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2008年2月

2008.02.24

ひと段落したので…

 舞台芸術論B,Cの発表会が14日、15日と連続で行われた。

 望月六郎組のショートムービー上映会は14日の晩に横浜駅西口の会場を借りて実施。約100名弱が集まった。

 一週間前に監督にきてもらってラッシュ上映を行ってから、再編集と簡単な撮り直しで大丈夫と言われたひと組を除いて、残り二組は「手直し不可能」と言われてしまい、そこから戦いが始まっていた。二年の女子学生監督は無理な日程の中でスタッフ、キャストを集めて撮り直しと再編集。毎日徹夜で大学で作業をしていた。一方、単位無関係に参加した一年の男の子は、初めての撮影で音がよく拾えておらず、画質もバラバラで、手直し不可能。全部アフレコしなおすか、いっそ開き直ってメタ・ムービー風に作り直すしかないと言われ、最初は落ち込んだ自分の姿を映すとか、「ニコニコ動画」風に画面をコメントで埋め尽くすとかいろいろ言っていたのだが、自宅で一人でやっていたせいで上映会の三日前にクラッシュ。「上映会には出ません」と言う。呼びつけて話を聞くと、強い自己嫌悪に捕われてテープもデータもすべてめちゃくちゃに破壊してしまったので何も残っていないと言う。手伝ってくれた5,6名に悪いと思わないのかと言うと土下座して謝る。最近の子は追いつめるとすぐに土下座する。テレビか漫画で見ているからだろうか? 本当に謝っているのではない。追いつめると「じゃ、どうすればいいんですか?」と逆ギレる。

 どうしようもないのでそのまま帰宅したら、10:30くらいにメール。「お恥ずかしいがカメラケースの中に粗編集したディスクが一枚残っていた。二年の子から一人でやっていないで、一緒に大学でやらないかと言われたのでいま大学に戻った」と言う。さらに女の子から電話がかかってきて、カメラケースは先生の研究室の中にあるらしい。鍵がかかって入れないとのこと。しばらく悩んだ末に、今から鍵を渡しに車でそっちに向かうから、お前も自転車で新横浜方面にできるだけ走ってこい。というと20分後くらいに全距離の半分近くで全速力で風の中を疾走してくる自転車に遭遇。結局、それから4,5人が大学に集まって徹夜で作業をしたらしい。そこまでは良かったのだが、次の日の上映会打ち合わせにことごとく遅刻、欠席。上映会で望月監督に「また次を作れよ」と励まされたのに「当分はもういいです」とヘタレな返事で拍子抜け。打ち上げでは、自分のシナリオが採用されず泥酔した女子学生に力は加減してはあったもののしっかりグーで殴られていた。そんなこんなも今時の学生らしい。でも、もう少しがっちり追いつめておけば良かった。

 一方の久保井組はその間も稽古。結局は唐十郎が見にきてしまうことに危機感を抱いた久保井研は連日7時間の猛稽古。三日前までは最後まで行けていなかったのに猛チャージを見せ、15日の本番に。本番の前の日は久保井も泊まりこみ、朝から通し稽古。唐さんが見にきた1時の回と5時の回、見違えるような気迫にこもった演技をした。唐さんも喜んでくれて、同じ日に初日を迎える唐組の鳥山昌克君が柳橋でやった一人芝居「眉隠しの霊」に行く前に結局焼酎を何杯か飲んでしまう。唐ゼミの中野が唐さんと同行したが、結局朝方まで飲んでいたようだ。大学での打ち上げも全員が解放感を爆発させ、泣き出す者もいて大変。それでも、久保井が「来年も手伝ってくれる奴手をあげろ」と言うとパラパラしか手が挙がらなかったり、まだ2年生なのに「大学四年間で今日が一番楽しい日だと思います」とスピーチする者も居てちょっと鼻白む。要するに3年からは就職活動とか何やらでもう楽しい学生生活はないと思っているわけだ。まあ、授業の枠は完全に突き抜けてはいたけれども、所詮は授業やサークルではそこの壁は越えられないのかもしれないが、それでもこのメンバーはいろいろな困難を乗り越えて結束力が強まり、みんなで「動物園が消える日」の舞台となった東京ディズニーランドに行ったり、近畿大学の「動物園」にも8人もがやってくるなど、今回のことは記憶に深く焼き付けられたに違いない。

 その間、18日には中野をはじめ唐ゼミ総勢6名が韓国・全州に出発。27日晩の韓国版「盲導犬」公演に向けて準備を始めた。韓国人キャストの風邪と接待攻勢に耐えながら、ようやく舞台のセッティングまでこぎつけたらしい。

