出していることも成功しているひとつの理由であるようにも思える。いずれにしても、若い作者の心の中のカオスの闇が大きな振れ幅をもっていて、どちらかと言うと自分自身がぐだぐだした「大人」になってしまったという視点から若者文化や現代文明の「病」を虚無的な絶望の中で取り上げるといった最近の内藤作品よりも、こちらの方がずっと面白かった。ある意味でこの作品の再演が内藤自身にとっての新しい挑戦への始まりであるのだろうから、今後の内藤と南河内万歳一座の新展開に期待したい。戯曲に寄り添って「演劇作品」を洗練させていくよりも、もっともっと「ふざけて」いいのだ。その振幅の拡大からしか演劇的な広がりは開かれてこないし、「演劇行為」の中に含まれるノイズをもっともっと拾い上げていかなくてはならないのではないかと思った。
 17日土曜日は東京都写真美術館で「ガラスの使徒」のロードショー初日の舞台挨拶に顔を出す。唐さん、金さん、稲荷卓央君、さとうめぐみさんらの舞台挨拶には美仁音ちゃんも飛び入り参加した。終わった後関係者と喫茶室で二時間程話し、来週開幕する新宿梁山泊の「風のほこり」の通し稽古に行く唐さんを見送り、大役を終えた稲荷卓央君と食事をして帰る。「ガラスの使徒」を見るのは試写会以来数ヶ月ぶりだが、印象としては相当面白く感じられた。思った以上に唐十郎世界が凝縮されている。一月中まで公開しているので是非見に行って欲しい。恵比寿ガーデンプレイスも駅ビルのアトレも館内禁煙(館内ばかりじゃなくて戸外ですらもきわめて少ない喫煙コーナー以外は禁煙)になっていて、信じられない程のひどさ。アメリカなんて問題にならないくらいの潔癖神経症が拡大していることがわかる。こんな気持ちが悪い都会は世界でも珍しいと思うのだが、タバコ吸わない人にはこの異常さがわからないのだろうなあ。いま、「嘘だらけの嫌煙キャンペーン」の改訂版を作成中なのでまたここで公開したいと思う。こんな異常な規制を見ると、小谷野敦の言う「禁煙ファシズム」もまんざら誇張ではないように思われる。
 これだけ毎日こなすと流石に疲れたが、今日は一日書類作り。来週は会議週間でそれが終わるとようやく年末になる。

