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2007.03.26

卒業

 卒業式が終わった。毎度のことではあるが、何だかぐっと重い気持ちになって、とにかくこの日は気疲れする。本当に毎年のことなのだが、どうも余り比較したり相対化したりすることがいつまでたってもできない。もう、先生になってから、この日を25年近くの長きにわたって迎えている。

 自分のことを反省してしまうのも毎年のことだ。どうして、もっとこいつらと本気で渡り合うことができなかったのだろうか? こいつらの自分でも気づいていないいいところをどうしてもっと引き出してやれなかったのだろうかと考えて、どうも気分が重くなる。これまたいつものことではあるが、たいてい体調まで悪くなる。

 先生にできることは結局のところもの凄く限られている。人に教えることなどは原理的にできないのだ。人は学ぶことしかできないのである。人が学ぶことの口実になることだけが教師にとって可能なことなのだ。それは「壁」になることであり、この人を乗り越えないともう先に進めないと本気で思わせることなのだ。その点で、ぼくは「褒めるのが教育」という派閥には与しない。狭い世界で先生に褒められて調子に乗るような奴らに未来はないに決まっている。だから、先生の役割は憎まれ役であると基本的には思っている。それでも、ただの憎まれ役だと避けられるだけで終わってしまうのが、ちょっと難しい。それに、「先生は本当は優しい」とかすぐに言われてしまうのも余りよろしくない。ゼミの学生ばかりではなく、在学中避けられてしまって余り顔を合わせることのなかった学生たちと会うのも苦しいし、それなりに関わりがあったのに卒業パーティに顔を出さない学生のことを思い浮かべるのもまた苦しい。結局、卒業式の日は先生としての自分がテストされているような気分になるので、とても苦しいのだ。まあ、こんな風に正解が出ないのが人間のコミュニケーションというものである。一律に授業を「改善」したり、数値化したり、「教育再生」できると考えるような人たちに馴染めないのは、それらがこうした割り切れなさとは無縁な思考から生み出されているからである。マニュアルからは何も新しい物は生み出せないのだ。

 ちょっとだけ春休みっぽくなったが、まだ送別会とか人と会ったりする機会が多く、そうこうしているうちに来週はもう新学期になる。時の進み方が早い。車検を済ませたり、フィンランドの学会の準備とかもしなくては。

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