« 2012年10月 | トップページ | 2013年2月 »

2012年12月

2012.12.09

10月から12月へ

 前回のエントリーが南京記号学会の途中で書いたものだから、あれから2ヶ月が経過してしまった。それにしても南京中央飯店は変なホテルだったなあ。最終日には中山陵にツアーで行き、また上海まで新幹線。新しい空港のリニアモーターカーにも乗った。時速420kmというのはやはり体験したことのない感覚だった。それからバンドに行き、93年に泊まった上海大廈の勇姿を堪能した。Photo
 別に義務感で書いているわけではないので、それはそれで別にいいのだが、なかなか書くことができなかった一番の理由はやはり父母の入院が続いたことだった。

 父は今年4回入院した。最初は1月、肺がんの放射線治療のため、二度目は5月、肺炎とそのまま大腸がんの手術のため、三度目は8月感染症による発熱、そして10月の検診で大腸がんが転移した肝臓がんで余命半年を宣告され、11月には再び感染症による発熱で入院した。現在は退院して小康状態にあるが、次に何が起こるか予断を許さない状態である。それでもよくもまあ死んでいなかったものだ。我が親ながらなかなかのしぶとさであり、今はまた句集の作成に日々を過ごしている。

 父は88歳になったが、81歳になる母もまた調子悪く、一昨年に入院した時から痛めた腰が悪化し、転んだために胸骨の圧迫骨折で動けず、11月に手術、12月に入ってまた腰の手術をしている。両親ともに入退院を繰り返し慌ただしく年の瀬を迎えている。小金井に住んでいる妹とも久々に頻繁に会う機会が増えた。
 誰しもが経験することだし、周囲を見てももっと大変な状況も考えられるので仕方ないことだと思っているが、それでなくてもいろいろなことで忙しい時にこういうことが重なるとやはり疲れる。

 その上、またしてもいろいろな人が亡くなった。唐さんを通して知り合った若松孝二監督も中村勘三郎さんも亡くなり、フリーの学芸員でいろいろ刺激的な展覧会を仕掛けてきた東谷隆司さんも旅立ち…それぞれの人たちのことを思い出していると、当たり前のことだが自分もまた随分遠くまで歩いてきていると改めて思い知らされる。あまり頭の中は高校生のころと変わっていないのだが、そのままもう40年も過ぎてしまったのだということを認めざるをえない。

 昔、中村雄二郎さんが『現代思想』に「老年」についての往復書簡を始めた時に雄二郎さんは60歳だったと思う。逆に言えばそれまで老化について意識していなかったということだろう。雄二郎さんはその頃はまだ黒々とした髪の毛と髭を持っていて若々しかった。だがこのところは身体を害されて人前には出てこない。山口昌男さんは70歳前後から脳梗塞を繰り返すようになり、72歳の唐さんもまた今年5月に脳挫傷で入院し現在は自宅でリハビリ中である。元気でバリバリ働いている人に病や怪我は突然訪れるものらしいし、ほとんど同じ年齢の勘三郎さんみたいにほとんど睡眠時間を取らずにエネルギッシュに動いている人も突然病魔に襲われるものらしい。一方で90前後になっても元気な人は本当に元気なので、まあ本当に「寿命」というのは一人一人違うものだなあと思う。
 そう言う意味ではあまり頑張らずにのんびりとしていた方が長持ちするのかもしれないが、まあそうものんびりしていられない。

 10月から横浜都市文化ラボのセミナーとワークショップが始まった。毎週金曜日に慶應義塾大学の熊倉敬聰さんにホストをお願いした「現代ART/ACT論」、不定期土曜日の午後に元状況劇場の大久保鷹さんを迎える「俳優大久保鷹とアンダーグラウンドカルチャー」。映画監督望月六郎さんによるワークショップ「熱血映画塾」がそれぞれ絶好調。他に中川克志君の「現代の音楽とテクノロジー」、さらには劇団唐ゼミ☆による「演劇ワークショップ」が始まり、京都大学の吉岡洋さんによる「実存主義のアクチュアリティ」が年末に控えている。それぞれ時期がずれてはいるが、9月の京都精華の集中講義に続いて6講座を同時に運営していくのはなかなか難しい。だが、いずれもその苦労に釣り合うだけの成果を上げていると思う。

 何よりも人との出会いは有り難い。元ダムタイプの小山田徹さんとはほとんど20年ぶりに再会し、お互いにもっていたこだわりのようなものも氷解したように思われる。また、三輪真弘さんともじっくりと話をすることができた。その他にも沢山の魅力的な人たちと出逢えた。足柄アートフェスティバルでは鎌田東二さんと一日を過ごし、世界メディア芸術コンベンションの会議では大澤真幸さんや松岡正剛さんとも久しぶりに仕事をしている。

 11月は劇団唐ゼミ☆公演「吸血姫」。気温が5度という極寒の長野公演では昔の卒業生たちが見に来てくれたし、浅草での二週間にわたる公演にもいろいろな人が駆けつけてくれた。とりわけ2000年と2001年に同じ作品を再演した新宿梁山泊のメンバーや元メンバーの梶村ともみさんや近藤結宥花さんが見に来てくれたのはうれしかった。唐ゼミ☆もようやく男優が育ってきて、椎野裕美子や禿恵をきちんとサポートできるようになってきたことはうれしい。リハビリ中の唐さんもリハーサルに駆けつけてくれてうれしかった。

 そうそう。ひょんなことからマルチでの同僚だった木下長宏さんと一緒に仕事をすることになった。1月25日(金)の午後1:00〜、横浜みなとみらいの「はまぎんホール」ということで、木下さんと「岡倉天心」をテーマにしたシンポジウムをすることになった。木下さんはまだ25歳くらいだったぼくを最初に大学非常勤講師として招いてくれた人だ。その後ぼくがマルチを作る時に横浜にお呼びして、いまでも横浜で土曜日にセミナーを開催している。いまだに「本当の大学」を自力で作ろうとしている人だ。詳しいことが決まったらまた告知をします。

 年末はなかなか忙しい。21日に熊倉さんの最終回、22日はKAAT(神奈川芸術劇場)で大久保鷹さんと足立正生さんのスペシャルトークをやって、23日には大阪でやなぎみわさんの公演に行き、そのまま25日から28日までの吉岡洋さんの集中講義になだれ込みます。その間に足柄アートフェスティバルの打ち上げとか忘年会とかが目白押し。あっという間に2012年が終わろうとしています。

« 2012年10月 | トップページ | 2013年2月 »

最近のトラックバック

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30