2005.12.13

宴会シリーズ

 8日は唐ゼミと一緒に全州大学演劇科公演の打ち合わせ+韓国式宴会シミュレーション(というか実際に宴会)。韓国人留学生の指導でキムチチゲやもやしナムルなど大量に作る。ごま油と酢が韓国製でなくてはならないということで食べると確かにナムルは旨い。八時過ぎまで適当にビールを飲んでから、渋谷で開かれているアートンの忘年会の打上げに。二次会なのだが、ざっと五十人以上はいる(もしかすると百人くらい居たのかもしれない)。少しずつ顔見知りと話して、社長の郭充良さんに挨拶。今年はバッタ本でとてもお世話になった。17日には恵比寿の写真美術館で念願の「ガラスの使徒」のロードショーが始まる。
 9日は、大学から非常勤で行っている多摩美芸術学科の学生たちがやっているゼミ公演「農業少女」(野田秀樹作)を見に八王子の多摩美に。俳優たちは頑張っていたが、慣れないこともあって演出や技術陣がぎくしゃくとして四苦八苦していた。あとは台本の選択が良くなかったのかも。「転換」が中心の戯曲なのだが、その転換の早さに学生たちがついてこれないでいた。それでも二日間だけの公演の初日を終えてみんないい顔をしていた。車だったが帰りは道に迷い疲れた。
 10日は日本記号学会の理事会・編集委員会。来年の大会は5/13-14に東大駒場で「記号としてのテレビ」というテーマで行うことに決まる。久々に山口昌男さんに会うが、山口さんは秋にポルトガルに旅行してまた倒れ、歩くのが以前にも増してかなり苦しそうだった。数十メートル歩くのに十数分かかる。体重も増えている。それでも車椅子を使おうとしないで自分の足で歩こうとしている姿に圧倒される。しかもどこにでも出かけて行く好奇心と気力は全く減退していない。九月頃に新国立劇場の田中泯さんの公演で会った時には、オセアニア美術館の館長を頼まれたからパプアニューギニアに行くと言っていたのだが、現地の人に動けない年寄りが居ると、港町についた日のうちに棍棒で殴り殺されて身ぐるみ剥がれると脅かされて流石にあきらめたらい。それでも、あの身体でニューギニアに行こうとしていた段階で凄い。脳梗塞の後遺症は残るがこんな病人は見たことがない。
 11日は招待されたパパ・タラフマラの「百年の孤独Heart of Gold」を見に三軒茶屋の世田谷パブリックシアターへ。昔、ダム・タイプとよく比較されたマルチメディア・パフォーマンス集団だが、主宰の小池博史さんが茨城県日立市出身だということで関心をもっていた。十年くらい前に東京グローブ座に観に行ったこともある。この頃からダンスパフォーマンス志向に変わっていたが、全体としてはマルチメディア人形劇と言ったところ。人工的で異化作用の強い空間の中を人形のようにぎくしゃくとした動きのパフォーマーの動きや映像や装置が絡み合って行く。原作とパフォーマーの動きと装置と映像とを頭の中で綿密に組み立てるのが小池さんのやり方だが、見事な美術的センスには驚かされるが、ガルシア=マルケスの原作に対する不完全なオマージュになっているのが残念だ。原作もの、あるいは古典的な演劇台本に基づくものというのが最近の傾向らしいが、八十年代に物語の解体やメタシアトリカルな方向を向いていた人たちが、ある意味では物語への回帰によって表現の持続を企てているという現象自体が興味深い。隣にソフト帽を被りコートを着た人が座っていて、幕間に声をかけてきたのは、久々の今福龍太さんだった。今福さんは札幌大学をやめて今年から東京外大に務めていると言う。終わった後、二人で楽屋に行き小池さんに挨拶をする。小池さんは油縄子小学校から水戸の茨城中学へ、高校から日立一高だそうで学年が一つ下。このさらに一つ下には妹島和世がいるが、あの頃の日立という地方都市がこれらの人たちの表現活動に強い足跡を残していることは明らかであるように思われる。南米への関心や「タラフマラ」という名前をつけたのも、もちろんアルトーの「タラフマラ」もあるが、「地球の歩き方」で行ったこともない土地を夢見ていたというところにルーツがあるそうだ。そう言えばぼくも小学校の時に講談社の「少年少女世界文学全集」を読みふけり、目の高さに高々と広がり光る太平洋を見ながら異国の幻想に浸っていたあの頃のことを思い出した。モダニズムやロマン主義やアヴァンギャルド芸術は、資本主義よりもずっと先にぼくたちの頭の中に侵入してきていたのだ。そんなことを思い出した。終わった後は卒業生の子と渋谷で食事して帰る。ちらほらと雪のようなものが降り出していた。
 13日はこれから多摩美の年内最終の授業と忘年会。まだまだ週末にかけて忘年会や宴会が続く。体調を崩しかけたが何とか持ち直している。

2005.12.07

誰が姉歯を責められるのか?

