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2009年6月

2009.06.26

20日はじまりの森におけるプレヴューの動画です。

 Youtubeより。
 あらためて見てもとても不思議な光景ですね。

2009.06.17

バッタも外に出てきました。

 開港博ヒルサイド会場でのメディアプレヴューに登場した巨大バッタと竹の海原。
 今回はパフォーマンスが面白い。音と照明で盛り上げます。それから、触覚も本番では立つ予定。
 20日の朝にはベイエリアに降りて行って、La Machineのクモとのツーショットを実現します。その後、お昼頃には高島町のジャックス・モール裏〈スーパー・オートバックスの向かい〉の空き地で公開予定。
 さらに天気がよければ、西横浜駅近くのTVKハウジングセンターの線路沿いに21日まで設置予定です。電車に乗っていると突然巨大なバッタが現れて驚くことでしょう。
 本番は7月4,5日からですが、それまでに思いがけないところに出現するかもしれません。
 その後はしばらくお休み。8月の土日に再登場します。
P090616l02

2009.06.08

だいぶ、サボってしまった

 というよりも四月終わりから怒濤のような毎日で、立ち止まる余裕がなかったというのが本音である。

 「怒濤」は連休明けまで続いたが、そのことは諸事情によりあまり具体的に書けないので、まずは五月の二・三から始まった、劇団唐組「黒手帳に頬紅を」。もう後一週、花園神社で千秋楽を迎えるわけだが、唐さんの底力は凄く、最後まで無事に乗り切れそうだ。台本は七月号の『悲劇喜劇』に掲載されている。ここでもまたいろいろなことがあったのだが、これまた諸事情により明らかにすることができにくいことばかりだ。とにかくここも波瀾万丈。会場と紀伊国屋書店で購入できる、読売新聞社による3枚組のDVD「ロングインタヴュー・演劇曼荼羅・唐十郎の世界」はなかなか秀逸なできばえで、これまで語られなかったさまざまな事実が明らかになっている。また河出文庫版『完全版・佐川君からの手紙』も刊行。単行本未収録の短編小説もいくつか含まれている。こちらは、このところ毎公演、毎日足を運んでいる河出の編集者・新井学氏によるもの。

 また、ついでではあるが、同じく紀伊国屋書店『戦後日本スタディーズ〈2〉60・70年代』には、ぼくの書いた唐十郎論が掲載されている。タイトルは〈「唐十郎」という視点から見る戦後日本演劇―「アングラ」から遠く離れて〉となった。

 また、五月十六〜十七日は東海大学主催の日本記号学会大会が、伊勢原にある東海大学医学部で開催されている。大病院の中で医療やメディアの問題を討議するという刺激的な企画だったが、結局は宿を取り毎晩若い人たちとわいわい議論できたのが楽しかった。何人かの卒業生たちとも会うことができたのもうれしい。みんな元気で頑張ってくれているようだ。

 二六日から一週間はウィーンで開かれた「Coded Culture」という展覧会とシンポジウムを合わせた企画に参加。横浜に来ているGeorg Russeggerが頑張って実現まで漕ぎ着けた国際会議である。先にウィーン美術大学で集中ワークショップをやっていた京都大学の吉岡洋の泊まっている普通のアパートに滞留。広い部屋を独占できた上に、台所も充実していて楽しい。日本からはメディアアートのアーティストたちのほかに、草原真知子さん、四方幸子さん、住友文彦さん、そして住友さんと一緒に横浜で開かれる国際映像フェスティバルの企画をしている、元室井ゼミの遠藤水城君たちが来ていて、文字通り五日間みっちりと日奥の交流が行われたわけだ。シンポジウムの方は聴衆が少なくてやや残念だったが、それでも充実した五日間だった。ウィーンの街はしっとりと落ち着いていて、あまりグローバル資本主義に浸透されてはいないように見える。驚いたのはタバコの規制がほとんどなく、みんなどこでもタバコを吸っていること。美術館の中でも平気で吸っているのには驚いた。セッションは午後からなので、昼までの自由時間にいろいろなことをする。今回は美術史美術館の向かい側にある自然史博物館を見ることができたのが楽しかった。シンポジウムで発表した原稿は、「無限プチプチ」や「Wiiシステム」を例に挙げて、それらによってはけっしてカバーすることができない身体性の問題を扱ったものであるが、近いうちにここにも公開したいと思う。

