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2006.09.30

パリ日記-9/30

オペラ付近
 前から気付いていたのだがオペラの裏の方がリトル・トーキョー化しつつある。

 元々「京子」という日本食材屋やラーメン屋が多い地区だが、St.Augustin通り奥には寿司、ラーメン、うどん、そばは言うに及ばず、焼肉、雑貨、ほか弁、居酒屋などが立ち並び、他にも日本食偽装した韓国人やカンボジア人の店もある

 なにより、町を歩く日本人の数が異常に多い。

 今日びっくりしたのは、あのBook Offを見つけたからだ。結構大きくて基本的には日本の店と同じ。ただ、値段は高いね。日本で100円均一がここでは2ユーロ均一、1700円の講談社選書が17ユーロだから新刊よりはるかに高い。それでも商売が成り立つのだからたいしたものだ。

 これだけ日本食レストランがあるのでどれにしようかと悩み、ラーメンチェーンの「ひぐま」とどっちにしようかと迷った挙句「なにわや」という関西風うどんの店にした。きつねうどんと巻き寿司のセット、8.5ユーロ。...高い。ちょっと化学調味料のあと味が残る昆布だしはまあまあだったが、ほかはキッチュな味。やっぱりラーメンにしておけば良かったかと後悔する。ちなみにラーメンは6.5ユーロから8ユーロ前後。

 別にそれほどまで食べたいわけではない。

 近くの映画館でオリヴァー・ストーンの「World Trade Center」を見る。

 9.11で生き埋めにされた警官二人が救出されるだけのドラマで拍子抜け。もともとだめな監督だが、どうしようもない。別に炭鉱事故でも、飛行機事故でもなんでもいいじゃないか。最後の「この事件は人間の邪悪さを証明したが、同時にその素晴らしさも証明した」みたいなメッセージがどうしようもなください。

 そういえば、こっちにくる飛行機の中で最近リメイクされた「キングコング」も見たが、これまたどうしようもなかった。最近のハリウッドはへんてこな国策映画か気の抜けた子供だましの特撮物しかないのか? こういう時こそ外国人やマイノリティの監督を起用するときなのに。


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2006年09月24日
18:33

猫平
お久しぶりです。お元気そうでなによりです。
昨日、唐ゼミ見てきました。
皆、見るたびにどんどん成長して、親戚のおばちゃん気分の私としては楽しいです。台詞まわしも声も安定してるし、演技は堂々としてるし、、ものすごいスピード感のある舞台で、3時間半あっという間でした。
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初日
と言う訳で今日から語学学校通いが始まった。昨日はホテルを変わる。

今度はJules Joffrinという地下鉄の駅近く、モンマルトルのサクレクールの丘の裏に当たる。この周辺も適度ににぎやかで庶民的でなかなか悪くない。ホテルもJardins de Parisというパリに10軒ほど系列があるチェーンで、最近リフォームしたばかりできれい。部屋も広いし、有料だったけどWiFiも使えて申し分ない。

ちょっとお腹の具合が悪くなって、1日ヨーグルトばかり食べていたが、朝にはなんとか持ち直して、地下鉄12号線でアリアンスへ。クラスには12,3人居て、国籍もアメリカ、イギリス、スペイン、イタリアと多様で日本人はぼくしかいない。僕を入れた約二名を除いてみんなすごく若い。まだ学部の学生がほとんどだ。レベルは多分昔やったクラスより低く、中級の中か上くらいだが、なにしろ色々忘れているので丁度いい。女の子たちも上品で可愛い子が多いし、このクラスで続ける事に決めた。

本当はテキストを買わなくてはならないところ、先生の好意でコピーカードを借りて本館までコピーしに行く。ここには立派な図書室やマルチメディア室、レストランやネットカフェなどあって、自習する学生たちで一杯である。学食もなかなか充実している。

87年に来たときには、ここには移民してきたアジア系やアラブ系の人が多かったのだが、多分物価が値上がりしたせいか、白人か日本人しかみかけない。その分品は良くなって、ハイブラウな雰囲気なのだが、これはいいことなのか、悪いことなのか? ちなみに二週間で500ユーロ前後だから、日本の感覚だとかなり高い。

コピーしたテキストを閉じるファイルを買いに、サン・ミシェルのGilber Josephへ。ひさびさの学生気分でうきうきである。長いこと学校にいるせいか、学校にいるとなぜか落ち着く。困ったものである。

てなわけで、ちゃんと予習して明日も頑張ろう。と、言いながらほかにやらなくてはならないことや、例の本の方も帰国までに読み終えなくてはならないのだが。

唐ゼミ★の東京公演が、まあいろいろと波乱万丈で終ったようである。いろいろ心配な事もあるが、なにせ僕自身は現場に行けないので、まあ自力で何とか解決し、乗り越えてもらうしかない。唐ゼミには「演劇業界」とは全く違うところで、世界規模での新しい芸術実験をやってもらいたいので、そのためにはみんなでじっくりと話し合ってもらいたいし、自分たちのやってきたこと、やりたいことを(僕が居ないというこの絶好の時期に)みんなで見直してほしいと思っている。
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常の風景

