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2007年2月

2007.02.24

学生映画上映会、面白いかも!?

 27日(火曜日)の午前11:00から13:00くらいの間、シネマアートン下北沢でショートムービーの上映会をやります。もちろん入場は無料です。


横浜国立大学教育人間科学部
三枝健起監督担当授業「舞台芸術論C」
ショームービー上映会

2月27日(火)午前11:00−13:20

10分間の休憩を挟んで、前半3本、後半2本上映(各編約20分)。ラストに監督のトーク有。

シネマアートン下北沢(すずなり横丁)

 これは映像作家の三枝健起さんにお願いしている「舞台芸術論C」という授業の課題制作で、五組が同じシナリオをベースに約20分間のショートムービーを制作したものなのですが、とにかくこれをただの授業での課題制作にはしたくなかった。

 唐さんの後任人事が凍結されているので、通年の「舞台芸術論A/B」を唐組の久保井研君に、そしてもう一コマ分の「舞台芸術論C」を三枝健起さんにお願いしているわけで、せっかく大学人ではなく現場の人に来てもらっているので、単なる「実技」の授業ではなく、学生たちが自分たちの限界を超え出せるようなものにしたいと毎年色々頭を悩ませている(元々うちの学科は実技授業はやらないカリキュラムなので、スペシャルなプログラムだとして位置づけたいのだ)。

 前に書いたように久保井君のところは、去年は「少女都市からの呼び声」の一幕だけを旧唐研究室の小舞台でやった。唐さんも見に来るというぴりぴりした緊張感の中で、ほとんど演じるのが初めての学生たちが自分たちで練習を重ねて若々しいチームワークを見せてくれてそこそこ良かった。三枝さんは毎週来てくれて、二本のショートムービーを学生たちに撮らせて学内で上映会をやった。それなりに良かったが、まだ普通の実技授業の課題制作の域を超え出ることはなかった。

 良くないのは、それなりに演劇や映画に関心をもっていて、自分たちなりに既にそれらに手をつけている学生たちが集まって来てしまうことである。彼らの中にはそれらの表現についての先入観というか、枠組みが既に出来上がってしまっており、それだけに「こんなもんでいいんだ」「この位できれば充分だ」というような思い込みがある。その思い込みを捨てさせなければ限界を超えることなどはできっこないのだが、その辺りがなかなか難しい。

 久保井授業では三日月座という学内演劇サークルから半数以上が参加したため、発表会自体も彼らのレベルに合わせたものになってしまった。「愛の乞食」の2/3ほどの試演会をしたのだが、上演台本を作っておきながら戯曲の最後まで読んでいない参加者が余りにも多いのに驚いた。集客さえも中途半端な課題発表で全力を出し切れていない彼らに、もう一度自分たちで最後までやりきって、四月に新入生たちに見せるつもりはないかと挑発したのだが、4月や5月にはサークルの予定があるのでと軽く断られてしまった。こんな傑作を上演できる機会なんてもうないかもしれないのに、何てやる気と根性の無い奴らだと腹を立てていたところ、就活に疲れた三年生の一人が自分だけでも絶対にやりたいと言ってきて、新たにメンバーを募り始めた。いま、四月に唐ゼミ☆のテントを借りてやる方向で動いている。こういうのには全力をあげて協力していきたいと思うし、どうせなら関わった者が一生忘れられないような「事件」にしてみたいと思う。

 一方の三枝さんの方は、昨年度は慣れない授業でお互いに不本意だったということで、今年は集中講義にしてみた。学生たちに共通のシナリオを作らせ、カット割り、絵コンテ作りの作業をさせながら、二月頭の集中講義に臨んだ。初日は絵コンテのプレゼンを行い、二日目は各チームの撮影現場を三枝さんが回って助言をするという形で二日間を過ごし、それから三週間の製作期間を取って、今回は学外の会場で上映会を開くということにしてみたのだ。

 三十人程が、既に自主映画を撮っている者を中心にして集まり、五本の作品をもちよった。だが、集中講義の時点でさまざまな問題が生じていた。まず、絵コンテを作る意味がよく分かっていない。学生映画は現場合わせで絵作りをすることも多く、あらかじめ全体構造を作っておくことに慣れていない。また、せっかく作ってもそれがスタッフには行き渡っていないことも多く、結局撮影現場でも監督とカメラマンだけが動いていることになってしまう。せっかく集団で制作するのに、スタッフがただ言いつけられたことをやるお手伝いだけの存在になってしまうのだ。

