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2006.07.05

オデオンの一夜

 8時にオデオンのカフェ・レストラン「les Editeurs」で待ち合わせるが、15分くらい前に携帯に電話がかかってくる。もう店にいると言うので急いで行くと奥の見晴らしのいい場所に座って待っていてくれた。

 フランソワ・ジョストとは東大駒場で開かれた五月の記号学会の時に二度ほど一緒に飲んでおり、まだそれから一ヶ月半しか立っていない。ビールとワインを飲みながら軽く食事をした後は、付近を散歩する。ジョストは生まれたのはストラスブールだが、6歳からソルボンヌ近くのムフタール街で育ち、大学もソルボンヌ。サン・ミシェル広場のオープンカフェでビールを飲みながら、ここで彼女といつも待ち合わせをしていたと言う。

 68年の時にはデモの最前線で戦っていて、マカダム舗道の石を引きはがして投げていたという。おかげでこの辺りの舗道はアスファルトに変えられたそうだ。

 職場も家もこの近く。田舎にセカンドハウスがあって週末は必ずそちらで過ごすというが、生粋のパリジャンである。日本に帰国する前にまたこの辺で飲もうという約束をし、12時過ぎまでいろいろな話をして、地下鉄で分かれる。写真を撮ろうと思っていたが余りに楽しくて忘れてしまった。添付したのは見ようによってはパリにも見えるが五月に新宿のゴールデン街で写したもの。

 オデオンからサンジェルマンの辺りは深夜までとても賑やかで若い学生たちが楽しそうにたむろしている。いくつかの店は閉店していたり、テナントが入れ替わったりはしているが、この周辺はほとんど変わっていない。多少きれいになったり、住民が入れ替わって全体的にスノッブな感じにはなっているが、付近の映画館や古本屋もにぎわっている。よく考えてみればこのパリという小さな町全体が巨大な美術館のようなものなのかもしれない。この町での過ごし方や楽しみ方は、それによって固定されるのだ。ここに住んでいて映画や美術館に行かないことは考えられない。

 もっともジョストの話ではここ数年フランスの出版業界は本当に業績が悪く、それは若い学生たちが急速に本を読まなくなったからだと言う。それにセーヌ左岸のこの地区では古い物が守られているのに対して、パリ以外のフランスではビジネス・スクールを始め、アメリカ型の教育がどんどん浸透しているらしい。今年からソルポンヌでも「メトリーズ」(修士)を英語風に「マスター」と発音するように変わったらしいし、EU全体の教育プログラム統一のために今年から9月に新学期が始まることになったらしい。

 古き良き人文主義の牙城としてのセーヌ左岸は、いまやフランスの中の少数派になっている。だが、皮肉なことにそのことが留学生や観光客をこの地区に引き寄せ大きな経済的繁栄を保っているわけである。

 それにしても、パリは暑い。ワールドカップの日本戦の時にも暑さが問題になったが、扇風機しかないホテルの部屋やオープンカフェでは汗がとめどなく流れ出す。確かに暗くなると少しは涼しくなるのだが、実はこの季節、なかなか暗くならないのだ。夜十時過ぎにようやく暗くなり、朝の五時過ぎにはもう太陽が顔を出す。ドイツはさらに緯度が高いので、本当に暑かったろうと思う。一日に二度、三度シャワーを浴びないとたまらないほどの暑さだ。いやまあ、イタリアの暑さに不安を感じている。168578789_231

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