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2012.07.04

唐十郎の新作『海星』と『木馬の鼻』

 唐さんがアトリエから出る際に頭を打って救急車で病院に搬送されたのは、劇団唐組の第49回公演『海星』の公演中の5月26日だった。本番があるからとすぐ病院を出ようとした唐さんに抑制帯がつけられて動かさないようにした病院の判断は正しく、じわじわと血液が脳内に滲み出しICUに運ばれ集中治療が行われた。脳挫傷による脳血腫と診断され、幸いなことに血腫が自然に消滅したために、その後一般病棟に移され、いまは無事に退院をしてリハビリ中である。唐さんが自分の舞台を休演したのは記憶にないし、いずれにしてもきわめて異例の事態だった。秋までに回復して元気になった唐さんの姿を見ることができることを、ぼくたちはみんな願っている。
 その間、唐組の劇団員たちは唐さんの代役を立てたり、一部の台詞を省略したりして公演を続けた。その追い込まれた必死の気合いは観客たちにも伝わり、後半戦の舞台は一層力のこもったものとなった。
 花園神社での千秋楽には唐さんを愛する多くの知人・関係者が集まり、唐さんのいない千秋楽の宴会に残って、遅くまで唐さんの早い回復を祈っているようだった。唐さんがそこに居ないことからくる空洞がとても大きく全員の心に広がっていた。
 そして、次の週から浅草・花屋敷で、劇団唐ゼミの第20回公演『木馬の鼻』が始まった。
 劇団唐ゼミ☆は2005年の新国立劇場進出以降、大学演劇ではなくて自立した「劇団」を名乗ってはいるが、第一回公演は2001年の唐十郎研究室での『24時53分「塔の下」行きは竹早町の駄菓子屋の前で待っている』からとしてきており、そして第三回公演『ジョン・シルバー』から現在のテントでのスタイルを始めているので、内部的には今年がちょうど劇団スタートから10年目の節目の年ということになり、第20回公演という区切りに、初めて唐さんに新作『木馬の鼻』を書き下ろしてもらっていたのだ。その意味では初日に向けての劇団員の意気込みは尋常ではなかったのだが、療養中の唐さんに来てもらうことはできなかった。
 しかしながら、唐さんの不在がまたいい方向に働いたことも否定できない。過去の作品の再演ではなく、全く新しい戯曲解釈から始められたこの公演には、唐さんの周辺の人たちが初日から沢山の助言やアドバイスをしてくれた。演出にそうした隙があったことも事実なのだろうが、しかし実際に気づかない戯曲の解釈や解読があったこともまた事実であり、それを取り入れることによって、初日から毎日のように、舞台装置や演出が書き換えられ、久しぶりにもの凄い勢いで舞台が変わっていくスリリングな毎日が始まった。後半戦の3日間に向けて現在もまた新しいことが試みられている。
 唐さんは昨年4本の新作戯曲を書いた。春公演の前に書かれた『海星』(意外なことにこの作品が一番古い)。そして、東日本大震災の直後に昨年の秋公演のために書かれた『西陽荘』、新宿梁山泊のために『風のほこり』の続編的な『紙芝居』を書いた後、もの凄い勢いで夏には唐ゼミ☆のための『木馬の鼻』を完成させた。震災がそのひとつのきっかけになったのは確かだが、おそらくはその前、70歳になったのをきっかけとしてまるで追い立てられるように新作を書き続けていたのも否定できない。それは、かつてのように舞台の上で暴れ回ることが難しくなったことへの焦りもあったのかもしれないし、それでもなお新しいスタイルを生み出そうとするあがきのようなものであったかもしれない。
 これらの作品はいずれも上演時間が短い。2幕もので1時間半前後になっている。だが、『西陽荘』、『海星』、『木馬の鼻』の三作品に関しては全くその時間の短さが気にならない濃密で見応えのある作品になっている。さまざまな要素や隠喩が星のように散りばめられており、主要なストーリーを追いかけているうちに全くそこからは離れた迷宮に巻き込まれていくというこの作家の特性はいつも通りであるが、主人公の男性がヒロインに見送られて最後に旅立つという共通のエンディングを持っており、それは唐さんが時代に強い閉塞感をもっていることの現れであるように思われる。60年代以来、バブル時代の消費社会を経て現在に至るまで、唐さんは自己の演劇世界の屹立を信じてそれぞれの時代状況や社会に紅テントという「砦」を通して対峙してきたわけであるが、「西日射す日本の巷から旅立っていく」『西陽荘』や、スカイツリーに代表される見栄とハリボテの都市開発に水底と地の底に埋められた「鐘淵の鐘とそれに人の手のように柔らかにからみつくヒトデ」に回帰して行こうとする『海星』、木馬の鼻とタンスという性的なメタファーの強烈な匂いの中で、「下町の路地のアスファルトのひび割れを抜けて、インカの首都・マチュピチュ渓谷」へ旅立とうする『木馬の鼻』と、それぞれが色鮮やかな反時代的夢想を提示してくれている。
 その上、唐ゼミ☆に書いてくれた『木馬の鼻』には、この劇団の中核である椎野裕美子と禿恵という二人の女優への愛情溢れる当て書きはもちろんのこと、これまで唐ゼミ☆が上演してきた作品への言及(たとえば「鉛の心臓」、「黒いチューリップ」、「蛇姫様」、「海の牙」といった作品への言及や引用)が多数散りばめられていて、明らかに書き分けられていることに気がつかざるをえない。そんなことを考えると、唐さんのいないこの初演が劇団員たちにとって一際重要なものになっていくのも当たり前なのだと思われる。ただ、感慨に耽っている暇はない。あとは、7月6,7,8日の三日間しか残されていない本番に向けてどれだけさらに強度を高めて行くことができるかという挑戦に向かっていくしかないのである。

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