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2006.02.10

いろいろと

 5日は日曜日だったが、今年一年間非常勤で来てもらった三枝健起監督の映像制作の発表会をする。同じシナリオで8チームがドラマを制作するという試みだが、技術的なことを抜きにすれば、いくつかは(全部ではないが)なかなか面白かった。何よりも初めてカメラを持った連中がそれなりに映像作品を作れてしまうのが面白い。これはコンピュータ音楽でも同じことだが、それなりのものができる。だが、そのほとんどは無意識に蓄えられた映像的記憶の再現や反復であって、彼らがどのような映像経験をしてきたかによって、作られるもののスタイルが自動的に決まってくる。たとえば、リズムマシーンやフレーズが組み込まれた音楽ソフト(たとえば、AppleのGarageband)で曲を作らせるとそれなりのものが簡単に作れるが、それは彼らが記憶していた音楽データベースのようなものからネタが引き出されていることが分かる。編集ソフトの方もその辺りのことはよくわきまえていて、用意されたイフェクトやプラグインを活用することによって、よりプロっぽいスタイルに近づけることができる。
 大学一年生の時にぼくはバイトを沢山やって三年月賦でフジカ・シングル8のカメラを15万円で買った。エディターとか他のものを合わせると20万円超えるくらい。仕送りが3万円の時代だ。結局、シナリオはいくつか準備したものの作品を撮ることはなかった。編集が大変すぎるのだ。現像したフィルムを斜めにハサミで切って専用テープでつなぐという原始的な編集作業は手先の不器用なぼくには無理なことがわかった。そのころと比べるといま映像作品(「映画っぽい」もの)を作るのは容易い。しかし、それだけに何かを「表象」するという行為の意味が自己言及的に問われてくるような気もする。つきつめて考えて行くと苦しい。だから、あまりつきつめずに自分の無意識から流れ出るものに耳を傾けようとするのか?
 打上げに参加したメンバーはそれなりに充実した表情だったが、表現の入り口に足を踏み入れるのは、敷居の低くなったいま、以前よりも楽になったかもしれないが、その先に進もうとするならばむしろ困難さは大幅に増して来ているのではないかという気がした。
 4日に母方の叔父が亡くなった。62歳ということで、母の一番若い弟だった。よく考えてみれば一周りしか年が違わないではないか。7日が、上福岡で通夜。頼まれていた原稿を書き上げてから出席する。母方の親戚が集まるのは2001年に祖母が94歳でなくなって以来だ。
 大学では会議のほか、大量にたまったレポートや論文の審査をする。唐ゼミ★は春公演「お化け煙突」の準備に入った。11日には読売演劇大賞の芸術栄誉賞を受けた唐さんのお祝いパーティが高円寺で行われる。

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