 そして、22日から24日までの三日間、東大阪の近畿大学での近大版「動物園が消える日」。23日日帰りで行ってきた。鶴橋でお昼を食べ、長瀬のホームに降りると、横国版の動物園職員を演じた二年生と一緒。そのまま大学町を歩いていると、不動産屋のセールスに「お部屋探しているんじゃありませんか?」と声をかけられ、どうやら受験生と父親に間違えられたと分かり気分が悪い。近大は三年前の「唐十郎フェスティバル」以来。駅前商店街の様子は少しさびれていて不景気を感じさせる。キャンパスに入ったら早速チラシをまいている学生に遭遇。土曜のマチネということもあり、100名ほどの客席はほぼ満席だった。エレベータで松本修さんに会い、研究室で西堂行人さんとしゃべっていると、うちのチームから8名が深夜バスなどで駆けつけているとのこと。唐ゼミ副代表の新堀航も来ていた。何しろ、一週間前にやったばかりの芝居であるから、客席でもうちの周りばかり賑やかだ。キャストはみんなキャラが立っていて面白い。全力でやっているので見ていて気持ちがいい。灰牙をやった小林徳久君は、近大版「唐版風の又三郎」の宮沢先生をやった卒業生だが、演出補という役割で唐さん、松本さんの片腕として頑張った。基本的には唐組版の音楽なのだが、やはり久保井版と比べると細部の演出が弱い。今回からは授業ではなくて「唐十郎演劇塾」という自主公演の形を取っているので、参加者のやる気と気迫が伝わってくるいい舞台なのだが、二幕に入るとやや息切れが目立つ。一番の違いは舞台装置で、役者の手作りでひとつひとつのブツが役者と対等に主張してくる唐組系の舞台とはちがってミニマルでリアリスティックな舞台美術がやや物足りない。久保井組では、教室を使うことで断念した本水も使っているのだが、その割にはエンディングの迫力は伝わらず。やはり、主演と演出はなかなか両立させることは難しい。だが、その小林君の灰牙はなかなか頑張っていて、唐さん一押しのオリゴ役、森レイ子さんは、楽屋で見かけた時とは一変して舞台映えする艶やかな姿で大器を感じさせた。あれで場数を踏んで行けば大化けするかもしれない。

 久保井組の学生たちは夜の回も見て行くというので、近くの中華屋で早めの夕食をおごる。松本さんに伝えておいたので、どうやら終わった後の打上げにも入れてもらえて楽しく過ごしたらしい。雪も降り出し、身を切るように冷たい暴風が吹荒れる中、ぼくだけ新幹線で帰宅した。明日は入試、明後日から韓国に行ってくる。
Kindai

2008.02.02

一月も終わった

 今のところうまくいっていることと、いま一つうまくいかないことがごちゃごちゃと絡まり合い、とにかく慌ただしい一月だった。大学でいろいろ仕掛けていることで、学生たちがここ数年記憶にないほど頑張ってくれているのは楽しい。卒論とかゼミとかなかなかうまく行かないことも多いけど。一番駄目なのが自分の仕事だ。結局、伸ばし伸ばしにしてなかなか手をつけられずにいる。このblogが更新されないのもそういうことなのかもしれない。原稿書いている時には、結構気分転換でここにも書く気になるものね。

 唐さんの流れを組んで、唐組の久保井研に面倒を見てもらっている「舞台芸術論A/B」の発表会。「動物園が消える日」のメンバーが2チームに分かれて日夜稽古に勤しんでいる。去年の「愛の乞食」の件がいい影響を与えているようだ。2月15日に唐研の小舞台で昼夜と試演会を行うが、これが楽しみだ。現在水戸芸術館に客演中の久保井研も来週からは毎日駆けつけてくれるようである。

 「動物園〜」と言えば、現在同時進行で唐さんが行っている近畿大学でもやっていて、こちらの試演会は2月22-24日。うちのメンバーも10人近く大阪まで行きたいと言っている。こういう相乗効果があるとみんなのやる気と気迫が違ってくる。92年初演のこの作品は、唐組では00年に盛岡だけで二日間再演、02年と03年に唐ゼミが三日ずつ大学と金沢でやっている。金沢の元サニーランド跡地や県立動物園でカバと対面したりといろいろ思い出深い作品。

 同じく去年は三枝健起さんに担当して頂いた「舞台芸術論C」では、今年、望月六郎監督にお願いして20本のシナリオから選ばれた3本のショートムービーの制作中。三人の監督は一月に新小岩の望月宅に招かれて、手作り鍋で激励され、かなり頑張った。こちらは、14日の夜に市内の某所で上映会を計画中。こちらも凄く楽しみだ。

 一方、唐ゼミ☆と日韓共同制作を行う全州大学演劇科の学生たち7名が1月21日から訪日。31日に帰国するまで、韓国語版の「盲導犬」の準備に明け暮れていた。こちらは、日本側6名が2月18日から訪韓。27日に全州大学のホール(600席)で、新入生歓迎イベントのひとつとして公演を行う。ちょっと画期的な出来事であり、公演にはぼくも合流する。

 その他、卒論発表会とか、大学運営に関する会議とか、入試とか、おつきあいとか二月は何かと忙しい。春休みは毎年どんどん短くなり、3月26日に卒業式で4月2日には入学式だそうである。法人化以来、学長権限を強化し、中央集権化を進めると同時に、個人や各研究部門の自発的な研究計画の策定と外部資金の獲得推進という、いわば事業部制的なネットワーク化という完璧に矛盾しており、絶対に破綻するほかはない大学政策を進めてきた責任者たちはいったいどうするつもりなのだろう。もう、取り返しがつかないほどに、日本の大学は破滅への道を踏み出してしまっている。どうしようもないね。まあ、どちらにしても世界も日本もどんどん悪くなることは確実なので、でも、そんなことではけっして消されることのない生き物の輝きを引き出していくという楽しみは、身の回りにいくらでも転がっているので、めげることはない。負け組にこそチャンスが残されているのだ。

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