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2011年1月

2011.01.09

2011年になった

 気がつけば11月からエントリーを更新していない。

 年末から北仲スクールのイベント続きで結構バタバタと忙しくしていた。唐ゼミの土岐泰章と水野香苗の結婚式もあって、乾杯のスピーチをさせられた。学生の結婚式には基本的には行かないことにしているので、結婚式自体ももう20数年出ていなかったけどちょっと新鮮だった。12月は北仲スクールや唐組の忘年会もあり、バタバタしているうちに27日で仕事納め。その後、ずっと正月休みでのんびりすることができた。この空白の間にいろいろ考える。ポジティブなこととネガティブなことの両方で、精神的にはとても不安定になるのが年末・年始のこの時期だ。とにかく自分にできることとできないことの区別はだいぶ分かってきているので、できることを全力でやりたい。これ以上積み残してはならないと改めて思った。そういう意味で寝正月ではあるが結構つらい時期でもある。

 その間に、大阪の昔の南海球場の跡地に作られたショッピング・センターの中にあるイタリアン・レストランで、帝塚山学院大学91年度卒業の室井ゼミのメンバーが集まるミニ同窓会に呼ばれた。90年代には何度か同窓会もあったけど、皆、家庭や子育てで忙しく、もう10年以上会っていない人もいてなつかしかった。また近いうちに大同窓会をやると言ってくれているのがうれしい。

 帝塚山学院も女子大から共学校になって久しい。昔の同僚の三浦信一郎さんが今年で定年だという案内をもらったが、もうこれであの頃の同僚がほとんどいなくなる(学長の酒井信雄さんは一緒に翻訳をやったこともあるし、別な学科の人は何人か残ってはいるけど)。20年近く経っているのだから仕方ないけど。それにしてもあの頃は楽しかった。この大学にはぼくが辞めた後にも、松岡正剛さん、椿昇さんが籍をおいたりして、何かしら宿縁のようなものを感じる。

 12月は京都精華大学の京都国際マンガミュージアムが企画した「マンガ・ミーツ・ルーブル展」があった。ある程度は予想していたものの、荒木飛呂彦氏の原画を見にくるファンたちの熱気に圧倒された。一日に600人近く来る日もあり、春にやった「椿昇」展と比較すると少し複雑な気持ちになる。書籍や関連グッズも高価なものから飛ぶように売れ、なるほど通産省がクール・ジャパン室を作るのもあながち分からなくもない。年末に発表された予算案でも大学教育関連や文化庁関連はそれほど減らされていないのもそのあたりが関係しているのかもしれない。

 だが、それにしても、何かと言うと「日本を建てなおさなくてはならない」とか「経済をどうするか」というようなことばかりが声高に語られる風景はあまり愉快ではない。ひところホリエモンや村上ファンドがバッシングされて以来、「格差社会論」に代表される政治システム批判が続いていたのにまたしても新自由主義よりの経済活性化ばかりが唱えられる。要するにこの国は数年間しか続かなかった「バブル」の夢をいつまでも忘れられないらしい。それに代わる指針を誰も作れないのだ。グローバル・スーパーマーケットの中での競争に勝ち残れなければすべてがおしまいだと思っている。そんなことはないし、それでも食い詰めたら海外に飛び出せばいいだけのことだ。

 考えて見れば、90年代には都市再開発や公共インフラ工事などの公共事業を誰も止めようとしなかった。大阪南港に代表される誰の目にも失敗することの明らかな馬鹿げた再開発事業は「貸し倒れ」に苦しむ銀行や金融資本が、絶対につぶれないし、借金を未来に繰延べできる自治体や行政体にたかって、役に立たないことが分かりきっている公共事業にお金をつぎ込んでいた時代だった。今になって赤字国債を問題にしたり、財源確保が声高に語られるが、90年代には誰一人それを問題にしなかったのである。今頃何を言っているのかと思わざるをえないが、小泉内閣が進めてきた「規制緩和」や「小さな政府」政策はこの借金繰延べを前提にしたものである以上、最初からこうなることは明らかだったはずだ。「郵政民営化」選挙に大挙して熱狂した国民が判断力を失っていたとしか言いようがない。したがって、はっきりしていることは新自由主義経済学や市場原理主義は歴史的に見て完全に間違っていたということであり、異常に膨れ上がった格差を是正しなくてはならないはずなのだが、政府も政府が政策を委託しているアメリカ帰りの経済学者たちにはそのことが分からない。アメリカでの民主党惨敗を引き起こした「ティーパーティ」も、日本でやたら民主党をこき下ろしているメディアもそのことに加担しており、要するに日本をアメリカのような5%の金持ちが90%の資産を占有するような社会の方にもう一度方向を逆転させようとしているのである。要するに「ヒルズ族」をもてはやしていた時代に逆昇りするだけのことだ。だから、絶望的なのは政府でも政党でもなく、例のハーバード大学のサンデル教授をもてはやすような、前提を共有されている固定した問題設定の中での「より正しい選択」を選んでいくような経済学者たちであり、政策担当者たちなのである。フロイトやニーチェやマルクスを除外した哲学史なんて何の価値もないし、マルクス主義と新自由主義の両方が間違っていたのは、人間が合理的な行動をする動物ではないという至極単純な真理なのだが、テクノクラートたちはすべての人間が自分たちのように合理的に、規範に従って行動すると思いこんでいる。しかし、まあそんなに悲観することはない。GDPがたとえ1/10になったところだって、人間は十分楽しく生きていけるのだ。むしろ、長く生きたおかげで色々な状況を体験できてラッキーだという気がする。当分、この国の状況は改善しないし、歴史的にみたら結局はどの時代だって最悪な時代なのだから気にすることはないのだ。

 クシュシュトフ・ヴォディチコとはメールのやりとりを続けている。とにかく日程を先に確定しないと行けないので、横浜トリエンナーレの開幕前後にその調整をしているところだ。彼は最近ハーバード大学のデザイン・マガジンにパリの凱旋門を「戦争の廃棄のための世界協会」にするというプロジェクトを発表している。 日本での国際会議はこのテキストと、彼が2009年に公刊した『逃れの街--9.11メモリアル』をもとにして行われる予定だ。

 北仲スクールは文科省による助成期間の最終年度を迎える。とにかく、自分にできることを全力で実現していく一年にしていきたいものだ。

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