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2006年2月

2006.02.18

雑記

 11日は唐組アトリエでの芸術栄誉賞受賞記念パーティ。唐組、新宿梁山泊、唐ゼミのメンバー他、内輪の人たちが大勢集まる。ついでに唐さんの66歳の誕生日。TBS「情熱大陸」のカメラも入っていたので(ディレクターは大島渚監督の次男の新氏)ちょっとよそ行きの平和な飲み会だった。
img021
 そう言えば早川書房の『悲劇喜劇』4月号(3月7日発売)に「唐十郎はいつでも新しい!」という文を書いた。あとは水戸芸術館の機関誌「WALK」に20枚のエッセー、これは今日ようやく書き上げた。ネットと批評というお題をいただいたが、パソコン通信時代の高田正純氏の「オンライン・ジャーナリズム」とか八谷和彦の「メガ日記」とかいろいろと懐古しながら、blog やSNSについて考えるいい機会になった。
 火曜日は大学院の修論発表会、木曜日は学部の卒論発表会。まあ、何とか無事に済んで良かった。明日は92-00頃まで関わっていた美術科の宮坂教授と堀教授の最終講義+パーティに顔を出す。23日にやることになっている舞台芸術論Cの久保井研の芝居(少女都市からの呼び声)の稽古も今日から毎日やっているらしい。

 ところで、タバコのことについて、大学の広報課の方にこんな匿名の問い合わせがあったらしい。
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件名: 横浜国立大学・教育人間科学部・メディア研究講座・教授・室井尚
日付: Thu, 16 Feb 2006 21:16:06 +0900
送信者: "蝠上>蜷医o縺縺ァ縺吶$B#(B"
宛先: so-kikaku.koho@nuc.ynu.ac.jp

タバコに関して調べている高1生です。
横浜国大にお聞きしたい事がありメールしました。

http://www.bekkoame.ne.jp/~hmuroi/kenen.html

○上記サイトに書かれた内容を見ますと、現在のタバコに対する害は全て嘘であると書かれてます。
では、日本医師会や厚生労働省やWHOが主張してる事も全て嘘という事でしょうか?
それに、この方は横浜国大と大学名を表に出して主張してるという事は、横浜国大自体もこの方の主張に賛同されてるのでしょうか?
横浜国大はタバコ規制に反対をしている大学と理解して良いのですよね?

○この方が主張する内容が正しいとすると、なぜ世界的にタバコの規制が厳しくなってるのかが理解できません。
世界中でタバコを規制してる国・自治体・団体等は無知で傲慢な嘘つきなのでしょうか?
健康増進法25条を作った日本国も嘘つきなのでしょうか?
今回から禁煙治療に保険が適用されたのも拙策だという事でしょうか?

○本文中に有る文章を読んでますと、アルツハイマーを防いだり、子宮体ガンや乳ガンの発生を低める効果が有ると書かれてますが、これはボケを危惧されてる方や女性にタバコを勧めて吸わせた方が良いと理解できます。
横浜国大の助教授が言われてるのですから、学校でもそのように発表して問題ありませんよね?

○「タバコの中には発ガン抑制物質も数多く含まれています」と有りますが、このような素晴らしい事を隠してると書いて有るので、医師会や厚生労働省へ抗議しても良いでしょうか?

○「頭をすっきりとさせる効能やストレスを緩和してくる効能」と書かれてるのですが、医学的?科学的?根拠がある事のなのですよね?
僕も調べたいので、その事を立証している機関を教えて下さい。

横浜国大のお答えをお待ちしております。

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 余りのバカさ加減に空いた口がふさがらない。何よりも卑怯なことこの上ない。
 本当に書いた人間が課題レポートをやっている高校一年生とは信じられないが、こういう脳みそに穴が開いたようなクレーマーが増えていき、またそうしたクレーム処理に時間を費やさなければならない人が増えていくような状況が何よりも異様なことだ。ぼくは下らないタバコ論議につきあうためではなく、捏造された合成写真や間違ったデータだらけの「嫌煙パンフレット」に対する批判は確かにしている。だが、そもそもこんなことに躍起になる風紀委員みたいな正義感面した馬鹿者たちが跋扈している社会の方が根本的におかしいのだ。
 念のため言っておくが、ウェブの方に出してある「嘘まみれの嫌煙キャンペーンに大学人はどう考えるか?」について現時点では何ら変更や訂正を加える必要性は全く感じていない。山形浩生氏をはじめさまざまな人たちから意見は頂いたが、そこには何一つ有効な反論はなかったと考えているし、それについてはいちいち再反論を提示している。ちゃんと読んでもらえればそのことは理解されるだろうと思っている。
 煙いからタバコ吸わないで下さい、というのは大変結構。ただ、それが交通事故に遭う危険性と比べても統計的に見て著しく低いタバコの発ガンによる致死性といういかがわしい理由でなされるのはおかしいし、受動喫煙などという現象は存在しないし、誇張されたタバコの危険性に関するキャンペーンはおかしいし、ましてやそれが「科学的に証明されている」というのも全くおかしいという主張には何の変更もない。それは、「地球温暖化」と炭酸ガスの放出量には何の関連もないというのと同じことだ。科学的データと政治の短絡がきわめて危険なのは、この両者において全く変わらない。ましてや、こんなバカまで現れてくるとは、どうも世も末のようである。

