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2006年5月

2006.05.30

とにかく毎日終電帰り

 24日水曜日は椎野裕美子と一緒に南河内万歳一座の「お馬鹿屋敷」を下北沢のすずなりに観に行く。唐さんが来ていて終演後、内藤さんたちと一緒にプチ打上げ。昨年の12月に「仮面軍団」を見た時に書いた日記も書いたが、今回もそれを期待したがかなわず。やや欲求不満。唐さんと久しぶりにいろいろ話して帰る。ひどい雷雨の晩だった。
 26日金曜日は唐ゼミ★打上げ第二弾(?)と言うことで、10人程と飲み会。改札前で話し込み、東横の終電を逃しJRで帰る。土曜も雨だったが、鬼子母神の唐組に。かなりの大雨で劇団員たちも相当疲労していたようだった。そこで噂に聞いた文学座研修科卒業公演の「少女仮面」を、次の日の昼間中野、椎野と観に行く。80年代に本多劇場の「秘密の花園」やパルコ劇場での「少女仮面」の演出を務めた小林勝也さんの演出。全員役を当てなくてはならない制約もあり、もうひとつだったが、歌がすべてオリジナルなのが良かった。そのまま鬼子母神。雨も上がり、なかなかいい感じ。やはり終電。
唐ゼミ★の「ゼミログ」に書かれているように、MIXIに唐ゼミ★のコミュニティが誕生したらしい。また、安達に説得されて椎野裕美子、古川望、前田裕己がblogを始めたようである。続けば面白いね。

2006.05.26

「祭りの後」も忙しい

 いろんなことが矢継ぎ早に通り過ぎた唐ゼミ★公演が終了してから、月曜日は政府系某委員会の初仕事で神田神保町へ。夜は河出書房の「道の手帖・唐十郎」の編集者の新井学さんと少し飲む。その前の、まだ公演中だった土曜日には慶應大学出版会を訪ね「新記号論叢書セミオトポス」の打ち合わせと共に、新しい担当者と別な企画の本について相談する。実は、6月の10-11日に岐阜大垣市にある情報科学芸術大学院大学(IAMAS)に集中講義で行くことを決めたのだが、その時に吉岡洋と連続討議をするのを本の形にしたいという計画がある。
 直接のきっかけは東京新聞に『モダンのクールダウン』(稲葉振一郎著)の書評というのを頼まれたことである。かなり期待を持って読んだのだが、読み終えてみて大きな失望を受けた。何か救い上げようと努めはしたのだが、それができない。まあ、仕方ないのだが著者にはちょっとばかり申し訳ない気持ちはある。新聞書評でネガティヴなばかりというのは、それでは何のために紹介するのだということになるので、一度は断るべきかと悩んだのだが、それはそれで逆に宣伝効果もあるし、中身は十分面白く意味ありますからと言うことで掲載してもらうことにしたのだが、この人のみならず、大塚英志、東浩紀、宮台真司、北田暁大などと言った、これまでどうでもいいと考えていた人たちの本をこの機会にまとめて論じてみたいと思うようになった。なぜならこうした言説の中にこそ、現代の言説環境を取り囲む病のようなものが症候として蔓延しているように思われるからだ(正確にはかなり自覚的に狭い世界に引き蘢っている大塚よりは、サブカル批評を中心に「ポストモダン文化論」を疑似アカデミズム的に展開している東の周辺の人たちに物言いたい気分が膨らんでいる)。吉岡と『反美学』の翻訳をしたのが87年だから二人でやるほぼ20年ぶりのポストモダン文化論ということになる。
 ここできちんと書いたことがなかったかもしれないが、実は今年は文部科学省から「海外先進研究支援」という助成を受けて7月から10月初めまでヨーロッパに行くことになっている。周囲になるべく迷惑がかからないよう夏休みを含めて渡航することになった。イタリアのウルビノでの記号論セミナーを始め、パリとウィーンのほかいろんな場所に顔を出し、いろんな人と会ってくる予定である。1ヶ月以上の長期滞在は初めてなのでとても楽しみだ。その準備もなかなか忙しい。すべてを六月中に済ませておかなければならない。
 そう言えば、記号学会で出会ったNHKの林正樹さんの「TVML」を今年のぼくの基礎演習で取り上げることになった。林さんからのサポートもばっちりで、学生たちも張り切っている。インタープリター型のCGオーサリングツールというのはかなりユニークで、いろいろな可能性を持っていると思うので、力を入れていきたい。
 などなど、同時進行でいろいろなことが始まっている。唐ゼミ★も早くも9月公演に向けて動き始めた。