 いまや性能のいいデジタル・ビデオカメラを使えば、照明なんてなくてもそれなりの映像は簡単に撮れるし、パソコンで編集をするので人数や時間もいらない。映画なんて誰でもそれなりに撮れるのだ。必然的に監督担当の学生の個人的スタイルばかりが突出して、普通の学生映画と何も変わらなくなってしまう。

 そのことに気づいてから、僕の介入が始まり、まずシネマアートンでやるからには、これまでとは違うんだと、チラシ作りから宣伝までやらせるようにした。またメールではなく対面でのスタッフミーティングをやって、全員の士気を高めるように指示した。上映会ギリギリまでに完成すればいいんだと思い込んでいた彼らに19日にスタッフ全員向けのラッシュ上映を命じ、自分の映画の試写会等で多忙の三枝さんにまで来てもらって、作りかけの作品に全員の手厳しい批評を向けさせた。この試写会で学生全員が他のチームの作品がどういうものかを理解し、また三枝さんから手厳しい批判をもらいショックを受ける監督担当の学生が出たりして、その後の彼らはなかなか面白かった。試写会の前から寝る間もなく仕事してきた彼らはまた徹夜の夜を何度も過ごした。出来上がったものを見ても、絵コンテと関係なく現場で変更したり、カット割りの少ない長回しを多用したりと、授業の趣旨が全く学生たちに浸透していなかったことはよく分かったので、僕たちも反省した。

 映画館では映写技師さんが上映をするので前もってテープを渡して欲しいと言われていたので、22日の木曜日が作品提出締切。23日に直接劇場と三枝さんに手渡しで持って行くことになっていた。結局2チームが23日の早朝まで提出が遅れ、担当の学生は大学で夜を明かした。ほとんどのチームが19日からの3日間で大幅な手直しをしていた。編集はもちろん、新たなシーンを撮影したり、見たことのない役者役が5,6人も新たに付け加えられた作品もあった。元々あったシナリオを原型を留めないまで崩してしまったものもあり、これは最初からなのだがほとんど「翻案」と言っていい程、全く違う話にしてしまったチームもある。

 いろいろな反省点もあったが、それなりの手応えも感じることができた。また「愛の乞食」の件や、別に学生たちが進めているフリーペーパーの企画の件もあるし、いい方向に結びついて行けばいいと思っている。学生がやっていることだからと言って、彼らの勝手にはさせない。大人がうまく介入することによって、それが面白くなれるのなら大人たちはどんどん口を出すべきだし、大人だけでも学生だけでもできないことができるようになるはずだと僕は未だに思っている。

 このプロセスを多少なりとも知っている者には、この五本はかなり面白い作品になっていると思う。また、全く知らない人にも少なくとも後半の二本は相当インパクトがあるはずだ。納品用のビデオを見て、僕自身が相当面白かったので、実は迷ったのだが、こうして上映会前にblogに書いている。

 うちの学生をはじめ、これまでのプロセスを多少とも知っている者は、是非27日に下北沢に来て下さい。ただの学生映画上映会とは一味違っているはずです。

2007.02.18

渋谷と下北

 火曜日は大久保鷹デーということにして、渋谷のユーロスペースで上映中の足立正生監督「幽閉者(テロリスト)」を見た後、下北沢ザ・スズナリでやっている鐘下辰男さんのTheガジラ「セルロイド」を観劇。両方とも大久保さんが重要な役で出演している。

 まずはユーロスペースが移転していることを知らずに、だいぶ時間を無駄にしてしまい焦った。必ずあると思ったところに目的物が存在しないととても焦る。坂道を何度も上がったり下がったりしながら混乱して、ようやくコンビニの情報誌で確認したら、道玄坂の方に移転していることを発見。上映時間に間に合うかどうかを気にしながら、井の頭線を通り抜け、ホテル街の路地を走ってようやくたどりついた。文化村の裏にある新しいビルに映画館がいくつか入っている。ユーロスペースは客席数150位のサロンが二つあるきれいな映画館に変貌していてなんだか勘が狂う。以前の狭苦しい感じが日本でも稀なマニアックな小劇場の雰囲気に合っていたのになあ。

