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2010年11月

2010.11.19

事業仕分けと文部科学大臣記者会見

 こういう生々しいことをここに書くのは少し憚られるが、11月18日の事業仕分け第三弾における大学関連予算の再仕分と、それを受けて行われた高木文部科学大臣の記者会見を見て、すっかり頭が痛くなってしまった。

 ぼくが代表になって進めている馬車道にある「北仲スクール」事業は、まさしく今回「廃止」と仕分けられた「大学教育のための戦略的大学連携支援プログラム」という「競争的資金」で運営されている。3年間、年1億円ずつで合計3億円の事業予算が組まれるはずだったのが、実際は自民党政権時代に削られて一年目は8600万円、二年目の今年は民主党の仕分けを受けて自主的に減らされて約7000万円。そして、来年はもし行政刷新会議の言うとおりになると事業打ち切りになるかもしれない。この予算は、平成20年度と21年度の二年間だけつけられ、今年度は新規募集を停止していたが、来年からは「地域・社会の求める人材を養成する大学等連携事業(大学教育充実のための戦略的大学連携 支援プログラム」という新しい名前(刷新会議が言うところの「看板の掛け替え」)で復活する予定だった。それも仕分けで「継続分も早期に廃止」と決め付けられたのである。言うまでもなくそれは北仲スクールの個別の評価ではない。何十もある競争的資金をいくつかのサンプルだけの事例をもとに廃止と決め付けられたのである。しかも、そのための議論はこの枠に関しては約10分間くらいしか行っていない。ぼくたちがやっている事業が彼らの言うような税金の無駄遣いや研究機材を買う口実になっているのかどうかは、このサイトでの北仲スクールの事業紹介を見てほしい。全くそのような批判には当たらないことはすぐわかることだ。

 いずれにしても7000万円でも十分に大きな金額である。もちろん3割も減らされてしまって、ぼくたちはいまとても困窮している。七大学に分配して事業をやってもらうだけではなく、我々の場合には横浜の都心部にサテライトスクールを設けて運営するのだから、家賃も事務所費も、そして人件費も必要である。人件費は3年間しか身分保証がないので低い給料の臨時雇用の形でしか雇えない。いま、大学や役所ではこういう「非正規雇用」の人たちがどんどん増えている。それは、国立大学の独立法人化や予算縮減でどんどん経営が苦しくなっているからだ。もし、事業廃止となればこれらのスクールのための機材や設備も全く無駄となるし、安い給料で働いているスタッフたちも路頭に迷うことになる。そんなことがあんな形ばかりの「仕分け」で決められていいのか? しかも、彼らの評価コメントを見ると彼らは大学の現場が置かれている状況のことを何一つ分かっていないことがすぐに見て取れる。

 2004年の国立大学の独立法人化によって国立大学を取り巻く状況は大きく変わった。規制がゆるやかになってフレキシブルになった部分も多少はあるが、何よりも国からの運営交付金が毎年5%ずつ、ある年には10%もカットされるようになって大学の資金繰りはとても難しくなっていった。非常勤講師枠もどんどん減らされ思うようにカリキュラムが組めなくなり、常勤教員は自己評価や成果報告などの雑用に追われて研究に当てることができる時間もどんどん奪われていった。それは、自民党政権の政策で、大学にどんどん競争をさせ、国からのお金を減らす代わりに企業などからの外部資金や、科学研究費やCOE、GPに代表されるいわゆる「競争的資金」を獲得することによって、いい計画を立てた努力を怠らない大学にだけ資金を分配するという仕組みと一体の政策だったのである。

 そのため、科学研究費には全員応募しないと研究費を減額するなど、とにかく外部資金を獲得できない教員や大学はダメなのだという締め付けが生まれた。実際には科研費などは学会政治によって恣意的に決められる部分も多いのに、とにかく科研費をたくさん持ってくる大学や人が偉いという競争をあおる政策が大学に押し付けられたのだ。こういう競争原理を大学に持ち込む政策は多くの弊害をもたらした。新自由主義的な市場原理を大学教育の現場にもたらしたことによる大学の荒廃は著しい。このことをぼくたちは日本記号学会の出版物『溶解する大学』で取り上げたことがある。

 今回の「仕分け」をしている人たちもまた、このような市場原理や効率を大学に押し付けたいという点では、独法化を推し進めた人たちと同じタイプの人々だ。やたら、成果の具体的なデータとか数字とかを求めてくるところも自民党の教育政策担当者と全く同じタイプの人達である。慶応義塾大学経済学部の土居丈朗という民間仕分人のコメントを聞いていると、あまりにひどくて頭が痛くなってきてしまった。大学カリキュラムの標準化が必要などというコメントを平気でする人である。学習指導要領や検定教科書を大学にまで持ち込みたいのだろうか? まだ若くぼくたちが茨木市に住んでいたころには茨木高校の高校生だったらしいが、こんな人を教育政策の論議にまで踏み込ませるのでは国の将来は本当に危ないと思う。狭い専門領域しか知らない教養のない人物だ。

 彼らの「仕分け」の論理には根本的な事実認識が抜け落ちている。

 「金のバラマキ」、「研究機材を購入する口実にされている」、「かならずしも成果を上げているとは言えない」という指摘はその通りである。なぜなら、元々競争的資金とは、餌をぶら下げて競争をさせるためのツールなのだから、「頑張ればおいしい思いができる」ような釣りエサにほかならないからだ。いまさらそんなこと言ってどうする? としか思えない。