2006.05.19

「お化け煙突物語」最終公演開幕

 横浜・吉浜町公園公演(あとから、しまったと思ったが中華街最寄りの駅石川町駅裏2分なので、どうせなら「石川町公演」とか「中華街公演」と銘打っておけばよかった)が、19日から21日まで行われる。
 本日ゲネプロ。これまでの反省や悔しさをバネに、とりわけ二幕はこれまでとは見違える程演出が変わった。テンポもよくなり、後半とエンディングは見違えるほどに良くなっている。一週間の間に元気も回復した役者たちの演技プランも冴え渡り、サーカス劇場の清末浩平と森澤友一朗の加わった盲人たちもパワーアップ。リピーターのお客樣方の予約も殺到し、楽しみなことこの上ない。休日にふらりと中華街に立ち寄られ、石川町の逆側に足を向けていただければ、立て看板や旗に導かれて高速道路のあいだにあいたエアポケットのような空間に青テントが立っているのがすぐにわかるようになっている。是非とも、一瞬にかける彼らの輝きを見てやっていただきたいと思う。
 京都、長野、新潟などからも彼らのファンの大人たちが沢山駆けつけてくる。横浜での最後の「お化け煙突物語」—ご来場をお待ちしております。一度見た方もおそらくびっくりすること請け合いです。

2006.05.16

フランソワ・ジョストとINAテーク

 フランソワ・ジョストさんとは、昨年のメキシコ、モンテレーの国際会議で出会った。パリ第三大学の教授であり、フランスのテレビ研究の代表的存在である彼にはテレビに関する著作や、とりわけ「LOFT」という視聴者参加型の「リアリティ・ショー」に関する著作で知られている。モンテレーでは数少ないフランス系参加者として余り表舞台には出ずに、もっぱらぼくたちと一緒にビールを飲んだり食事を楽しんだりしていたのだが、今回石田さんの招聘で来日することができた。
 メキシコ以来の再会ということで、ぼくと会うのを楽しみにしてくれていたらしく、13日と15日のセッション終了後はいずれも一緒に渋谷や新宿を飲み歩いた。
 彼がコンセプト作りに参加しているフランスの「国立視聴覚センター」(Institut National de l'Audiovisuel) では、90年代以来すべてのテレビ番組がストックされており、10万番組に及ぶそのアーカイブは最近になってインターネットで公開されるようになった。要するにすべての出版物が国会図書館に集められるように、すべてのテレビ番組はここに集められ、データベース化されるのである。その一部は無料で、残りも1ユーロ程度の低価格で誰でも視聴することができる。一度ここを見て欲しい。http://www.ina.fr/archivespourtous/index.php凄いコレクションである。この 「イナテーク」のようなものが今後世界中に広がっていくのは間違いが無い。もちろんフランスは国営放送が中心だったということもあり、アメリカや日本では障害が沢山あるとは思うが。
 ジョストは現在57歳で「五月革命」世代であり、その中心に居た学生たちの一人だった。その時に寺山修司の「書を捨てよ!町に出よう!」という言葉がソルボンヌの学生たちの間でも有名だったと初めて聞いた。その後彼は文学研究やカント研究を経て、テレビ研究に移ったということである。
 ゴールデン街でパリでの再会を約して、抱き合って別れた。メキシコで出会った人と東京で再会し、次はパリで会う約束をする。こんな風にいくつかの偶然の出会いが縫い代を作って行く。

