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2006.07.29

ペトリッリとポンツィオ

 朝電話すると、スーザンは12:00に大学に来てくれと言う。どうやら彼女は息子を迎えに別な町に行かなくてはならず、夕食は無理らしい。彼女とポンチオは先週まで南アフリカ、その直前まで中国の広州の学会に出ていた。そういう忙しい時期なのでまあ仕方ない。

 彼女には男の子と女の子が居て、女の子は一緒に居るが15歳の男の子を今夜迎えに行かなくてはならないらしい。この子たちと来週から二週間ギリシャ旅行をするのでバタバタしているのだと言う。

 と言っても、写真を見るとこの子たちは二人ともアフリカ人である。どういう事情か知らないが養子にしているらしい。そう言えば亡くなったシビオクもそうだった。白人の若い奥さんと黒い子供三人を率いていた。

 バリ大学はふつうの通りにあるふつうの建物いくつかであり、そのうちの「言語学・外国語学部」と書かれている建物の五階に赴く。それぞれのセクションに分かれていて、研究室や書庫や事務室のドアがたくさん並んでいる。そのうちの一つのドアの前に立つと、ポンチオが出てきた。彼は英語はしゃべれないが、フランス語なら少しはできるらしい。

 「スーザンはもう少ししたら来るからここで待っていて」と言われて、しばらく待つとスーザンがやってきた。彼女の研究室でおしゃべり。ひっきりなしに大学院生や秘書(助手?)たちが出入りする。確かに忙しそうだ。

 どうやら、彼女たちの本「Semiotics Unbounded」は、国際記号学会の機関誌「Semiotica」で特集になるらしい。それで、ぼくが頼まれていた書評も、書評ではなくこの本をめぐって何人かが論考を載せるうちのひとつに格上げになるらしく、そのため締め切りも年内に延びることになったと言う。それは助かる。

 また、バリ大学と共に、ウィーンの社会記号論研究所のジェフ・ベルナールにも、ぼくの(形式上の)引受先になってもらっているのだが、今年の初めからどうも具合が悪いらしい。スーザンがその場で電話したが、まだ自宅療養中だと言う。どうも、パニック症候群のようなもので、人と話したり、職場に行くことができなくなっているらしい。ぼくに変わろうかとスーザンが言ったが、どうも億劫らしかったので伝言だけにする。こんな感じではウィーンに行ってもとても話はできないだろう。とりあえず、社会記号論研究所には行ってみるつもりだけど。

 とにかく今回は表敬訪問のようなものだから、一緒に写真を撮り、今後何か会議をやるときには必ずあなたをイタリアに呼ぶから、またバリに来てねと言われた。

 バリは思ったよりもずっと大きくにぎやかな都会で、ショッピング・ゾーンも大きく、ブランドの店も沢山ある。ちょうど仙台くらいの規模で、もしかするとボローニャよりも賑やかかもしれない。南部の商工業の中心地らしい。旧市街の名所は、シシリー島にノルマン人がいた頃に作られた城壁や、サンタクロースの元でこの町の守護聖人サン・ニコラ寺院、カテドラルなどで、一時間ほどで全部歩いた。

 すぐそばにあるアドリア海では沢山の人が水浴をしていた。言うまでもなく、暑い。

 明日は午前中ここで過ごして、午後のバスでナポリに移動する。昨日で懲りたので明日のバスのチケットは予約した。ナポリから後は、とりあえずシシリー島に渡ってみようと思っているが、すべてはナポリに着いてからのことだ。その先どうするか、ヨーロッパ地図をにらんで考えているが、八月末にはリンツで開かれる「アルス・エレクトリカ」に行きたい。オーストリア、ハンガリー、チェコ、ポーランドあたりを考えながら、スペインとモロッコにも行ってみたい。また最後はパリで語学学校にも行きたい。悩みどころである。186021566_106
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