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2016.01.16

全国の国立大学をこのまま国(文科省)の奴隷にしていいのか!

さて、どこから書き始めようか? ここでは久しぶりの「国立大学改革」の話である。

とりあえず、このblogから生まれた角川新書『文系学部解体』が12月10日に公刊され、全国大学生協の新書部門1位になるなど沢山の人に読まれているようである。全国の大学教員から共感や励ましの声が送られてくるのはある程度は想定内のことだったが、意外だったのは大企業の人事担当の役員の方はじめ、企業や経済界からの好意的な反響が多かったことである。中には是非室井先生のゼミ生のような学生を取りたいというようなものまであった。残念ながらぼくはゼミという制度があまり好きではないので、うちのゼミ生はほかのゼミを落ちこぼれたかなりダメな子ばかり(笑)なので、あまりご期待には添えないと思う。


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それはともかく、この本を執筆してから現在までの短い期間に、全国の国立大学からはさまざまな不協和音が伝わってくる。

ひとつは学長選出をめぐるトラブルだ。

滋賀大学や福岡教育大学では、学長選考会議が指名した4月からの次期学長に対しての不満が渦巻いている。

滋賀大学の場合は教職員による意向投票で得票率が一番低い、前監事だった人(監事は文科省が指名することになっている)が学長になった。かなりあからさまな人事である。

福岡教育大学では、前回やはり下位の候補者が学長になり、そこで教職員の意向投票自体が廃止されてしまった。そして次期学長として学長選考会議が(勝手に)決めた学長の選考プロセスに関する情報開示請求が行われている。この大学では現学長の振る舞いに対して教職員からさまざまな不満の声が出ているようだ。

さらには岡山大学の学長による薬学部長と副学部長の強引な解雇が問題となって法廷で争われている。これは、医学部の論文不正に対する告発を行った薬学部長・副学部長を別件で処分したという事件で、学長が医学部出身であることから不正をもみ消そうとして、いわゆる学長のガバナンス、強化されたリーダーシップを濫用したのではないかと批判されている。

元々、学長はその大学の教職員の投票によって選出されてきた。2004年に国立大学法人化が行われて以来、外部のメンバー(過半数入れなくてはならない地元の財界や教育界の代表)を含めた経営協議会と学内の教育研究評議員会から選出された委員による「学長選考会議」を組織して、そこが指名する制度に改定された。その意図は意向投票で選ばれた学長では、強力なリーダーシップや経営力を発揮できないからということだったのであろう。

それでもこれまでは95%以上の国立大学では教職員の意向投票を行っており、学長選考会議の決定も概ねその投票結果を尊重したものてあったのが、とうとう意向投票を完全に無視した恣意的な学長選びが始まったのである。今後このような大学がどんどん増えてくることが予想される。それにしても官僚出身の前監事が指名された滋賀大のケースはかなりひどいと思う。この馬鹿げた学長選出のプロセスは法律に書き込まれてしまっているので覆すことは難しい。だから福岡教育大学のように「情報開示請求」しかできないのである。もっとも法律にはないが、勝手に教職員がリコール請求をすればいいとは思うけど。

もちろん、「民主的」に選ばれたこれまでの学長が常に良かったかと言えば、必ずしもそうは言えない。全国の国立大学の学長の経歴を見れば一目瞭然であるように、医学部出身や工学部出身の学長が圧倒的に多いのは、教員数が多い学部から自動的に学長が選ばれてきたという流れがある。少なくとも、これらの人々は大学の内部をよく知っている人たちであったのは間違いないが、それでも岡山大のように文科省が推進する「学長のガバナンスの強化」を履き違える人物が今後も出てくるにちがいない。ましてや、大学のことを知らない官僚出身や経済界出身の学長が、今後は乱発されてくることも懸念される。これらの事件はこうした暗い未来を予感させるものである。

さらに平成28年度から始まる「第三期中期目標中期計画」の概要がだんだんと明らかになってきた。

【あまりにも、ひどすぎる!】

法人化と同時に、各国立大学は六年ごとに「中期目標中期計画」というものを策定して、その達成度合いによって評価が行われることになっている。これらは最終的には文部科学大臣名で公表されることになっている(だから、全然大学の独自性などは発揮できない)。今年で第二期が終わり、来年からの六年間「第三期」が始まるわけである。もともとホップ・ステップ・ジャンプという三段階モデルで、文科省の国立大学改革がステップアップするとされていたのだが、概要を見ただけでこの「第三期中期目標中期計画」が国立大学の首を完全に絞め落として死に追いこむようなものであることがわかる。

そこには、昨年6月に明らかにされた(実態としてはその二年近く前に既に策定されていた)「国立大学改革プラン」を、具体的な数値目標をつけてすべて実行することが求められている(今更ではあるが、これは各大学が自主的に作るものではなくて、最初から文科省によって大筋決められて押し付けられているものなのである)。

国立大学に突きつけられた改革プランは以下の8項目であった。


1.「ミッションの再定義」を踏まえた組織改革
2.各地域における知の拠点としての社会貢献・地域貢献の推進
3.国境を越えた教育連携・共同研究の実施や学生の交流等、グローバル化の推進
4.学長等を補佐する体制の強化等、ガバナンス改革の充実
5.年俸制・混合給与の積極的な導入など人事・給与システム改革の推進
6.法令遵守体制の充実と研究の健全化
7.アクティブ・ラーニングの導入等、大学教育の質的転換
8.多面的・総合的な入学者選抜への転換