日本記号学会「記号としてのテレビ」終了

 東大駒場で開催された第26回大会は石田英敬実行委員長の下に、テレビ関係者及び社会学系のテレビ研究関係者など多くの学会以外の観客を集めて大盛況のうちに終了した。一日目は石田氏、F.ジョスト(パリ大学)、朴明珍(ソウル大学)の三人の基調報告に原由美子氏、小林直毅氏がコメンテーターとして参加、続いて東海大学の水島久光さんの司会で、増澤洋一、原宏之、和田伸一郎各氏によるテレビ・コンテンツに関するラウンドテーブル、7時からは懇親会が開かれた。こちらも大盛り上がり。9時過ぎに終わってからは、吉岡洋、坂本百大、磯谷孝さんらと共にジョストさんと滞日中彼の世話をしているロドリーグ・マイヤールさんと一緒に渋谷の焼き鳥屋へ。終電で帰宅。
 翌日は朝から研究発表の分科会。ラウンドテーブル2は技術部門からのセッションでサーバー型放送に関わる川森雅仁氏、TVMLをやっている林正樹氏、ワンセグ放送の仕掛人佐野徹氏。三つ目が水島さん、西兼志氏の報告に続き、桜井均、金平茂紀、港千尋氏らによる討議‥‥と、まあ盛り沢山でいいかげん疲れた。予定終了時間を1,5時間もオーバーして7時に終了。そのまま花園神社の紅テントに顔を出し、終電。
 さらに月曜日は大学に出てから恵比寿の日仏会館で行われた「日仏テレビ分析の最前線」。ジョストと伊藤守、小林直毅氏らによる3時間の討議。終わってから、ジョスト、マイヤールと新宿ゴールデン街へ。ぼくの学生のチンツィア・コデンも一緒だったので4人のうち3人はヨーロッパ人という変な顔ぶれで店を二回変わる。なぜか別な店で飲んでいた宇野マサシさんご夫妻とバッタリ顔を合わせたりして面白かった。当然この日も終電‥‥。というわけで、ようやくハードな3日間が終わった。金曜からはまた唐ゼミ★の横浜公演で終電が続くことになるわけではあるが。
 ジョスト氏との関わりや飲み会のことは別のエントリーに回すとして、学会のことについて記せば、普段とは違う社会学系の参加者やテレビ関係者などを集め、盛り上がりを見せた大会になった。石田研究室のおかげで大変感謝している。他方、余りにたくさんのゲストを呼び込んだために全体としては詰め込み過ぎでテーマがよく見えてこないというきらいもあった。正直言ってテレビ研究というのがまだまだ低いレベルの議論に留まっており、とりわけそこに自らの鏡像や「進むべき道」を求めているテレビ関係者と、専門領域としてテレビを対象とする「テレビ研究者」が入ってくると、何だか業界政治の談合のような感じも否めなくなる。ソシュール系の記号学ではだめだと言いながら、バースの記号論の解読格子を適用したり、カルスタ系のイデオロギー批判と商業主義にあえぎながらテレビの「公共性」を訴える「マジメなテレビ人」の愚痴など、いろいろなものがそこに陳列されたが、それが統一されたバースペクティヴの下に配置されるわけでもないので、やや散漫な議論に終始したように思われる。
ぼく自身は、「テレビ」というメディアはとうの昔に終焉した/変質したものだと思っている。デジタル情報処理が普及する中で、テレビは汎情報空間の中に取り込まれ、テレビ局は数ある「コンテンツ・プロバイダー」のひとつになっていく。すべてがデータベース化され、これまでフロー型で消尽されてきた映像コンテンツもすべてストックされ管理されるものになっていく。そこで重要なのはそうした情報を引き出し、編集し、「文脈化」する権力である。これまでテレビ局にのみ付与されて来たこうした権力が、デジタル技術の普及によってどんどん分散化され、複雑な映像=権力(文脈化する権力)の政治学が生じていくことになる。その意味では技術セッションが一番面白かった。一ヶ月分のすべての放送をハードディスクに蓄積し、好きな時にそこから好きな番組を選んで見るようなサーバー型の視聴形態や、時間に関係なくすべての番組を引き出して見るオンデマンド型の視聴形態、誰でもワープロで文章を書くように簡単にテレビ番組を作れてしまう林氏のTVML のような個人映像制作ツールの開発、家ではなくどこでもテレビが携帯電話で見れるワンセグ放送などの流れは、テレビというメディアを内側から崩壊させていくだろう。こうしたより開かれた文脈で論じられなければ、テレビ研究は単なるテレビ文化研究となってしまい、それはマンガ研究がそうであるように、従来の「文学研究」や「美術史」の反復に堕してしまうように思われるのである。そうではない新しい視点を作り出すことができるのは、今回の学会で壇上に登場した古いタイプのテレビ人やテレビ研究者ではなく、フロアで話を熱心に聞いていた若い世代の研究者たちに違いない。現状の継続の中からは新しい潮流は生まれないのではないか。確かにアーカイブ作りは重要かもしれないが、本当に重要なのはテレビを古い枠組みから開放して、情報空間、もしくは情報環境の中に捉え直すような新しい理論的枠組みなのではないだろうか。
 そんなことをずっと考えていた。20060513003