さて、学校がよいの日常であるわけだが、いま滞在しているJules Joffrin地区は18区の区役所がある場所で、結構町はにぎやかだ。大きなスーパーも、肉屋や魚屋も、要するに何でもあってとても便利である。店の人たちも下町っぽくて、とても親切だ。

ちょうどサクレ・クールの裏側にあるので、昨日は周辺を散歩してみた。

テルトル広場からサクレ・クールに行ったことは何度かあるが、裏側は初めてだ。

モンマルトル美術館とか、パリで唯一のブドウ畑とか、芸術家の溜まり場として有名なキャバレー・ラパン・アジルとか、いろいろあって面白い。町並みも渋い。

なによりも裏側の方が、観光地と言うよりもちゃんと生活に根付いて、活きているという感じがした。サクレ・クール自体も熱心な信者でいつもあふれている「活きている」教会なのである。

さて、今日はギメ美術館を覗いてみた。何か思ったよりこちんまりしたコレクションでちょっと拍子抜けした。インド、南アジア、中国、日本、韓国と階ごとに分かれているのだが、網羅的・体系的というよりも、なにか寄せ集めの感じだ。

まあ、ナポレオンはアジアまでは来なかったし、フランスの植民地も少なかったしね。

昔、木下長宏さんが「敦煌遠望」という本で、20世紀の始めに敦煌を調査したぺリオのコレクションがギメにあるというのを読んだので、てっきり洞窟のひとつふたつまるごと盗んできたようなのがあるのではないかと思っていたが、全然そんなことはなく、こじんまりしたものである。もちろん中にはとてもいいものもあるのだが、全体像を見渡すにはほど遠い。これでは、アジアの事がよく分らなくても当然だ。

なお、無料の音声案内はなかったが、ガイド付きツアーで沢山の学生が来ていた。それと市立近代美術館は昔から無料だったというのが、ぼくの記憶である。


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2006年09月28日
03:44

れちな
音声案内はあったけど無料でなくなっていたのでしょうか?堂でも良いことですが・・・以前から近代美術館は無料でしたっけ?有料の特別展の記憶と混じってしまったのかもしれません。気になって91年のミシュランガイドを見てみると入館料15フランなんて書いてありましたが、あてになりません。
ところで、サクレ・クールの裏側のあたりを散策している様子ですが、すぐそばにトリスタン・ツァラの家があります。アドルフ・ロース設計によるもので1926年につくられたもの、15.av.Junot 18e です。
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明日はジュネーヴ
一週間の語学学校通いもひと段落。来週、このクラスに残るのはぼくともう一人だけで、ほかの級友達はそれぞれの国に帰ったり、別の町に移ったりするので、今日でお別れの人も多い。短い期間ではあるが、言葉のリズムや勘のようなものは取り戻せるので、なかなか有意義。来週からようやく20年前のレベルの一つ下のクラスになる。まあ、クラスのレベルと本当の語学力は必ずしも一致するものではないが。

さて、ジュネーヴには古い友人で写真家のアラン・ユムローズが居る。最初に会ったのはやはり21年前、彼が京都の画廊で作品展をやったときに、一緒に大阪の画廊を紹介して回った時だ。木下長宏さんの紹介だった。その後、87年にやはりアリアンスに通っていたときにジュネーヴの彼の家に数日泊まった。この時は楽しかった。まだ彼も暇だったので、夜遊びしたり、彼の生まれたジュラ山脈近くにある村を訪ねて、彼のお父さんにあったりした。すき焼きを作ってあげたりしたが、薄切り肉を売っていないので、硬くて噛み切れないすき焼きになってしまい失敗した。

その後、89年には大阪の現代美術センターで彼の作品展を開くのを手伝った。事前の準備から展覧会の準備や受付などまで手伝ったので疲れたが、茨木のぼくの家や京都の吉岡洋の家に泊まって、日本に長期滞在して帰っていった。

さらに、スイスの雑誌編集者と日本に講演やインタヴューをしにきたときに、水戸芸術館を紹介してそこで開かれた講演会につきあったり、一番最後は95年にフィンランドで国際美学会があったときに、吉岡洋と一緒にボエージュというフランス側にある彼の山荘に泊まって、一緒に旅行をした。

それから会っていない。90年代に二回会ったときに、話の中でかなり考え方の違いにこだわり論争になってしまったりしたのもあるし、お互いに急速に忙しくなってきたりしたこともある。

だから、会うのは11年ぶりである。さっき電話で話したが、印象は昔のまま。再会を楽しみにしてくれている。明日の午後ジュネーヴに着いて、明後日の夕方またパリに戻ってくる。彼の家族たちも歓迎してくれるようだ。どういう人かというと、こういう人である。
http://www.humerose.com

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