 「幽閉者(テロリスト)」は、72年に実際にあった日本赤軍ゲリラによるテルアビブ空港襲撃事件(自動小銃と手榴弾での襲撃、26人死亡、73人重軽傷)のただ一人の生き残り、岡本公三をモデルにしている。共に襲撃した奥平、安田は自爆したと言われており、ただ一人自決に失敗した岡本の囚人生活が中心に描かれている。世界革命を目指して「オリオンの三つ星になる」と宣言した彼らの行動は新左翼系の若者たちに当時大きな衝撃を与え、ぼくが在学していた京都大学西部講堂の瓦葺きの屋根は一夜にして白い三つ星を描いたブルーに染め上げられた(後から、これをやったのは当時公演中だった演劇団の流山寺祥らだったことを本人から聞いた)。

 74年にパレスチナの日本赤軍に合流し、85年に捕虜交換された岡本とその後行動を共にしてきた足立正生は、いわば岡本と直接関わりをもつ当事者としてこの映画を撮ったのだが、焦点を岡本の獄中生活に当てている。度重なる拷問に精神の変調をきたした岡本(映画ではM)の幻想の中に過去の革命家たちやラスプーチンを思わせる牧師らが現れ、問答を繰り広げる。最後に捕虜交換でMは仲間たちの元に帰還するのだが、彼はそれを信じず、仲間たちもすべて敵に囚われて解放された演技をしているだけだと思い込む。もはや彼はどこに居ても幽閉されているとしか思えなくなっている。世界とはいつも既に巨大な刑務所なのだ。

 いわば、「生き残ってしまった」男の物語である。Mは輝ける死から遠ざけられ、死ぬことを許されず、不条理な獄中生活に取り残されてしまう、足立は派手なアクションや、叙事的な、あるいは歴史的な語りを遠ざけることによって、現代を生きる我々が広く共有する絶望と希望を描き出そうとしたのだろう。何よりも足立自身の人生がそこには重ね合わされている。大友良英、ジム・オルーク、飴屋法水、刀根康尚、PANTAら豪華なメンバーによる音楽、四方田犬彦、若松孝二、流山寺祥、赤瀬川源平、平岡正明、松田政男と言った今もなお足立を支える人々らの協力や友情出演と、さまざまな期待とさまざまな思いがこの映画に重ね合わされている。何よりも今もなお複雑で希望の見えない状況にあるパレスチナと日本を足立を介して結びつけたいという思いのようなものが感じられるが、それは何に向かっているのだろうか? 反グローバリズム、反米、反イスラエルという具体的で政治的な身振りへか、20世紀の世界革命の夢へのノスタルジックな帰還か、日本の現状に対する苛立なのか、政治と芸術との結合なのか、それはよく分からないし、当事者たちにも分からないことなのではないだろうか? それは「生き残った人々」から「生き続ける人々」へ突きつけられた、振り上げたもののどこに斬りつけていいものか方向を見失ってしまった刃のようにも思える。

 だが、映画は果たしてこの実際にあった「事実」や「歴史」に拮抗しえているのだろうか? 見終わった後、大きな疑問と疲れが残った。さまざまな拷問にのたうちまわり、精神に失調をきたしていく囚人Mを演じる田口トモロヲの演技はただ大仰なだけで、そのすべすべした健康そうな肌からしても、彼の苦しみは何も伝わってこない。囚人生活をたんたんと描く訳でもなく、幻想シーンにも深みはない。金髪に染め、下手な英語をあやつる日本人俳優たちの演技も興醒めだし、重信房子を思い起こさせる女性革命家を演じた荻野目慶子もただの神経症にしか見えない。論争劇としても中途半端な印象が残った。足立自身がまだ強制送還され戻って来た日本でどんな映画を撮るべきかという態度を決めかねているのではないか。ルパシカのような服を野蛮に着込み、ネチャーエフをイメージしているという革命家の亡霊を演じた大久保さんは登場の時にやたらうれしそうに出てくるのが印象的だったが、この肉体はリアルだ。「生き続ける」肉体なのだ。そういう意味ではイスラエル軍の将校をまるで旧日本軍の将校のように演じた流山寺祥もまたリアルだったのだが、映画は常に観念的な迷路の方に傾斜していき、生きた人間の肉体にはけっして降りてこようとはしない。結局全ては孤独な男の脳の中に生まれた幻想の亡霊にすぎないのだ。そんな隔靴掻痒感が残る作品だった。ただ、足立にしてもこの映画に協力した人たちにしても、彼らが何かを必死になって探し求めている、表現の中に希望を見出そうとしているという志のようなものだけは伝わってくる。次に彼(ら)がどこに向かうのか、そのことは気になるし、見届けて行きたいと思った。

