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2006年1月

2006.01.28

「春風の妻」公演終了

 25日横浜テアトル・フォンテ公演、27日東京豊島区民ホール公演の二公演、無事に終了しました。全州の学生たちは本日半日グループに分かれて自由行動、夕方と夜にはお別れパーティが始まり、明日午前中に羽田空港に出発。深夜に帰郷するという日程になっています。
 23日に来日してから、受け入れチームは彼らの輸送、宿泊、食事、入浴、宴会、公演の制作、撤収と忙しく働いてきました。朝の7時前から朝食の準備をし、8時前後には劇場に5台のワゴン車と軽トラックやレンタカーの2tトラックで移動。劇場組は仕込みや撤収の手伝い、その間に居残り組は宿舎の清掃、整理や夜の食事/宴会の買い出しと調理。劇場組は銭湯に行って戻って来て夜食を取りながら談笑する。だいたい帰りが11:30から12:00ですから終了はいつも1:00か2:00になる‥‥この繰り返しで、ほとんど寝る暇のない忙しさでした。ぼくの車も動員されたために運転手役を務めざるを得ず、久しぶりに立つとくらくらするほどの眠気に襲われる毎日でした。
 宿舎は本来は泊まりがけで集中講義などに来る人向けのキャンパス内の「宿泊所」。ここに32人が寝泊まりし、歩いてすぐの研究棟では朝食や宴会の準備がなされていました。宴会や夜食は40-50人分、3000円で買って来た中古のガス台もフル稼働。料理組は連日へとへとになるまで何個もの小型電気炊飯器で飯を炊いたり、野菜の皮むきに終始していました。
 今回、大学には本当にお世話になりました。事務の人たちの協力や何人かの同僚、とりわけ須川英徳さん、山本泰生さんの協力がありがたかったです。本番にも副学長、事務局長、学部長をはじめ何人も来ていただいて、伝わるものがあったことがうれしかったです。
 予算もない中で受け入れ側がこれだけ力を尽くした公演ですが、全州チームはそれに負けない程の素晴らしい情熱で二公演を盛り上げてくれました。広い舞台サイズをもち最新設備の整った横浜のテアトル・フォンテと、少しくたびれた公会堂のような区民ホールでは全く違った印象の公演になりましたが、前者はぜいたくなスペクタクル性で、後者は客席と近い濃密で溶け込むような空間性で、いずれも観客の心にぐいぐいと入り込んで行くものでした。終わった後のアンケートを読んでも、正直言って劇団唐ゼミ★の公演の時よりも熱心に書いて下さる方が多く、やはり見たことのない異文化への違和感が次第に共感へと変わって行く過程を伺うことができました。また、横浜、池袋ともこれまで唐ゼミ★を応援していただいた方々や、韓国との文化交流にかかわっている方々に大勢来ていただけてうれしかったです。さまざまな意味で「出会い」が結実した幸せな瞬間を体験することができたと言えるでしょう。またそれはこの「春風の妻」というテキストの素晴らしさによるものでもあり、単に民俗文化や伝統性ばかりではなく、世界中の人間に通底するデュオニソス的な祝祭劇になっていることから、文化や言語を超えた感動が生まれて来たのではないかとも思います。いずれにしても、学生たちの歌や踊り、練り上げられた身体表現に身体ごとぶつかっていくパワー全開の演技も素晴らしかったと思います。
池袋終演後は銭湯から大学内宿舎に到着したのが深夜0時過ぎ。それから全員で宿舎の狭いダイニングで、コンビニのおにぎりとカップの辛ラーメンで乾杯。延々と飲み会や今日のフリータイムの過ごし方についての日韓両方の学生たちによる打ち合わせが続きました。というわけで3:00近くに帰宅。ぼくは今日の午前中は休ませてもらい夕方から再び合流します。明日はやはり羽田空港まで運転して見送りに行きます。
finale
sujeong

