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2011年12月

2011.12.31

2011年の終わりに

 今年も一年が終わろうとしている。一ヶ月前の大唐十郎展や一週間前の全州大学一行の早稲田公演などはずいぶん以前のことのような気もするし、4月にまだ震災の余韻が残る中でやった「美学vs.現代アート」のイベントなどは遥か昔のような気もするのだが、その反面、全体としての一年はあっと言う間に通り過ぎたような気もする。時間とは時間についての意識にほかならないわけだし、中学生の頃は一年前が既にノスタルジーの対象だったのだが、このところ5年くらいはあっという間のことだ。5年前と言えば三ヶ月半ヨーロッパを旅行したのだが、この時のことは細部も含めてとてもよく覚えている。記憶の量が増えていくにつれて時間のパースペクティヴがどんどん変わってきている。不惑とか知命とかいう年齢はとうに過ぎたのだが、不安定な感じ、ぐらつく足場の中で踏ん張っている感じはなかなか抜けない。大人になるとは、不要な情報を整理できて、本当に必要な情報の中で自分の位置を確定させることだとすれば、ますます分からないことが増えてきてしまって、加速する情報の中で自分の立ち位置がどんどん不安定になっていくような気もするし、まあそれでも生き物としての年齢は不可逆的に上がっていくわけだが、どこかでそのバランスが取れるようになっていくのだろうとひとごとのように考えている。今年もこなしきれないほど色々な出来事があった。

 2009年の秋に北仲スクールを立ち上げて、椿昇展を浜川崎の古い体育館でやって、その直後に京都国立近代美術館でクシシュトフ・ヴォディチコに会って、今年の夏に国際会議を開くことができた。去年の今頃はまだメールでようやく日程を決めていた頃だ。その流れの中で3月11日、横浜トリエンナーレ記者発表の日、午前中に横浜美術館で記者発表に参列して、午後四谷三丁目の国際交流基金に助成をお願いしている最中にあの揺れがやってきた。あの日の夜、空にかかる明るい月を眺めながら歩いたことは忘れられない。そしてその後に起こった悪夢のような数週間も。家の中に入り込んできた近所の野良猫が子猫を三匹産んだ。その中で最初に食卓の下のフローリングの上で破水して出てきた雄の子猫と母親は今も家にいる。二匹の雌猫は里子に出した。また、慣れている近所のスーパーの駐車場で車をバックさせていたら柱に激突しリアウィンドウが全壊するなどという自分でもよく分からない事件も起こした。町は真っ暗で、ガソリンスタンドには長蛇の列、近所のスーパーやドラッグストアの商品棚がしばらく空っぽになった。海外からは日本が放射能汚染で危険だから早く脱出するようにというメールが何通も来るし、あらゆるイベントや委員会が中止になった。後期入試も結局中止になって、定員を遥かに越える新入生を迎えたりもした。

 毎年、同じように春になり、同じように桜が咲き、同じように新学年が始まるという当たり前だと思っていたことが覆されたのだから、今年は本当に異常な年であったとも言える。こういうことが起こると、人はこれが何かのきっかけとなって歴史的な変化が訪れるのではないかと思いがちだ。そう思う人は、これがグローバル資本主義の終息へ向かう転換になるのではないかと期待している。だが、そんな甘い考えに懐疑的にならざるをえないのは、ちょうど10年前の9.11にも同じようなことが起こったのにもかかわらず世界はむしろ悪い方へと一直線に動き始めたことが心に重く残っているからだ。新自由主義に基づくグローバル資本主義が諸悪の根源であることは分かってはいても、それに代わる選択肢をまだ人々はきちんと認識することができないままでいる。見当はずれの公務員叩きや生産性や効率性重視の方に世論が動いて、大阪の橋下大阪市長フィーバーを筆頭として政治はまっしぐらに間違った方へと動いている。これが郵政民営化や国立大学の独立法人化と全く同じ流れのものであり、規制緩和や競争原理はそれをどんどん進めて行けば必ずいい方向に転化するという新自由主義の先鋭化にほかならないことに気づいている人はあまり多くないようだ。要するに対立項がどこにもないのである。2001年の時には、それは2003年のイラク空爆という形で暴発した。今回もいまの混乱に基づく破局が近い将来に起こるような気がしてならない。人間は過剰を蕩尽する動物であり、「生きる力」とか「意欲」とかはそこにしか生じない。「効率化」とか、「限られた資源を大切に使う」とか、「効率化」とか「節約」とかからは生きる力の減退しか産まれない。アートや演劇のように無駄に過剰を蕩尽する活動性がどうしても必要なのはそのためなのだ。

 というわけで、もうすぐ新しい年が始まる。とりあえずの戦いは北仲スクールの活動の存続だ。まだまだ困難な状況は続いているが、正月休みで体力を蓄えてまた現場に戻ることにしよう。ヴォディチコの会議のまとめもまだ終わっていないが、まとめたり整理をしたりするのはまだ先のことだ。

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