 一方のTheガジラの「セルロイド」についてはあまり語る気が起こらない。まあ、要するに父親のDVによって、トラウマを抱えたまま破滅していく女のゴミだらけの部屋の中に、彼女の妄想の中の父や兄の亡霊、三歳で死んでしまった息子の亡霊が現れて、女が「あんたのせいで私はこうなっちゃったのよ」とか「あたしがどれほど苦しんだか分かる?謝ってよ」とかヒステリックに叫び続けるきわめて気の滅入る芝居だった。誰のせいって、お前自身のせいに決まっているじゃないか。これをわざわざ芝居にして、客に見せるという行為がどんな表現衝動によってなされているのか? またそれを消費の対象として見にきて「深い」とか「人間の根源的悲しさが掘り込まれている」とか等身大の自分の姿を投影して「感動」してしまう観客たちが何を求めているのか、ぼくには全く理解できない。こういう集団的な自慰行為が一般に「真面目な演劇」だとみんな思い込んでいるからなのだが、表現としてぼくにはとても耐えられない。病気を見せびらかしているだけじゃないか。ちょうど山本直樹の「ありがとう」のように、大久保鷹は実存的な暴力性を秘めた父親としてキャスティングされているのだが、あんな使い方をすべきではないし、大久保さんにはあんな女に謝ったりして欲しくない。どうせのことなら、舞台をめちゃくちゃにして暴れ回り、全員を叩きのめし、ついでに作家の首を絞める大久保さんを見たいという想像を膨らましながら、退屈で気の滅入るだけの二時間強の時間を耐えた。

 終わった後、大久保さんを囲んで、一緒に来ていた唐ゼミ☆のメンバー、新宿梁山泊の小檜山君、梶村さん、元状況の田村泰二郎さんらと飲んで、気勢を上げる。

 土曜日は大里俊晴君が大学でやっている連続講義の一環である「佐野史郎講演会」に。佐野さんと大里君のコアな対談でとても面白かった。佐野さんは、金守珍、六平直政さんらと共にぼくと同学年なのだが、16歳の時に中津川フォークジャンボリーに参加するなど、きわめてアクティヴに自分の快感を追求してきた。映画監督、エッセー執筆、俳優業とやりたいことに今でも貪欲に挑戦し続けているのだが、たった五年間しか在籍しなかった状況劇場時代のことを語り出すと、今でもとても熱くなる。これまで聞けなかった裏話や、飴屋法水さんとの関係など、終わった後聞き出すことができて面白かった。ちょっとだけと言いながらかなりビールを飲み、撮影のために京都に行かなくてはならないぎりぎりの時間まで打上げに参加してくれた。この日も数人で横浜駅西口で二次会。

 明日は三枝健起組の映画のラッシュ上映会があり、本番27日のシネマアートン下北沢での上映会まで最後の手直しが始まる。

2007.02.11

いやあ、凄い夜だった。

 水曜日には一類委員長の選挙という物があって、結局入試委員長は必死に免れることはできたが、その代わりに平成20年度の教務委員長ということになってしまった。しかも学部輪番で全学教務委員長になる年回りだと言う。できれば逃げたかったが仕方ない。それに、学生たちに直接関わるセクションなのでこの際、言いたかったことを言って、もう少しいい形のシステムにしていきたいので、ポジティヴに考えて行きたいと思う。ま、とりあえずは副委員長だし、来年のことだしね。