新聞などのメディアでは、すぐに目につく1, 2, 3, 4などを中心に報じられたが、これらの項目に関する目標を書き込むのはもちろんのこと、他の項目に関してもきわめて細かい指示が与えられている。

とりわけ5.の人事システム改革に関しては、

● 年俸制の導入を10%を目標値として実施すること。
● 混合給与制(クロス・アポイントメント制度)を推進する。*要するに別なところから給料をもらえということ。

などについて書き込むことが求められている。

そもそもが人件費の配分が大幅に不足しているのだ。

平成28年度の各大学への運営費交付金は取り敢えず前年並みということが発表されているが、恒例の追加配分が行われないということで交付金額はますます厳しくなっている。
そこに景気浮揚策なのか何なのか知らないが、アベノミクスで好景気になった(??)ということで、公務員の給与引き上げと地域手当の引き上げに関する人事院勧告が出ている。
これに合わせて給料を払うと各大学では既に今年度から赤字に転落することが予想されている。

人事院勧告に従わないという選択を選ぶ大学もあると噂には聞く。
それこそ普通民間の会社であれば収入が減れば当然給与引き下げを考えるだろうが、ここでは逆に上げろと国から脅されているのだ。そのくせ、お金は出さない。

そこで言ってきているのが、この年俸制とか混合給与制とかの導入なのである。五十五歳を過ぎた教員からこの年俸制移行への「肩たたき」が始まるらしい。

それどころか、既に新潟大学などでは「早期退職」志願者の募集が始まっているようである。しかしながら、そうでもしなければとても人件費が賄えなくなっているのだ。

ところが、これだけでは全然足りないのだ。

横浜国立大学では今後五年間に七十名程度の人員削減案が検討されている。もちろん現職教員のリストラではなくて、定年退職者の後任ポストの不補充で人員削減をしようとしているのだが、領域によっては専任教員数が不足して満足な教育活動ができなくなるおそれがある。既に非常勤講師用の人件費が足りなくなって開講できない科目があったり、隔年開講に移行したりしており、どんどん教育環境が悪化しているのだ。これはどこの国立大学でも同じ状況のはずである。

つまりは財務省の圧力で、もう充分な人件費が配分されなくなりますよ、だから給与制度を改革して下さいというわけなのだが、そのことがあたかも各大学が自主的に立てた「目標・計画」であるかのようにさせているところが、何ともグロテスクなのである。

さらにはFDやカリキュラム改善に関してもこれまでに増して細かな要求が書き込まれており、たとえば「ルーブリックを活用したカリキュラム改革」をやれ! と押し付けられている。この「ルーブリック」というのは近年アメリカで開発された教育工学の手法で、どうも政策決定者たちはこれを無理やりすべての国立大学に押し付けたいらしい。とにかく書類仕事を増やすことしか考えていない(ちなみにこの「ルーブリック」という英語の元々の意味は、単なる見出しとかヘッダーとかにすぎないが、もっとめんどくさいシステムである。今、大学関係者が必死に勉強しているようだ)。その他、入試にしても既に手間暇がかかる上にあまり成果がぱっとしないAO入試が無理やり押し付けられており、あらゆることが細かく規定されている。

こんな無理やり押し付けられた「中期目標・中期計画」を達成するためだけに六年間が費やされることになるわけであって、絶望的な気分にならざるをえない。

ああ、そうそう。こんなのもあった。

Late specialization(レイト・スペシャライゼーション)を導入せよ。

何だ、これ? 要するに専門を決めない入試をして、入学後に所属学科を選べるようにしなさいということらしい。

これは九州大学が計画中の文理融合の「新創生学部」案や新潟大学が計画中の「創生学舎」のようなモデルをどうやら全国の国立大学に広げようということらしい。さんざん文理融合型の大学院を作って失敗を重ねた末に、今度は学部にまでわけのわからない文理融合を持ち込もうとしている。それも全国の国立大学にまで広げようとしているのだ。本当に一体誰がこんなにくだらない「改革プラン」を作ったか、できることなら作ったアホの顔を一回見たいものだ。これらは春には文科省のサイトで公開されることになっている。

そして、我々国立大学の教員は、これに対して何の抵抗もできないのである。抵抗したら、金を打ち切るぞ、という単純だがどうしようもない脅しに屈しざるをえないという情けない状態が現状なのである。

いや、そんな中でも各地で抵抗運動が起こり始めている。

既成の教職員組合には何の期待もできない。だって、上のような状況を百も知りながら「人事院勧告を完全実施して給与をupせよ!」と主張しているような旧態依然とした組合に何を期待できるだろう? どんどん組合離れが進むだけのことである。

普通の学生が、そして組織されていない普通の教職員が抵抗の声を上げることが唯一の希望の灯火なのだ。そして、お互いにこうした小さな抵抗の火をつなげていくようなネットワークを作っていくべきなのではないかと思う。

新潟大学では、廃止される教育学部の新課程や研究科の学生たちが大学執行部とのやり取りを続けてる。この学生たちの主張は正当なものだ。

=> 新潟大学教育学部有志学生の会のページ参照。

また、ちょっと遅かったけれど横浜国立大学の学生たちもまた行動を始めた。
#言っとくけどぼくが裏から扇動したわけじゃないからね。

=>人文社会系学部の縮小に抗議する集団行進

今更ではあるが、大学は教員と学生のものである。

教員と学生の意志を踏みにじるような、こうした全体主義的な大学破壊に対して、大学に関わる者たち一人ひとりが抵抗の意志を示していくことはとても大切なことなのではないだろうか?

また長くなってしまったので、ひとまずここで筆を擱きます。

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