2006.02.10

いろいろと

 5日は日曜日だったが、今年一年間非常勤で来てもらった三枝健起監督の映像制作の発表会をする。同じシナリオで8チームがドラマを制作するという試みだが、技術的なことを抜きにすれば、いくつかは(全部ではないが)なかなか面白かった。何よりも初めてカメラを持った連中がそれなりに映像作品を作れてしまうのが面白い。これはコンピュータ音楽でも同じことだが、それなりのものができる。だが、そのほとんどは無意識に蓄えられた映像的記憶の再現や反復であって、彼らがどのような映像経験をしてきたかによって、作られるもののスタイルが自動的に決まってくる。たとえば、リズムマシーンやフレーズが組み込まれた音楽ソフト(たとえば、AppleのGarageband)で曲を作らせるとそれなりのものが簡単に作れるが、それは彼らが記憶していた音楽データベースのようなものからネタが引き出されていることが分かる。編集ソフトの方もその辺りのことはよくわきまえていて、用意されたイフェクトやプラグインを活用することによって、よりプロっぽいスタイルに近づけることができる。
 大学一年生の時にぼくはバイトを沢山やって三年月賦でフジカ・シングル8のカメラを15万円で買った。エディターとか他のものを合わせると20万円超えるくらい。仕送りが3万円の時代だ。結局、シナリオはいくつか準備したものの作品を撮ることはなかった。編集が大変すぎるのだ。現像したフィルムを斜めにハサミで切って専用テープでつなぐという原始的な編集作業は手先の不器用なぼくには無理なことがわかった。そのころと比べるといま映像作品(「映画っぽい」もの)を作るのは容易い。しかし、それだけに何かを「表象」するという行為の意味が自己言及的に問われてくるような気もする。つきつめて考えて行くと苦しい。だから、あまりつきつめずに自分の無意識から流れ出るものに耳を傾けようとするのか?
 打上げに参加したメンバーはそれなりに充実した表情だったが、表現の入り口に足を踏み入れるのは、敷居の低くなったいま、以前よりも楽になったかもしれないが、その先に進もうとするならばむしろ困難さは大幅に増して来ているのではないかという気がした。
 4日に母方の叔父が亡くなった。62歳ということで、母の一番若い弟だった。よく考えてみれば一周りしか年が違わないではないか。7日が、上福岡で通夜。頼まれていた原稿を書き上げてから出席する。母方の親戚が集まるのは2001年に祖母が94歳でなくなって以来だ。
 大学では会議のほか、大量にたまったレポートや論文の審査をする。唐ゼミ★は春公演「お化け煙突」の準備に入った。11日には読売演劇大賞の芸術栄誉賞を受けた唐さんのお祝いパーティが高円寺で行われる。