 27日は中野の光座に唐組の久保井研が出演している新転位21の「黙る女」を観に行く。あとは一連の大学内の問題でタフな会議続き。それから、文化庁の芸術文化振興会などの文化助成の実績報告書作りや来年度の申請書作りに追われる。これをやっているとストレスがたまる。
 演劇/映画/美術/音楽といったあらゆる領域で国家による文化助成が行われており、演劇だけでも数十億円に及ぶ国費が使われている。そして、きわめて多数の演劇公演がここから助成金を受け取っているからだ。だが、これを受け取るためには一年のこの時期に次年度の予算計画を提出しなくてはならない。そして、助成金の額は予算総額の1/2まで、そして自己負担金(つまり赤字)の範囲内でなければならない(実際には赤字分全部ではなくそこにまた60%程度をかけた金額が助成額となる)。そして、実績報告書ではこの総予算額とだいたい同じ(80%まで)になっていなければならない。そうでなければ助成金は減額、あるいは再審査ということになっている。昨年くらいからは、さらに一部の領収書の写しを提出することになっている。不正を許さないための措置である。よろしい。役所としてはきちんと審査を行っているわけだ。
 ただ、何かが変だ。演劇公演では小さなところを除けばたいてい数百万円から一千万超の助成金が出ている。ということは、いつも赤字がそれくらい出る予算計画を立てていることになる。つまりは総予算の半分に及ぶ巨額の赤字が出る事業を全く懲りずに毎年続けているということになるわけだ。なぜ、そんな赤字に決まっている計画を立てるのだろうかということは誰も問題にしない。役所は申請が形式に則っていれば、中身までは問題にしない。審査委員は演劇界の人たちだから、だいたい事情は分かっているので黙ってそれらの「めちゃくちゃ赤字になる公演計画」に助成を認めてくれる。ぼく? もちろんぼくは適正な申請をしていますよ!(笑)
 一連の耐震偽装問題でさまざまな関係者が登場してきて「誰が悪いのか?」という悪者探しが始まっている。その中で検査機関イーホームズの社長の、定められた通りの検査を行っているので検査体制には何の問題もなかった、もし問題があるとしたら法律の方を改めてほしいという供述は筋が通っておりもうこれ以上取り上げられることはないだろう。一方、ヒューザーの社長や木村建設の支店長らはその印象の悪さも手伝って、姉歯建築事務所に分かっていて圧力をかけていたのではないかという疑いを払拭できない。彼らは「自分たちは全く知らなかった。姉歯個人がやったことで自分たちは被害者だ」と主張しているのだが、そうではないことを証明することは難しい。姉歯個人に賠償などとてもできなさそうなので、ヒューザーに非難が集中しているが、この会社が倒産することを防ぐことは誰にもできない。そこで国交省に攻撃が向かう。国と自治体が責任を取れというわけだ。何か、変だ。姉歯を除いてすべての関係者が「ルールを守っている」のに関係者全員が責任を取らされることになるからだ。
 それでは、姉歯1人が極悪人なのだろうか? 構造計算書を偽造したのだから明らかに「ルールを破った」と言えるのは姉歯だけなのだ。建築確認用の構造計算書は決められたコンピュータ・ソフトで提出することになっていると言う。データを入力するとソフトが自動的に強度計算をして「OK」とか「ERROR」とかが表示されるらしい。入力する数値が間違っているだけで「ERROR」が出る。ここを意図的に操作したという罪は逃れがたい。
 ただ、姉歯は本当に「強度不足で地震の際には多くの死者が出る」と確信してそれをやったのだろうか? この辺りのところが不透明だ。建物が一定の震度の地震の時に必ず倒壊するかどうかを予測することはきわめて難しい。81年の建築基準法改正以前の建物が地震に弱いことは阪神大震災の時にある程度は分かっている。だが、すべてがそうだったわけではない。ぼくの研究室のある研究棟は昭和四十年代の建物で耐震設計になっていない。だが、事実としてもう何十年も崩れずにもちこたえていることも事実だ。では、国は「退去命令」を出すのだろうか? いやそれどころか、国立大学には何百もそういう建物があるということで、耐震補強工事の予算要求も拒絶されているのだ。
 本当に耐震設計が有効なのか、地震の時に本当に安全(危険)なのかは誰にも分からない。一方、ルールさえ守っていれば誰からも文句を言われない。楽天の三木谷やホリエモンが、フジやTBSの経営陣が不快感を表明していても、なぜ株を買っていけないのか分からない、資本主義のルールを自分たちは守っているという時にも同じことを感じる。要するにシステムとルールさえあれば、人間は居なくてもいいのだ。砂場で何時間もかけて砂の城を造っている子供たちを、ここは自分たちが権利があると言って大人が勝手に崩したら子供たちは怒るだろう。そのことに何の良心の痛みも感じない大人たちの方がおかしいのだが、彼らはルールに則ってやっている限り何の良心の呵責も感じないだろう。
 今回の事件は日本という社会システムそれ自体が問われているのだ。国や自治体が調整に乗り出すのはおかしい。もしそうだとしたら競馬や賭博で有り金をスッてしまった人たちにも国が補償をしなくてはいけないことになる。そうではなくて、人間が要らないシステムに依存するような社会そのものがおかしいのだ。
 もっと言えば、みんなが姉歯なのだ。クレーム処理もマニュアル通りに行い、自分自身でものを考えてはいけないと言われているサービス業やカスタマーサポートで働く大学生のバイトから、役人から、サラリーマンから、要するにいまのぼくたちはみんな姉歯と変わらないではないか? 人間としての良心はどうなのだと糾弾するサラリーマン・マスコミも相当おかしい。姉歯の姿を見て、自分たちだって同じじゃないかと思えない人間は、それこそ良心がどうかしている。

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