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2006.08.01

ポンペイとエルコラーノ

 朝から、ヴェスビオス周遊鉄道に乗ってポンペイ、それからエルコラーノへ。

 ポンペイは今から1900年前にヴェスビオス山の大噴火によって埋もれた人口15000人の都市だ。エルコラーノはその近くの人口五千人ほどの港町。

 ポンペイは大都市だから広い。広場から大小の劇場、野外運動場、さまざまな神殿と何でも揃っている。遺跡とは言うが町ぐるみだから、端から端まで二キロ近くある。家は基本的には火山岩の石造りに大理石や煉瓦を使い、屋根は瓦葺き。屋根まで残っているものは少ないが、銅像やフレスコ画、竈あとやテーブルなど残っている。劇場も千人規模の大劇場と数百人規模の小劇場があるし、野外闘技場は一万五千人全員が入れたそうだ。上水道も下水道も完備、ガラスはないけれど、蒸気暖房や大浴場まで完備した古代都市。

 彫刻や宝物の大半は昨日行ったナポリの国立考古学博物館に保管されているが、いくつかはそのまま遺跡に残されている。

 ローマ文明とは本当に凄いものだ。最盛期のローマの人口は百万人を超えていたそうである。しかも、イギリスやアフリカにまで同じような都市を建設していたのだからなあ。三年前にリヨンで訪れたローマ遺跡も凄かったが、ポンペイやエルコラーノのように完全に保存されているのはやはりすごい。この近辺のどこからでもよく見えるヴェスビオス山は今はおとなしそうに見えるけど、上半分が吹っ飛ぶほどの凄い噴火だったらしい。

 この時期、中国はそれなりだったけど、日本なんてただの野蛮な土人の国だったわけだから、歴史がどだい違う。しかも、木と紙の文明だから何も残らないしね。イタリアを旅行していると16世紀以降なんて本当につい最近の薄っぺらい文明に思えてしまう。それをずっと引き継いでいると自負しているヨーロッパ人がしぶといのはそういうわけなのだ。アメリカがいくらグローバル化という強引な同化政策を押しつけようと、彼らは生活様式を変えることはないだろう。

 それにしても暑くて大変だった。アメリカ人、フランス人、韓国人の団体が多かったが、後は中国人と日本人の個人旅行者か。あまりに広いので人がたくさんいてもごちゃごちゃした感じは全然しない。濡れたタオルを頭にかぶって歩いた。

 さて、明日は船に乗るので更新はできない。明後日はパレルモで、無線LANが使える(予定)。

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