 枝野氏を含め、仕分け担当者に徹底的に欠けているのは「これらの事業は大学の通常業務なのだから運営交付金で行うべきだ」という発言から見て取れるように、競争的資金と大学運営交付金の大幅減額とがセットになっているという認識である。これらの大学教育支援をもし切るのなら、それは同時に運営交付金の予算を増額するということと一緒でなくてはとうてい釣り合わない。彼らの評価コメントを見れば彼らが完全に国立大学の状況に無知であることは一目瞭然である。

 だが、本格的に頭が痛くなったのは、本日行われた高木文部科学大臣の記者会見での談話である。何と、この人もそのことが全く分かっていない。
 私たちが組んだ予算は本当に必要なのだから、これからは政治判断の領域に入り、何としてでも我々の予算をそのまま成立させる、としか言っていない。

 つまりは誰もが問題の本質を理解していないまま、予算の廃止と存続、効率化とかの空虚な論争が行われているだけなのである。それならば、問題は独立法人化以降の大学政策にあるのだから、そこのところから見直していかなくてはならないはずだ。だが、誰も民主党政権が5年も持つとは思っていないから、目先の国費の削減ばかりが優先される。大学は「天下りの温床」でもなければ、「無駄な箱モノ」でもない。それぞれの事業には具体的な人間と学生たちが関わっており、みんなかどうかは知らないが、少なくともぼくたちは必死で頑張っているのだ。もし、それが大学の通常業務内でやるべきだと言うのなら、運営交付金を大幅に増やしなさい。そうでなければ話が全く通らないではないか。

 ぼくは、自民党がやっても民主党がやっても何も変わらないと最初から思っていた。だが、長期政権には長期の見通しが立てられるというアドバンテージがあったのだ。民主党がやるべきだったのは、独立法人化の見直しと、大学への市場原理の導入が間違っていたという根本的な見直しだったはずだ。ところが、結局は彼らがやっていることも新自由主義的な市場万能主義を教育現場に持ち込もうとすることだったわけだ。しかも長期的展望もなしに。

 多分見通しとしては、ぼくたちの事業は継続できるようになるだろう。どれだけ予算がカットされるかは分からない。だが、少なくともぼくは金のために北仲スクールをやっているのではない。金が出ないなら出ないで、それなりの方法でやりたいことをやっていくだけのことだ。何でも予算や金額だけで人々や組織をコントロールできると考える人たちとは違う生き方をしたい。政治や経済だけで世の中を動かせると考えるのはあまりにも傲慢である。ただ、せめて人々のやる気を削ぎ、ますますこの国の未来を閉ざしていくような政治を続けるのはやめてほしい。必要なことは市場原理主義的な政治家、経済学者、経営コンサルタントらを各省庁から一掃することだ。別に慶應を目の敵にするわけではないが、竹中平蔵のような完全に失敗した新自由主義者をいまでもコメンテータにしているマスコミや、民営化や「小さな政府」が望ましいと考えて、こんなひどい格差社会を生み出した人たちには早く退場して欲しいものである。単純に迷惑だ。

2010.11.17

一年が経過した

 去年の今日、大里俊晴君が51歳で息を引き取ってから一年。
 あの日も今日のように寒い日々だった。お通夜の日も冷たい雨。葬式になってようやく晴れた。
今日も大学で昼から5つも会議続き。一番最後の講座会議で、講座メンバーと大里君の話を少しした。

 96年の大学設置審議会で、今の教育人間科学部の改組が認められてからもう14年。マルチメディア文化課程の一期生が入ってきてから12年目。
 唐さん、大里君、木下長宏さん、許光俊君らを迎えてマルチがスタートした。それから何人かが定年や転任で去っていき、新しいメンバーが何人か加わった。
 大里君はその最初から関わり、終わる一年前に去っていったことになる。そして、彼の思い出と共に、ぼくたちもマルチメディア文化課程から少しずつ離れていく。
 講座も再編成され、この講座会議も来年になると違う会議になる。実質的にこの形を作っただけに、いろいろと感慨深い。

 ぼくたちは来年からは所属を学部ではなく、都市イノベーション研究院という新しい大学院へと移し、それとともに学部の学科構成も大きく変わる。
 マルチメディア文化課程の理系教員は全員新しくできる「理工学部」に移り、人文系の教員は、国際共生社会課程と合体した「人間文化課程」の担当になる。
 大学のサイト「www.ynu.ac.jp」を見ればその概要が発表されている。

 今日の三つ目の会議がその新しい「人間文化課程」の設置準備会議だった。新しい講座メンバーと新しい学生を迎える準備を始めている。それがどんなものになっていくのか、誰にも分からない。そのワクワクする感じと、マルチメディア文化課程が消えていくことへの寂しさとが重なってずっしりと心に沈殿している。

 23日には、午前中にその人間文化課程、午後に大学院・都市イノベーション学府のオープンキャンパスが開かれる。
 それがどんなものになるのかを受験生たちに説明しなくてはならないが、実はぼくたちの方がまだよくイメージを固めきっていない。こんな状態で新しいことを始めなくてはならない。
 明日また事業仕分けにかけられる北仲スクールの未来も気になる。この先どんな航海が待っているのだろうか?

 とは言え、こういう綱渡りをしているような感じは嫌いではない。期待と不安が交互に押し寄せるようなこの不安定な感覚だけが、人を未知の領域に押し出してくれるからだ。
というわけで、あれからもう一年。年月が進む速度だけは、確かに年々加速してきている。

 唐ゼミ☆の「下谷万年町物語」も無事に終了。また、いろいろ新しいことが始まる。

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