2016.03.16

NHKスペシャル「原発メルトダウン危機の88時間」を見て

  3月13日に放送されたNHKスペシャル「原発メルトダウン危機の88時間」を見た。今のNHKでよくこれが放送できたと感心し、現場の番組製作者の優れた仕事に最大級の敬意を表したいが、それとは別に驚くべき事実がそこでは明かされていた。

  結局のところ津波で全電源が喪失して、稼働していた1号、2号、3号のすべての原子炉が完全にコントロール不能になり、すべてがメルトダウンしていたことになる。

 そのうち、何とかベントができた1号機、3号機は格納容器の破壊こそは免れたが、3号機の大爆発で、付近に全く近づけなくなり、2号機の内部圧力が限界以上まで上がり格納容器の破壊直前まで来ていたこと。被爆線量が致死量になるため決死隊が派遣されていたこと。それでも内部温度を下げることはできなかったため、全員避難命令が出ていたこと。そして、格納容器破壊が起これば半径約200km圏内(東京全部から新潟、山形まで含む)が高濃度汚染による避難地域となり、東日本の機能が完全に麻痺していたことが初めて明かされている。そして日本は広大な立ち入り禁止地域を挟んで北と南に完全に分断されるという国家存亡の危機に瀕していたことになる。さらなる大混乱で日本全体がもう立ち上がれないまでに追い込まれていたことであろう。

  さらに、亡くなった吉田所長は確かに立派に振る舞ったが、それでもさまざまな指示のミスや、東電本社や首相官邸の混乱した介入もあり、かなり致命的な沢山の失敗を現場で犯していたこと。とりわけ、3号機への消防車からの注水がパイプの分岐による漏れによってまったく機能していなかったことや、2号機の危機的な状況において、消防車のガス欠(!)で注水が全くできておらず、格納容器破壊を防ぐ手段が何もなくなっていたこと。そうならなかったのは単に偶然、格納容器壁に入った亀裂から放射性物質が勝手に漏れていたからであることなど、初めて明かされる事実に驚かされた(正確には後からの検証によって立てられた仮説で、まだ実証されてはいない)。けっして、現場の頑張りで危機が回避されたわけではなかったのである。

 繰り返すが「偶然」である。この時に撒き散らされた高濃度の放射性物質が現在の福島の悲惨な状況を作り出したのだが、実際の危機はそのレベルではとても済まないものだった。付近の原発(福島第二や女川原発、新潟の刈羽原発)にも人間が近づけなくなり、完全に制御不能になった複数の原発が次々にメルトダウンすることを防げなくなっていた。そうなれば「FUKUSHIMA」は福島県ばかりではなく福島、宮城、山形、新潟、栃木、群馬、埼玉、東京、茨城、千葉などを包摂する広大な地域となっており、そこに住む住民はすべて財産を放棄して避難民とならざるをえなかったはずである。この緊急避難が起こっていたらどんな阿鼻叫喚、地獄の混乱が起こっていたか、想像するだけでも怖ろしい。

 したがって、福島の半径数10キロだけが避難地域となったのは単なる幸運にすぎないのだが、だからと言ってラッキーだったと言うだけではとても済まされないことだと思う。たまたま直撃した爆弾が不発弾だったというだけのことであり、現場にいたすべての人が最悪の事態を予測したということの意味は重い。震撼せざるをえない事実である。1号機、3号機の大爆発をテレビで見ていた時の一体これからどうなってしまうのだろうという腹の底から湧き起こってくるような重い不安感をまざまざと思い出させてくれた。本当にぎりぎりのラインまで来ていたのだ。

 この番組を見れば、原発の再稼働がいかに狂気に満ちた無謀な行為であるかということを誰しもが再確認せざるをえないのではないだろうか? その意味でもこの番組が放送されたことの意義は大きい。

 核エネルギーの研究や開発を否定しているわけではない。しかしながら、いとも簡単に完全にコントロール不能になる怪物を、火山活動や地震と切り離すことのできないこの島国が沢山抱えているということから生まれる危険性は、エネルギー不足や経済効率などでは誰も説得できないほど圧倒的な脅威であることを、この番組は改めて教えてくれる。

 これは想像力の問題だ。地域に豊かさをもたらすから、エネルギー不足を解決するから再稼働するというような理屈はもっと大きな公共性の観点から見れば成り立たない。したがって滋賀地裁での高浜原発運転停止の仮処分は原理的に見ても完全に正しい。

2007.05.23

バッチギ2

2005年の2月に、京都のシネコンで井筒和幸の「パッチギ」を見て、とても感動した。そこで何となく嫌な予感はするものの、「パッチギ2−Love and Peace」へ。とても普通の日本映画だった。やはり一作目の「パッチギ」は奇蹟だったのかもしれない。何より駄目なのが脚本だ。次に駄目なのが、役者を変えたこと。あれから売れっ子になってギャラが上がったり、引退したりしたからなのだろうが、魅力が半減した。一作目のキョンジャなら西島秀俊に弄ばされたりはしなかったはずだし、プロデューサーのラサール石井に身体を提供して役を取ったりしないはずだ。すべてにわたって全部中途半端だし、芸能界ネタとサヨク的な反戦アピールが退屈。まあ、もはや青春映画じゃないしね。ということで忘れることにしよう。一作目はまぎれもなく傑作であるのだから、続編が駄目でもそれは帳消しにはならない。冒頭の国電での国士舘生を演じた一作目の空手部副将が面白かったのと、寺島進の妻を演じた新宿梁山泊の梶村ともみが意外と目立っていた。梶村さん、儲けたね。

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