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2008年9月

2008.09.13

横浜トリエンナーレ2008開幕

 というわけで、あれから7年が経ち、第3回目の横浜トリエンナーレが始まった。ちなみに上の公式サイトには「過去のトリエンナーレ」ページの第一回の紹介にはバッタの写真が使われている。ありがたい。

 12日が内覧会+オープニング・レセプション。神奈川「近代」美術館の水沢さんに総合ディレクターが決まり、CCAに丸投げしたようなキュレータ選出、アーティスト選出の経過を見ていて、まあ官僚仕事でどうせ夢も野心も冒険も希望もないのであろうなあとは予測していたのだが、まあまさしくその通りの仕上がりだった。大量の招待客と、大桟橋の大ホールでのパーティ。おそらくはキュレータ同士での連携も、アーティストとの対話もほとんどないまま、統一テーマの「タイム・クレバス」に合わせて、企画者とアーティスト同士の間に広がる無数の巨大クレバスというか空虚ばかりが目につく展覧会である。

 その中心会場とおぼしき「新港ピア」(新設された仮設倉庫二棟)のしまりのない展示を見ると、サイト・スペシフィックということが全く配慮されていないことが分かる。作家と会場の組み合わせも全く意味不明。戦争のようだった第一回はともかくとして、川俣正が全体をきちんと監修して、プレイ・グラウンドではあるが、お祭りの場として成り立っていた第二回と比べても、大幅に見劣りしていることは否定しようがない。ある意味で前回まで引き継がれてきていたアジアン・ポップ的で「楽しい現代美術」的な作品はほとんど影を潜めており、何かヨーロッパのストアハウスでの「まじめな現代美術作家」展のような印象。ヨーロッパのキュレータたちの好みなのだろう。作品は映像中心で、しかも「暴力に満ちた悲惨な世界 vs. 部屋の中に引き蘢って怯えている私」のようなテーマのものがとても多い。アセンブラージュで「私の部屋」を作るようなインスタレーションやインタラクティブな音響作品も目立つが、いずれも会場の空間とマッチしておらず、散漫で空虚な印象しか残らない。街中の巨大展示のようなものが今回は少なく、会場の外にせり出してくるランドマークがない(バッタや、イチハラヒロコやダニエル・ビュランのフラッグのようなもの)のがさびしい。

 三渓園会場だけ時間がなくて見ることができなかったが、他に赤レンガ倉庫、BankArt-NYKの新しい二階三階スペース、ランドマークタワーのショッピングゾーンの吹き抜け空間に置かれた作品、トリエンナーレとは別に清水敏男事務所が13-15日の三日間だけ設置しているフロリアン・クラールの巨大木造彫刻「フライング・ダッチマン」を見た。他でも黄金町、日ノ出町付近では「黄金町バザール」も開かれている。横浜市はこういう「対抗企画」や「便乗企画」をもっともっと受け入れて、盛り上げてあげればいいのだ。本展がこれだけパワー不足なのだから、せめてそれに合わせてさまざまな展覧会や展示企画をどんどん受け入れた方がいいに決まっている。ボランティアばかり集めるのではなく、こういうことをやりたい、本展を食ってしまうような展示をやりたいという人たちに金と場所と自由を与えてあげた方が、規制したり、行政主導の企画を増やしたりするよりもずっと効果的なのになあと残念に思う。ドクメンタやベネチア・ビエンナーレが面白いのはこういう「対抗展」のようなものが沢山あるからなのだ。

 会場ではいろいろな人に久しぶりに会う。新港ピアでは第一回の時にはバッタの担当の一人で、今回は事務局長に出世した国際交流基金の伊東正伸さんが、入り口でうろうろしているのにばったり出会ったほか、京都大学の篠原資明さん、森美術館の逢坂恵理子さん、水戸芸術館の森司さん、NYKでは第一回目のディレクターで国立国際美術館長の建畠晢さん、その時のスタッフで釜山ビエンナーレのオープニングを終えてきたばかりのフリー・キュレータ東谷隆司さんご夫妻と、またパーティでは松濤美術館の光田由里さん、清水敏男事務所の展示ではディレクターの宮本裕子さんと会う。ふだんめったに美術展のオープニングには行かないので、凄く久しぶりに会う人が多かった。

 明日は唐ゼミ☆の米沢公演に顔を出す。

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