2006.01.17

韓国では「春風の妻」日本公演が大きな話題に

 朴炳棹教授からは、新聞の文化面のコピーと、テレビのワイドショーで違う放送局で二回にわたり放送された全州大学日本公演の紹介が送られてきた。全州ローカルであるとは思われるが、想像以上に現地では話題になっているらしい。番組で紹介してくれたMBCというテレビ局のクルーも日本で取材をしていく予定になっている。だとすると尚更、客をもっと呼んで成功させなくてはならない!と気合いが入る。
 全州大学演劇科のWEBではQuicktimeの動画をみることができます。学生たちの稽古風景はこちら。http://play.jj.ac.kr/ のメインページからは赤丸の部分のクリックでいろいろなビデオ(新宿梁山泊公演とか)を見ることもできます。朝や昼間の通信速度が速い時間帯にアクセスすると快適です。journal

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 この公演、「入場無料」です。これは、「安かろう悪かろう」ということではなく、限られた予算でやっているために、公共のホールを借りる時に、入場料を取るのと取らないのでは賃貸料に雲泥の差があるからです。500円や1000円の入場料ではとてもモトが取れない構造になっていて、だからといって数千円取るほどの広報費を使うこともできない。また横浜市や豊島区の「後援」を取るためにもそうする必要があります。はっきり言って、こんな凄い物が「タダ」なんて信じられないと言ってもらえる自信があります。
 最初のうちは半信半疑の部分もありましたが、この公演はまちがいなく相当面白いです。「春風の妻」の戯曲の日本語訳やシノプシス作りをしているうちに、DVDで送ってもらった作品の中身がだんだんよく分かるようになってきて、本気で公演が楽しみになってきました。何よりも若い役者たちの情熱溢れる体当たりの演技が素晴らしい。原作の呉泰錫氏はよく「韓国のシェークスピア」とか一部では「韓国の唐十郎」と呼ばれていますが、これは「言葉の力」やそれがもたらすイマジネーションをを最大限に引き出すというところに関しては確かに共通していますが、もちろんそのどちらとも違っていて、マダン劇や仮面劇、パンソリやサルムノリといった朝鮮半島の民衆芸能のもっている爆発的なエネルギーを現代社会に突き立てるというところに大きな特徴があると思います。シュールレアリスティックで幻想的な設定から、一気にエネルギーが噴出する瞬間に立ち会うことができるのが、この作品の見所であり、またそれを支える役者たちの肉体性がきわめて重要な要素になってくることと思います。
というわけで、まだまだ席があります。特に横浜テアトル・フォンテ−−とてもいい劇場です。迷っている人は必ず見に来ましょう。けっして後悔はさせません(笑)。

2006.01.15

全州大学演劇科公演、来日まで一週間

 いろいろと準備が大変。東京公演は予約状況が悪くないが、横浜公演は場所のせいもあって余り延びていない。月曜日は「いずみ中央」にあるテアトル・フォンテに技術的打ち合わせ。とても立派な劇場なので、逆に客の入りが気になる。台本や挨拶文の翻訳、プログラムの素材作り、事務的手続きなどなかなか忙しい。朴炳棹さんとのメールのやりとりも頻繁になり、新宿梁山泊との仕事の分担の打ち合わせも多くなる。彼らは23日に来日し、大学内の宿舎に滞在し、25日(横浜)と27日(東京)と二回の公演を行い29日に帰国する。それまでの間ずっとぼくたちが彼らの面倒をみることになっている。木曜日に唐ゼミ★の会議とついでに劇団の新年会。唐ゼミ★の連中も、昨年の新国立劇場公演を終えて揺れているメンバーが多く、既に何人かがやめている。そのほか、火曜には多摩美の最終授業。終わった後橋本で卒業生たちと4,5人で飲む。土曜日にも日本記号学会の理事会があったのでなんだかんだと一日おきに飲んでいる。
 大学の方は連日の会議や教授会。本当に徒労感ばかり多く、くだらないことが沢山ある。来週末にはその中でももっともくだらない業務であるセンター入試が控えている。