2006.02.04

栗本慎一郎さんの会

 3日は神楽坂の出版クラブ会館で行われた「栗本慎一郎さんの出版を祝う会」に出席した。何年ぶりだろうか? 99年に脳梗塞で倒れた後、一度は2000年の総選挙で宮崎学さんらと「電脳突破党」に参加するが落選。その後また後遺症と戦いながら、脳梗塞に関する仕事(リハビリ機器や血栓を溶かす酵素の製造)を続けながら、本当に回復してしまったのだから凄い。久しぶりにお会いした栗本さんは以前のままの姿で、少しだけ左足をひきずり気味だが、とても元気だった。会場には出版界や財界、政治家、タレントらの顔が見えるが、全体としては栗本さんと世代の同じ人たちが多かった。今後は雑誌を創刊したり、栗本自由大学を復活させたりしたいと意気盛んだった。
 栗本さんとは82年頃に何度か手紙で交流し、実際にお目にかかったのは87年の記号学会。その後、90年頃にはぼくの務めていた帝塚山学院大学に講演会でお呼びしたりした。自由大学には二度程お手伝いに行っている。そう言えば、立川健二が企画した紀伊国屋ホールでの丸山圭三郎さんを偲ぶシンポジウムでも一緒になり、その夜は岸田秀、黒鉄ヒロシ、竹田青嗣、栗本慎一郎+うちの夫婦という変な取り合わせで深夜までカラオケをしたりしたこともあった。
 去年栗本さんが出した二冊の本、『パンツを脱いだサル』と「シリウスの都、飛鳥」はいずれも栗本さんらしい本だ。これらの本を読み解くのは難しい。エレイン・モーガンの「水生人類説」とアーサー・ケストラーの「アシュケナージ・ユダヤ人の謎」の話を繋げただけのユダヤ陰謀説のように見える前者や、縄文王朝論や蘇我氏は東ペルシア高原からやってきたというトンデモ歴史観のように見える後者が示しているのは、しかしながら、これは栗本さん流の「妖星伝」なのである。「妖星伝」とは故半村良の信じられない程素晴らしい傑作伝奇小説だが、栗本さんの中にはこの暗黒の生命潮流的なものが押さえようもなく渦巻いている。その迸りを感じ取ることが重要なのだ。本としては『ブタペスト物語』や『パンツをはいたサル』『意味と生命』は素晴らしい。だが、どの本を読んでも栗本さんの溢れるような生命のパワーを感じることができるのは幸せなことだ。
 会場にはほとんど知人がいなかったが、大久保鷹さんの友人の写真家平早勉さん、栗本さんの相棒、宮崎学さんがいた。奥様ともお話が出来て楽しかった。
 大学の方は卒論提出、レポート締切と慌ただしい。img006

2006.02.01

嵐の後

 23日〜29日まで滞在していた全州大学の一行がいなくなって、何だか夢の後のような感じだ。同じこの場所で彼らと一緒に過ごしたのが信じられないほど、いつもの大学の日常に戻った。
 28日は渋谷、秋葉原、横浜などに出かけた組と、宿舎でゆっくり過ごした組とに分かれての自由行動の後、午後4:30からは㈱アートンのご好意で、横須賀の汐入駅前にあるすし屋「北の誉」で60人以上のお別れパーティを開いた。集合に遅れたり、車に乗り遅れたりする者も居たが、ここで7:00過ぎまでわいわいと騒ぎ、ばらばらに二次会の開かれる大学まで戻る。そしてまた9:00頃からいつもの521で飲み会。最後の飲み会ということで、炊事班も頑張っていろいろな食べ物を準備していた。そこからは、歌は出るわ、酔っぱらって抱き合う者はいるわと若さ爆発の飲み会。1:00過ぎまでつきあってタクシーで帰るが、彼らは宿舎に移動して朝の5:00過ぎまで別れを惜しんでいたらしい。
 そして29日は10:00頃に遅い朝食。11:00頃出発して12:30頃には羽田空港に到着する。2:00過ぎのチェックイン開始まではフリータイムにして、各自ターミナルビルで食事や買い物。そこからの手続きが、何しろ荷物の量が半端でないので大変だった。荷物検査だけで一時間以上かかる。その間、みんなで記念撮影などをして別れを惜しむ。最後は出国審査口の通路で一人一人と握手をしたり抱き合ったりして見送る。涙を浮かべている者もたくさんいた。
 そこからまた大学に戻って宿舎と研究棟の掃除や片付け。これが結構大変で8:00過ぎまでかかった。みんな寝ていないし疲れているのでいったん解散。お世話になったベック・ヒョンスンさん、パク・ヨンソン君をねぎらうために何人かでジンギスカン鍋を食べに行き、眠気でふらふらになって帰宅した。
旧暦の元日に当たるその日の深夜、彼らは無事に全州に到着したようだが、後から朴炳棹さんからメールが来て、どうやら出国審査で朴さんだけが取調官につかまってしつこく調べられたらしい。学生の前で恥をかかされたと言ってとても怒っている。確かにこのところの空港職員の態度は世界中どこでも良くないのだが、ベルトや靴下まで脱がされての検査は韓国人にとっては罪人扱いされているようできわめて屈辱的なようだ。ぼくたちが一週間かけて培ってきた友情とお互いに対する信頼関係が、1人の空港職員のこうした態度によって台無しにされてしまうとしたらそれはとても残念なことだ。ただ、そんなことがあったとしても今後ぼくたちの関係はしばらく続いて行くことだろう。お世話をしていた唐ゼミ★の学生たちも彼らの思い出話ばかりをしているし、一週間の間に飛躍的に韓国語が進歩したり、韓国通になったりした者も多い。ぼくにしてもこんな経験は初めてなので(疲れはしたけど)とても楽しい一週間だった。
 そして日常に戻って、締切の近い原稿とか、レポートとか、会議とかに明け暮れる。今週も週末まで忙しそうだ。
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