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2014.06.07

ちくま学芸文庫版・R.ローティ『プラグマティズムの帰結』が出ます!

 去年の夏過ぎに、突然筑摩書房の平野さんという編集者から連絡があって、1985年にぼくと吉岡洋、加藤哲弘、浜日出夫、庁茂の五人で翻訳をしたリチャード・ローティの『哲学の脱構築』(御茶の水書房・1985)をちくま学芸文庫から再刊したいという話だった。何か気の遠くなるような感じだった。何せ、30年近く前の仕事である。実際に翻訳作業をした84年と言えば、松田聖子が「Rock’n Rouge」を歌い、中森明菜が「飾りじゃないのよ涙は」、小泉今日子が「ヤマトナデシコ七変化」を歌っていた年である(多分、これでピンとくるのはもうかなりの年齢の人たちだけだ)。さらに翌85年は阪神タイガースの優勝の年で世の中はバブル景気に向かい始めていた時期だ。ただ、83年には浅田彰の『構造と力』をきっかけとしたいわゆる「ニューアカデミズム」ブームがあって、哲学とか思想とかいうものに出版社がまだ大きな期待を寄せていた時代でもあった。1980年に旗揚げをした日本記号学会もまだまだ勢いがあり、その機関誌『記号学研究』に初めて投稿をしたり、美学会の全国大会の研究発表が注目を浴び、ぼくの最初の単行本『文学理論のポリティーク』(勁草書房・1985)を執筆していた頃でもある。とにかく勉強するのが楽しくて仕方なかった時期だ。

 こんな時にぼくたち五人はみんなで一緒にこの長大な哲学書の翻訳に取り掛かっていた。まだみんな30歳前後で大学院を終えたばかりの青二才たちである。室井、吉岡、加藤は京大美学研究室の同窓、浜、庁は阪大社会学の出身で、みんな「人間と言語を考える会」というちょっとダサい名前の研究会のメンバーだった。世の中はまだパソコンどころかワープロすらもまだそんなに普及していない時代。ぼくたちはみんな卒論や修論を万年筆で何回も清書をして書いていたし、新しもの好きのぼくは丸善のカナ・タイプライターや初期のワープロ専用機に手を出してはいたが、基本的にはまだ手書きに原稿用紙の時代だった。ゼロックスコピーはかろうじて普及していた。膨大な量の原稿用紙をみんなで持ち寄り、翻訳の推敲を長時間かけてやった。京都の西山にあるセミナーハウスに合宿し、みんなで大浴場に入り、二段ベッドで一緒に寝たりもした。合宿の費用は出版社が出してくれたので貧乏だったぼくたちは、推敲作業はとても大変だったけど何となく浮かれていた。

 ぼくの京都大学時代の先輩に土居祥治という人が居た。彼は5歳ほど年上で、ちょうど東大の安田講堂事件で東大入試が中止になった年に京大に入学してきた世代である。工学部の土木から文学部の宗教学に学士入学してきた人で、ぼくが大学に入って最初に入った学生サークル「劇団風波」の一番年長の学生だった。香川県出身の彼からすると水戸の高校からやってきたぼくはかなりインパクトのある異物だったらしく、いろいろと面倒を見てもらった。いろんな飲み屋や、東映関係者や、演劇・映画関係者にも紹介してもらった。1974年にはぼくと共同で劇団風波のための戯曲『ムーンライト・セレナーデ』を書いて上演したり、二人で飛鳥や奈良を旅行したり、とにかく彼が在学中にはいろいろお世話になったのだが、流石に歳上なので先に卒業して業界新聞の記者を務めた後、御茶の水書房という出版社の社員になっていた。

 その土居さんから「何か面白い企画はないか」ということで、当時吉岡洋が研究会で報告をしたのをみんなで面白がっていたリチャード・ローティの『哲学と自然の鏡』(日本語訳はその後岩波書店から出ている)を提案したのだった。Img_0563野家啓一さんたちがもう既に翻訳権を抑えていたのでそれは結局実現しなかったのだが、もう一冊同じような本があるという――いまから考えると結構いい加減な理由で――この『プラグマティズムの帰結』という論文集を翻訳することになったのである。このタイトルでは一般受けしないだろうという理由で、当時アメリカや日本で話題になっていたジャック・デリダの「ディコンストラクション」という言葉を入れて邦題は『哲学の脱構築―プラグマティズムの帰結』としたのだった。ハードカバーの大きく重い本で507ページで¥4,600もしたが、それなりに話題になった。

 まさか今頃になって文庫化を考える編集者が居たのには驚いたが、ローティにはまたその頃とは違った文脈で関心が寄せられていたのも事実である。ロールズの正義論やサンデルの政治哲学などとの関連で、ローティの見直しが少し前から起こってはいたのだ。ちくま書房から送られてきた膨大なゲラを前にして少したじろいだが、信州大の哲学出身だと言う編集者の丁寧な校正のお蔭で何とか出版まで漕ぎ着けることができた。Img_0562
共訳者たちも、最初の編集者もほとんど音信不通になっている人たちもいるが、どんな思いでいるのだろうかと思うと感慨深い。当時の自分の文章を読むのは何か不思議な感じだった。今なら絶対にこんな風には書かないだろうと思われる文章ばかりで、いちいち直しているときりがなくなってしまうと思ったので、ほとんど編集者の直してくれた通りにして、余り手を入れなかった。出来上がった文庫本は636ページ、本体価格1,700円。思ったよりコンパクトになっている。

 帯には「哲学〈以後〉の時代にいかにして哲学するか?」というコピーが入り、短いが吉岡洋が新たに「文庫版解説」を書いて、ぼくも「文庫版への追記」を書いた。見本刷りを送ってもらい、こうして手にとってみたり、昔書いた「あとがき」と今回書いた「追記」を交互に目を通しているとやっぱり少し目眩がしてくる。でも、これが新しい読者たちに読まれることを考えると、やっぱり楽しみだ。それがどんなに少数であるとしても、こうして「言葉」を他人に送り込むことができるのはうれしい。こんな奇跡のような企画を進めてくれた平野さんには感謝している。ぼくの「文庫版への追記」は以下のような文章で終わっている。

 「三〇年ぶりに、別々の場所でこの古い原稿と向かい合い、同時期に校正の作業に関わった他の四人の共訳者たちに、遠い時空を越えた挨拶を送りたい。(中略)。書物とは――そして哲学もまた――このようになかなか死なないものでもあるのだ」。

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