 そのまま六月二日の朝に帰国して、そこからはすぐさま開港博のヒルサイド会場で行うバッタの地上置きのための折衝に入る。ヒルサイドでの公開は7月4,5と8-9月の土日だけなのだが、その前のマスコミ用の内覧会や、宣伝のために20-21に行うベイエリアでの顔見せのための折衝など、ひとつひとつクリアしておかなくてはならないことが数多く、朝から晩まで駆け回る日々が続いて少し疲れた。その間、一般募集で集まったボランティアの人たちとの顔合わせ、8-9月の夕方からバッタの前で行われる劇団唐ゼミ☆企画のパフォーマンスのリハーサルなどもあった。2001年の時のバッタチームから生まれた唐ゼミが成長して、どんどん現場を作り出して行ってくれるのが頼もしい。

 去年から一年越しの難産となった平凡社新書のタバコ本『タバコ狩り』もようやく見本刷りが出来上がり、来週の15日からは書店に並ぶ。単なるタバコ本ではなく文明論として読めるように書いたつもりだが、どうせまた一部だけを取り上げてのバッシングの嵐に見舞われるのだろうなとは思うが、現在の時点では最も客観的で冷静な視点で書いているつもりなので、タバコ問題に関心のない人にも是非読んで頂きたいと思う。それにしても、四月になって新しい新書がどんどん現れてきて、もはや新書ブームというよりも新書ラッシュといった体である。書店の新書コーナーを見ていると、まるでインターネットのポータル画面を見ているような気分になる。

 インターネットのニュースが新聞の代わりにならないのは、一行の見出しだけで記事を読ませなくてはならないということでも明らかである。記事の大きさや配置といった編集はそこには介在できず、ジャンルごとに均等にならべられたindexだけが読者の関心を引かなくてはならない。そこで、ちょっと奇抜な見出しや読者の気を引く思わせぶりな記事が最も読まれることになってしまう。いわば従来の新聞やマスコミがPush型のメディアであるのに対して、インターネットニュースはPull型のメディアで、読者がクリックしないと記事の全文を読ませることはできないわけだが、それが必ずしも重要な情報であるとは限らない。新書もそうで、タイトルと帯のキャッチコピーだけでそれが手に取られるかどうか、そして購入されるかどうかが決まる。新書ラッシュが意味しているのは、書店という場所がまさしくポータルサイトに変わりつつあるということのように思われる。地味な単行本やロングセラーはどんどん店頭から撤去されて行き、結局はamazonのようなネット書店で買われるようになっていく。昔ながらの出版社や書店がこうした状況ではどんどん生き残りにくくなっていくのは防ぎようがないように思われる。

 そういえば、4月からのTBSの事業展開を見ていると、どうもこのテレビ局はテレビ局であることをあきらめて、さまざまな映像コンテンツをさまざまなメディアを通して配信する「映像情報のキオスク」になろうとしているのではないかと思われる。速報性のあるスポーツ中継やニュース。ポピュラリティのあるドラマなど以外は、インターネットやワンセグなどの別のメディアに配信して行こうとしているように見えるのだ。確かに、このまま従来の地上波放送だけにこだわっていたのでは広告も取れなくなるだろうし、テレビ局に未来はない。だが、そうなるとさまざまメディアに対して映像コンテンツを配信する映像の総合商社になろうとしているように見えて、もはやオリジナル・コンテンツを自ら作ることはますますなくなり、たぶんアウトソーシングによるコンテンツを売りさばくだけの会社になっていってしまうのだろうなあと思うと複雑な思いがある。

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