2006.05.06

波瀾万丈!「お化け煙突物語」東京公演

 5月3日〜5日の三日間、墨田区業平橋駅裏での劇団唐ゼミ★第9回公演「お化け煙突物語」が終了した。5月2日に朝日新聞東京版に大きな記事が掲載され、予約が殺到。いずれの日も120名を超える満員、とりわけ4日は150名に達する大入りとなった。テントも後方を持ち上げ客席を拡張しなくてはならずうれしい悲鳴を上げることになった。
 もう一つは下町の人々の人なつっこさとやさしさである。記事を見て、昔のお化け煙突の写真額を受付に飾って欲しいと持って来てくれた人、自転車で看板を通りすがりに見て、話しかけてくる人、家族連れで見に来て「面白かったよ」と声をかけてくれる人。みんな素直に喜び大きな笑い声を立てて楽しんでくれている。これもうれしかった。
 意外とこの地域に近い場所に住んでいる人たちも多く、いろいろな人が見に来てくれたが、特に初日は忙しい中、唐さんや唐組/新宿梁山泊の面々、十貫寺梅軒さん、初演時の美術を担当した濃野さんなどが来てくれとても高い評価をいただいた。とりわけ、唐さんには今回三週間以上前の粗通ししか見てもらっていないので心配だったが、とても喜んでくれたのでほっとした。中野たちにとってはこの評価が絶対的である。これで行けるんだということで全員気合いが入り、一丸となって二日目以降に挑むことができた。この日は水戸などからぼくの高校の同級生も来てくれたので浅草に宿を取った。二日目は大久保鷹さん、田村泰二郎さんら。三日目にはこの場所を借りるのに協力していただいた宇野マサシさんや墨田区の高野さん、堀切直人さん、カズモの小澤さんなど数多くの人が足を運んでくれた。
 相変わらず、毎日反省点を改善しながら、大幅に演出や演技を変えて行く。今回印象的だったのはメンバーの一人一人がいつも演技について暇を惜しんで考えている真摯な姿勢だ。新国立劇場公演を経て、もはや、現場での彼らは完全なプロフェッショナルであり、甘えのようなものは一切無い。この戦争のようなぴりぴりした雰囲気がテントを建てた時からずっと持続している。毎日横浜から通わなくてはならないので相当きついはずだが、そこは若さで何とか乗り切っている。最終日はみんなでテントに泊まり込み、今頃は夜明けとともに撤収作業を進めているはずだ。毎日、テントで宴会を開き、いろんな人から感想を頂く。うれしいものもあり、ちょっと反省させられるものもあり、正直いったい何を見ているんだとムカつくものもある。若い彼らを調子づかせ、やる気を引き出してどんどん次の舞台を面白くさせていくものならいいが、意味なく昔の状況劇場との比較を持出したり、自分の願望だけを押し付けようとしたり、改善しようがない役者の身体的特徴などに言及されると腹が立つ。その一方ではとても力づけられることも多い。まあ、そんなこんなで終わった後までも遅くまで芝居のことを議論し、疾風怒濤・波瀾万丈な三日間が過ぎて行った。そういう彼らの姿を見ているとやっぱり若いって凄いなと思ってしまう。ぼくにとっても目を見張らされる体験だ。
 唐ゼミ★は、この公演で2002年の「ジョン・シルバー」に続いて、第三期とも言うべき新しい段階を迎えつつあると思う。昆虫の変態や脱皮のように、この三日間の経験は彼らの頭の中で大きな化学反応を引き起こしたに違いない。しかも、このプロセスは現在進行形で続いている。5月19-21日の横浜吉浜町公演−ここでは脱皮した彼らの新しい姿が見られるかもしれない。彼らがいったいこれからどうなっていくのか、是非見届けていただきたい。

2006.05.01

「秘密の花園」千秋楽と唐ゼミ★東京公演場所

 30日。28日(金)に大学公演を終えテントをバラし、積み込み、移動を終えた唐ゼミ★の東京公演の場所に。押上駅と業平橋駅の間の空き地を訪れる。距離的には業平橋駅が少し近いが、電車の本数も少なく、地下鉄や東武、京成などが使える押上駅の方が何かと便利。運河沿いに歩くとこんな場所がある(唐ゼミ★のゼミログから借用)。0430_1この辺りに2011年になると600メートルという途方もない高さの新東京タワーができるらしい。うーん、これってどんなものなのだろうか。こちらは業平橋ホームからの眺め。Img045
 中央奥に作業用テントが見える。取り壊された建物の土台が沢山残ってはいるが、広々した感じでバックには線路も見えるし、なかなかの場所かもしれない。3日の初日が楽しみだ。
 そのまま、この日千秋楽を迎えるシアター1010の「秘密の花園」へ。昨夜神戸公演を終えたばかりの唐十郎、堀切直人さん、四谷シモンさん、安保由夫さん、佐野史郎さんなどが顔を出している。プロデュースの高橋康夫さん、菅野重郎さん、演出の三枝健起さんら、みんな無事に最後まで走り抜けた充実した表情をしている。この日はカーテンコールから金守珍さん、十貫寺梅軒さんあたりが場を仕切り、打ち上げでも旧状況劇場組が怪気炎を上げていたという感じ。6:00前からの宴会なので9:30過ぎのお開きの頃にはかなり出来上がってしまった。それぞれが二次会に分かれていったが家も遠いしギブアップして帰宅。高橋さんと三田さんは唐さんが台本を書き、安保さんが曲をつけた渥美清と三田さんが出演したNHKのドラマで知り合い結婚した。その高橋さんと一緒に唐さんのドラマを作り始めた三枝健起さん、旧状況劇場の面々と人生のいろいろな時間が交差する場所が作り出されているのが感慨深く、面白い。

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