2006.01.09

極寒の山中湖行軍

 6,7日は恒例の唐組山中湖乞食城での新年会に。雪は大丈夫という予報だったが東名の大井松田付近から降雪。御殿場の出口のひとつは封鎖されており、広い街路が雪で埋まりハンドルを取られそうになる。ここで路肩に寄せてチェーン装着。チェーンはオートショップで5000位で購入したもので、買った時に試しに装着してから何年も触っていないので不安だったが、唐ゼミから中野、杉山、椎野、禿、古川がついてきたのであっという間に装着完了。運転も椎野がずっとしてくれたので楽だった。途中、四五台前の車があまりの降雪に不安になったのか突然Uターンして戻って行ったのが、後から聞いたら子供を乗せて山中湖に向かっていた大鶴義丹さんの車だったらしい。義丹さんは最近FRのクラウンに買い替えたばかりで、以前乗っていた4WDと違ってつるつる滑る車に不安に駆られて近くのコンビニに車を止めて、警察や近隣の人に話を聞いて近くのオートショップにタクシーでチェーンを買いに行ったが特殊なタイヤなため四万円もかかったと言う。ぼくたちの車はそれほどの苦労もなく乞食城に到着。周囲は完全に雪に埋もれていた。今年はSkyperfecTVの番組になるということでテレビクルーが参加。宴会の間中ずっとカメラが廻っていた。春公演「紙芝居の絵の町で」の予告編を数本が試演され、和やかな飲み会が1時過ぎまで断続的に続く。ちょうど「風のほこり」を終えたばかりの鳥山昌勝君やこれからの客演を控えた久保井研君も参加して、久しぶりに唐組勢揃いという感じだった。
 ここでは暖房が効かないので、部屋の中でもコートを着て寝なくてはならない。しかも今年の寒さは格別で、夜中に寒さの余り何度も目を覚ました。少しでも空気中に肌が露出しているとそこから寒気が入り込んでくる。帽子を被り、コートの襟を立てて布団に丸まって眠った。目を覚ますと青空が広がっていて、外に出ると富士山がくっきりと見えた。10時過ぎに出発し、立花義遼さんの別荘に立ち寄る。お茶だけ飲んで退出する予定がビールやワインまで出て話し込み、ここの窓から見える富士山と半分以上凍り付いて幻想的な光景の湖面を楽しんで、3時に出発。昨日とはうってかわって快晴の東名を通って大学に帰着。それにしても、本当に寒かった。凍死するんじゃないかと思った。
 翌8日は下北沢・すずなりに新宿梁山泊の「楽屋」に顔を出す。4日の「風のほこり」の千秋楽に顔を出せなかったが大きな盛り上がりを見せたらしい。西堂行人さんや、藤澤邦見さん、唐組の丸山君とご両親らが一緒。打ち上げでは出演した若手の女優さんたちの充実した表情が印象的だった。

2006.01.04

年末から正月にかけて

 28日までは大学に出て何やかややっていた。29になってからようやく年末準備。年賀状を慌ただしく作成し、大掃除(というほどではなく、窓ふきやベランダ廻りの掃除)をしてあっという間に年越し。元旦は鴨居にある父母の実家に顔を出す。その間、27日と1月2日にはスズナリの「風のほこり」に。2日はそのまま唐組アトリエで新年会。三枝健起さん、内藤裕敬さん、堀切直人さん、唐ゼミ★や新宿梁山泊組で賑やかな会になった。明日朝から大学。明後日は山中湖の乞食城と慌ただしく正月も終わり。
 年末はいつもレンタルビデオをまとめ見したりするのだが、今年はそれも叶わず。たまっていた本を読むくらいだった。それにしても、amazon.comはなかなか凄い。年末思いついて注文した本が2日には発送されて3日に読むことができたのにはちょっと驚いた。以前と違って元旦からスーパーやレストランも開いているし、雰囲気が出ないなあ。昔は車にも正月飾りがついていたりしたものだが、今年はそんな車は一台も見なかった。これもまたグローバリゼーションの効果の一環なのだろうか。
 というわけで、今年もまた始まった。

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