 木曜日は今年で非常勤が終わった多摩美の学生が二人訪ねてきて、横浜駅近くで飲む。話をしながらつい入れこんでしまい、結局終電まで。

 金曜日は、扇田昭彦さんの『唐十郎の劇世界』の出版記念会。唐さんの肝入りで高円寺の沖縄料理屋で30人程集まったのだが、いやはやメンバーが余りにも凄かった。企画者の堀切直人さんはじめ、司会の金守珍、唐組、梁山泊、唐ゼミ★の幹部、西堂行人、松本修、松岡和子、立花義遼、樋口良澄夫妻、河出の新井学さんたちと、そして何と言っても状況劇場OBの四谷シモン、麿赤兒、十貫寺梅軒さん、安保由夫さん、さらには二人揃ってお会いするのが久々の劇団第七病棟の石橋蓮司、緑魔子さんたち。一次会から凄いテンションの会になり、唐組のアトリエに場所を移した飲み会では、麿さんや魔子さん、蓮司さんの唄が飛び出す。唐ゼミ★の椎野裕美子と禿恵も気合いを入れて唄を披露するが、とにかくオリジナル状況劇場メンバーのパワーに押された一夜だった。これに大久保鷹さんが入っていたらさらに凄いことになっていたろう。北高円寺の中通商店街からアトリエまでの間、蓮司さんと魔子さんと三人で話して、二人の腹を割った話を直接聞けたことも印象深い。60代の後半に入っても、とにかくこの人たちは夢を忘れず、心が若い。果たして第七病棟の次回公演があるのか、ないのか、いろいろ複雑なことが絡みあって先が読めないことではあるが、何とか実現していただきたいものだ。だって、こんなにみんな年を取っても若々しい夢に燃えているのに本当にもったいないもん。写真は超レアな、ギターの弾き語りをする麿さんと、盲導犬の銀杏の唄を歌う魔子さん。扇田さんの本の書評を頼まれて来週か再来週の「週刊読書人」に出ることになっている。
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 もったいないと言えば、土曜日に試演会が開かれた、久保井研に頼んでいる「舞台芸術論」の「愛の乞食」。こんな名作をやれるのに全力を出し切れていないうちの学生たちに失望。終わった後で話し合うが、半数以上が台本の最後まで一度も目を通していないことに驚いてしまった。しかもその多数が三日月座という演劇サークルのメンバーだったことで、久しぶりに学生たちにぶちきれる。余りにももったいなさすぎる。この件はまだ不確定だが、何人かはやる気を見せてくれたので何とか次につながるようにしていきたい。

 その裏では先週気合いを注入した三枝健起さんの集中講義組の映像作品の撮影が続いている。こちらの方は27日にシネマアートン下北沢で上映会をセットしてあるが、妥協なしの全力投入した作品を見せてもらいたいものだ。彼らにどんどん介入してどんどん追いつめていきたい。

2007.02.06

日記

 この時期は卒論提出、入試など重なってなかなか大変な時期である。
 
 1/27日は久しぶりに京大の科研に。快晴で暖かい。

 京大美学の岩城見一さんが京都国立近代美術館長になって代わりに吉岡洋が美学担当の教授になったのだが、旧組織のままの科研なので美術館での半公開講演会となっている。発表者は京都精華の佐藤守弘さんと神戸大学の長野順子さん。他に、例の学生刺殺事件の処理で大変な京都精華大学学長、島本浣さん、京大の篠原資明さん、京都芸大の魚住洋一さん、国立国際美術館の加須屋明子さん、神戸大学の前川修君など賑やかなメンバーで飲み会。結局最後は三次会になり、かなり酩酊した。

 まあ、これも一種の同窓会のようなものである。篠原さんは最近『ベルクソン』(岩波新書)という不思議な本−−なぜなら、全くベルグソンの入門書などではなく、自分自身の哲学的遍歴の書であるから−−を出したところで、久しぶりに論争になる。

 彼は、「我々はどこから来てどこに行くのか?」という問いに答えるのが哲学の本来の役割だというところから始めているのだが、ぼくはそんな風には考えない。哲学の役割はそんなこととは全く別のところにあり、基本的には個人の人生の終わりと共にその役割を終えるものと考えているからだ。もちろん、あらゆる言説と同じように、それが流布し、他者の中に生き続けて行くことはあるのだが、形而上学的な命題を作り上げることが思考の目的だとは思わない。

 翌週は卒論提出が31日にあり、いつものことだがいろいろな問題が起きて大変。この日は会議が5つもあり終了したのはほぼ夜8:30を回っており、同僚の清田友則君、大里俊晴君と飲んで帰る。木曜日は、渋谷で三枝健起さんと打ち合わせと称する飲み会。週末二日間の集中講義の計画を立てる。

 土・日が三枝健起さんによる集中講義「舞台芸術論C」の本番。5チーム、四十人近くによる映画製作の実習なのだが、同一のシナリオで20分程度のショートムービーを作る。限られた日数でどこまでこなすかが大変で、結局はつききっきりになる。それ自体が映画の現場のようなタイトな授業だった。それでもたった二日間で学生たち(の何人か)が目に見えて変わっていったのが良かった。ただの大学教員ではなく、ある意味で大学のことなど何も知らず、何人脱落してもいいから、限られた何人かにでもひたすら映画を撮ることののノウハウを叩き込もうとした三枝さんの姿勢に学ばされた。まあ、なかなかああいうやり方はできないけれども。

 このショートムービーは学外での上映会がされることになっている。2月27日の昼間、下北沢のシネマアートン下北沢でやることになった。

 ぼくはこういう現場の授業は一年生の基礎演習以外ではやっていないのだが、立ち会っているとやはり血が騒ぐような気持ちになる。また、自分でも何かやってみたくなった。

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